食事事情
集会が終わって数時間ほど経過しただろうか。
すでに探索班は出立したらしい。メンバーは男性の先生たちや体力や運動神経に自身のある男子生徒たち。状況にもよるけど数日がかりで周辺の調査をするみたいだ。
その間の僕の役目は残された他の男子と同じ、食料と資材の調達。どうやらこの周辺には野生の獣が生息しているらしい。女子たちがここまでの道中で何度か目にしたそうだ。
「おい稲凪、準備できたか」
「うん、ちょうどできたところ」
「宇佐野は」
「いつでもOKですよ」
「よしじゃあ行くか」
僕の所属班の班員僕と宇佐野くん、リーダーが皆方龍くんだ。
皆方くんとはあまり話したことがないけど、小碓くんと仲のいいグループの一人で、クラスのムードメーカーの一人だと思ってる。
「お前らスキルと魔法何使えんの?」
「僕はものを動かす魔法と気配察知かな」
「解毒魔法と霊視です」
「霊視?」
「ゴースト系のモンスターを見つけることができるスキルだと思います」
「そんなもんまでいやがんのか」
「皆方くんはどんなスキル持ってるの?」
「俺は風の斬撃を飛ばす魔法と隠密のスキルだ。基本俺と稲凪で狩りをしていく感じになりそうだな」
「お役に立てなくてすみません」
「まあまだ使えないと決まったわけじゃねえから。こんな世界なんだ、何が起こるかわかんねえしよ」
「ありがとうございます」
しばらく三人で作戦を立てながら探索していると、早速大きなネズミが飛び出してきた。
「うわ、でっけえネズミだな。気持ちわりい」
大きさはうさぎくらいはありそうだ。長く鋭い爪と三叉の細い尻尾は元の世界のネズミでは見たことがない。
「稲凪、作戦通りやるぞ」
「わかった」
まずは僕がサイカで獲物を宙に浮かせる。
「やった、浮いてますよ!」
一人部屋にこもって練習していた成果だ。コツをつかめばあれくらいの重さならなんとか浮かせられるようになった。
ネズミは空中で身動きが取れずにじたばたもがいている。
「よっしゃ、とどめだぜ!」
そこを皆方くんが風の刃で仕留める。これなら危険を侵さずとも食料を確保できそうだ。
「まずは一匹、余裕だな」
「二人とも流石です」
「でもこれずっと持ち歩いていくの?」
僕らにはアイテムボックスなんていう便利な能力はない。仕留めた獲物を入れておく袋や代わりになるようなものもなかった。
「一旦戻るか、途中また狩れそうなやつがいたら狩りながら戻ろうぜ。宇佐野わりいけど、こいつ持っていってもらえるか」
「わかりました」
「血抜きとか内蔵取り出したりとかしといたほうがいいんじゃない?」
「確かに、血抜きはわかんねえし内臓だけ取っとくか」
皆方くんが内蔵を取り終えたネズミを宇佐美くんに渡し、僕らは一旦廃城に戻ることにした。
その途中、同種のネズミを見つけ、計二匹分の食料を持ち帰ることができた。
「またこいつか」
仕留めた獲物を受け取った生徒の後ろには、山積みになったネズミの死体があった。
「他には仕留めてないんすか」
「仕留めて入るんだけどね。ほとんどこのネズミだよ。いないよりはずっといいんだけどさ」
とはいえまだ一日目。全校生徒がいればあっという間になくなるだろうし、飽きるなんてこともだろう。
他の獲物を見ると牛やうさぎ、魚に鳥なんかがいた。魚は魔法によっては捕まえやすそうではあるけど、うさぎや鳥はすばしっこそうだし、牛なんてかなり大きかったけどどうやって仕留めたんだろう。
「俺らももっかい行ってくるか」
「そうですね」
そうして張り切って行った二週目。早速見つけたのはまたしてもあのネズミだった。
「またお前かよ」
僕がサイカで浮かせ、皆方くんがとどめを刺す。内蔵を取り出し、宇佐野くんが運搬係。帰りの道中今回は二匹のネズミを見かけた。三匹持ってもらうのは大変そうだったから一匹は皆方くんが持つことになった。
「二人とも止まって」
「どうした?」
「この先に大きいやつがいる」
今までにない気配を感じる。もしかするとさっき誰かが狩っていた牛のような獣がいるのかもしれない。確かあの牛には大きな一角が生えていた。気性が荒い生物かもしれない。一層警戒して進んでいく。
「いた」
予想通り、一角持ちの闘牛だ。運良く食事中らしい。でもどうやってあいつを狩ったものか。
「稲凪、あいつ浮かせられんのか?」
「流石に無理だね」
「俺の魔法でもあれの首は飛ばせねえぞ」
他のグループは倒せたところもあるみたいだけど、やっぱり僕らのチームじゃ無理か。
「宇佐野くん?」
「どうした宇佐野」
僕と皆方くんはその場を去ろうとしたが、宇佐野くんが動かない。
「あいつの食べてるあの植物、もしかして食べられるんじゃないでしょうか」
それは大きな葉っぱを何枚も広げた植物だ。見渡せばそこらじゅうにある。
「大丈夫か? 毒とかあるかも知んねえぞ」
「僕は解毒魔法が使えます。調べる価値はあると思います」
確かに、これが口にしても問題なければ今よりも食料調達が楽になる。狩りすぎで食材の調達が困難になることも減るかもしれない。
「僕は狩りでは役に立てませんので、毒味くらいはさせてください」
「わかった。体調に何かあったらすぐ言えよ」
「わかりました」
「それじゃあひとまずここから離れようか」
「そうだな」
「はい」
廃城付近まで戻ってきた。そこらを見渡せばあの植物は生えている。けどまだ食べられるかはわからないものを食べている姿を見られて、他の生徒たちが食べたら毒だったなんてことにならないように、念の為隠れて毒味をすることにした。
「じゃあ、いきますよ」
「おう」
妙な緊張感が走る。もし毒があっても宇佐野くんの解毒魔法で大丈夫ではあるけど、毒があるかもしれないものを食べる瞬間なんてそうあるものじゃない。しかもそれは異世界の植物なのだから毒だってどんな毒かもわからない。今になって宇佐野くんはよく食べられるなと思えてきた。
「んぐっ!?」
「おい、宇佐野! 大丈夫か!」
喉を抑える宇佐野くん。顔色がみるみる青くなっていく。まさか毒があったのか。あの牛には耐性があったのかもしれない。
「宇佐野くん! 早く解毒魔法を!」
「宇佐野!」
「まずいですぅ〜」
「「…………」」
毒はなかったらしい。今の僕と皆方くんはきっと変な顔をしていただろう。まさか宇佐野くんに焦らされるとは思ってもいなかった。
「なんだよ脅かしやがって」
「ほんとだよ」
「すみません、あまりのまずさについ」
「一応ステータスで毒になってないか見とけよ」
なるほど。ステータススクロールには確かに状態の欄があった。こういうところも皆方くんはしっかりしているみたいだ。
言われてすぐに宇佐野くんは自分のスクロールを取り出した。
「問題なさそうです」
「念の為あと一日くらい様子を見て、なんともなければ明日報告するか」
「そうだね」
「わかりました」
その日の僕らの成果は大きなネズミが五匹だった。でももしかすると、明日以降はもっといろんな食材を持ち帰ることができるかもしれない。
帰ってからはこの世界で初めての食事だったけど、調味料もなく、ただネズミの肉を焼いただけのなんの楽しみもない食事にだった。