災害
数日続いた雨は止んでいた。今朝の天気は曇り。こういう日の外は色が薄く見える。
朝の天気予報では昼前にはまた雨が降り出すらしい。気温も高くなってきたけど、湿気の多い日はもうしばらく続きそうだ。
学校に着くと僕のクラス、二年A組の教室ではクラスメイトたちが各々でホームルームまでの時間を自由に過ごしていた。
「なあ、夏休みみんなで海行かね?」
「いいね! 絶対楽しいじゃん!」
「バーベキューとかどうよ、隣のクラスのやつも誘ってさ!」
美男美女たちが一つの机を囲んで談笑している。青春を謳歌する彼らの姿は、僕には輝いて見える。
他クラスの人が言うにはA組は美男美女揃いらしいけど、それはあくまでトップ層の話。僕程度では他のクラスを含めたとしても中の下がいいところ。
「ぎゃっはっは!! お前それはエグいって! 女もだけど男の方もかわいそうじゃん!」
「別によくね? だいたい俺に喧嘩ふっかけてくんのが悪いんだよ」
「いやほんとマジそれ、違えねぇな!」
離れたところでは別のグループができている。こっちもさっきの人たちと並ぶトップカーストの集まり。だけど、正直このグループとは関わりたくない。
制服を着崩し派手に髪を染め、ピアスをした男たち。不良というやつだ。
弱者をいじめ、気に入らないことがあれば暴力。校内外問わず、何かと問題を起こす厄介な人たち。相談やクレームも多く、先生たちも頭を悩ませているらしい。
彼らがあれだけ騒いでもみんな平然としているのは、この光景がこのクラスでの日常だからだ。今日は珍しくホームルーム前に全員出席しているみたいだけど、いつもなら昼頃までは姿を見せないことも多い。
他には静かに本を読んだり、宿題に追われたり、机に突っ伏していびきをかいたりと、クラスメイトたちはそれぞれで時間を潰している。
「みんなおはよう」
僕も本でも読もうかと考えていると、毎朝恒例の元気な挨拶が聞こえてきた。
このクラスの担任の先生、『夕陽 朝咲』先生だ。
「みんな、急でごめんだけど朝は集会になったから体育館に集合ね」
それだけ言うと、先生はせわしなく教室をあとにした。
来るのがいつもより早いと思ったら、そういうことか。今日は集会の予定はなかったはずだけど、今朝の職員会議で決まったんだろう。
クラスのみんなもめんどくさそうにだらだらと移動を始めた。
体育館にはすでに全校生徒の大半が集められていた。
突然の全校集会。こういうときは大抵良くないことがあったときだと僕は思っている。
体育館が埋まり全員が座ると、生徒指導の教師の声がスピーカーから聞こえてきた。
生徒指導の教師が前に立つと決まって体育館は静かになる。ただ先生たちの雰囲気がなんだかいつもと違う。聞こえてきた先生の声色も少し暗かった。
「あー…………、もしかしたらすでに知っている者もいるかもしれんが、昨日うちの生徒の一人が行方不明になった。その生徒の名前は後ほど教室に戻ったら聞くことになると思う。もしその際なにかその生徒について知っている者がいたら、少しでもいいから彼女の捜索に協力してほしい」
今回の集会が開かれた理由はこの事件があったかららしい。しかし、行方不明とはまた物騒な。なにか事件に巻き込まれてなければいいけど。
その後の話は、しばらくの間登下校は複数人ですることと、その際は十分に気をつけるようにとの注意を受けて話は終わった。その時だった。
「うわ、なんだ!」
突然視界が真っ白になり、思わず両腕で顔を塞いだ。一面真っ白に光る体育館の床に、赤く輝くこれは魔法陣!?
「な、なんだこれ!?」
「お、おい、どうなってんだ!」
「みんな落ち着いて! とにかく急いで体育館から出て!」
朝咲先生の声が後方の出口から聞こえてきた。見ると後方と側方の扉が先生たちによって開かれていた。
生徒たちは一斉に先生の指示に従って急いで出口に向かった。
意外にも僕は他の生徒たちほどパニックになっていない。周りがパニックに陥っているせいで、逆に落ち着けたのかもしれない。
できるだけ人の少ない出口から逃げようと見回していると、一人の倒れている女子生徒と目が合った。
足を踏まれたのか、右足を抑えて顔を歪ませている。
じっと見つめる彼女。女子は苦手だけど、目があってしまった手前助けないわけにもいかないか。
「えっと、立てる?」
「う、うん、ありがとう…………」
「どういたしまして」
その女の子は声をかけられて安心したのか、少しだけ表情が柔らかくなった。
「どうなってんだ! 出れねえぞ!」
「ちょっと! 押さないで! 苦しい!」
倒れた生徒に手を貸していると、そんな声が出口の方から聞こえてきた。
扉は開いているのに、誰もそこから出られないようだ。
「み、みんな! 落ち着いて!」
人が密集していて先頭付近の人が圧迫されている。これは下手をすれば怪我では済まないかもしれない。
朝咲先生の声も届かず、押し寄せる人の波に潰されそうになっている。
このままではほんとうに死人が出るぞ。けどどうすれば…………。
すると、徐々に始めは青かった光が黄色く変化しはじめた。それと同時にだんだんと身体が重くなっていく。
「かっ身体が…………」
僕が支えてやっと立ち上がったばかりの女の子も、またすぐに地面に倒れ込んだ。
すぐに僕も重くなる体を支えきれずに地面に伏せた。
「動けない…………」
出口の方を見ると次々に人が倒れていくのが見える。おかげで朝咲先生たちが押しつぶされる心配はなくなったけど、まだ誰もこの体育館から抜け出せた人はいない。
生徒も教師も、全員が立ち上がることすらできない。
一体何が起きているんだ…………。
そんな状況で光はさらに色を変えた。赤色だ。
次の瞬間僕は自分の目を疑った。遠くで人が消えるのが見えた。それも数十人が一気に、衣服だけを残して次々と消えていく。
「いやああ!」
「待ってくれ! 頼む誰か助け————」
「死にたくない!! 死にたく————」
叫んだ生徒たちが消えていく。
残された制服が散乱した光景が、夢なのか現実なのかを曖昧にさせる。
「こんのやろぉぉ!!」
そんな雄叫びが聞こえた先で、誰かが立ち上がろうとしていた。生活指導の教師、東堂先生だ。
誰一人として立つことのできないこの体育館内で、たった一人だけ抗っていた。
「誰だ! こんなふざけた真似をしやがるやつはぁ!!」
しかしその先生も、その怒りの叫びを最後に姿を消した。
「た、すけて………」
そばでさっきの女の子が手を伸ばしていた。彼女は涙でぐちゃぐちゃになりながら、手を震わせて僕に助けを求めていた。
僕にどうしろって言うんだよ。
せめてその子を不安にさせまいとその手を掴もうとしたが、僕の手は空を掴んだだけだった。
パニックの中、教室後方で倒れる朝咲先生と目があった。
「稲凪くん…………」
最後に僕の名を呼んで消えた先生を見たのを最後に、僕の視界は消失した。
この日、僕の通う『市立高天高校』の全校生徒と教師たちが、この世界から消えた。