第零話 王の帰還
……さま。
………ーグさま。
「クリーグさま。お早うございます。」
……………朝か。何時だ?
「いえ、夜中の2時でございます。」
クリーグこと、私は辺りを見回す。ベッドの上だ。目の前には執事のケインスターが立っている。何とも豪奢な部屋だな。
夜中の2時か。私はどのくらい寝ていたのだろうか?
「クリーグさま。貴方様は1020年と3ヶ月11日お眠りでしたよ。」
私は少々驚いた顔で「千年か」と呟く。
……今回はかなり長かったな。やはり消耗していたのだろう。
「今、お召し物をお持ち致します。その間、洗顔や歯磨き等を済ませておいて下さいませ。すべて部屋に備え付けてあります。」
ケインスターはそう言うと、一礼して部屋を出ていった。
私は起き上がろうとするが、上体を起こそうとすると忽ち体が悲鳴を上げ、私はうめきながら再びベッドに倒れこんだ。
や、やはり千年も動かないと体は動かないな。
ならば、私の体を叩き起こすまでだ。
「──『龍息暴血』──」
一呼吸すると、体が燃えるように熱くなる。汗も額に滲み、服もびっしょりと濡れてしまった。
『龍息暴血』。これは元は私が考案した魔力操作法で、呼吸のリズムに強めの魔力を流すことで全身に一気に魔力を駆け巡らせ、一瞬でコンディションを最高に引き上げる技だ。魔法にも運動と同じくある程度のウォームアップが必要なのだが、この技はそれを一瞬で行うものとなる。
同時に、身体能力も高める作用があり、多少のエネルギーは奪われるが便利なものだ。
『龍息暴血』ですっかり動けるようになった私は、起き上がり、洗顔をし、歯を磨き、窓の外を眺める。千年前より町は広がり、通行人も多い。そもそも、この城が私の物となっていること自体、未だに信じられない。
──あいつら、上手くやってくれたみたいだな。
思い出すとつい目頭が熱くなる。が、すぐにその感情を振り払い、鏡の自分を見つめる。千年前と同じ顔だ。
だが、と私は思い直す。私は変わらないが、回りは大きく変化を遂げている筈だ。
ならば、先ずはこの時代の情勢を把握しておかねば。
するとそこにケインスターがやって来た。
「お待たせしました。こちらのお召し物に着替え、奥の部屋へお越し下さいませ。夜中ですが朝食と致しましょう。まだ体力もお戻りにならないと思いますので、小部屋での簡素なお食事となるのをご容赦頂きたく思います。」
「よい。細やかな気遣い、感謝するぞ。」
そう言ってケインスターを下がらせ、正装に着替え廊下に出る。
「ご主人様、お早うございます。」
メイドや召し使いが私にそう言って頭を下げてくる。恐らく主人の動く姿を見るのも初めてだというのに、一切の心のゆらぎもない。感心なことだ。
私は軽く挨拶を返しながら瀟洒な作りの廊下を歩いていくと、一人の少年と目があった。
その少年は煌めく銀髪に紅い目をもつ美しい少年だった。服装から見るに、恐らく召し使いの見習いだろう。
「あっ……ご、ご主人様!お早うございます!」
思いだしたかの様にお辞儀をする少年に私は手を伸ばす。
少年は「ひぇっ」と小さな声を上げ後退りする。どうやら私を恐れているようだ。
「おはよう。別にそこまで怖がる必要もないぞ。ところで君はもしや、五卿のホワイトスターの家の者ではないかな?」
「はっ、はい!私はいかにもホワイトスターの一族の者です!」
少年はカチカチになりながら話す。
「何故君はここで丁稚のようなことをしているのかな?ホワイトスター家は没落したのか…?」
「い、いえ、曾祖父が遺言で『お前は私の代わりとして、上様の手足となってくれ』と言われましたのでここで働かせて頂いておます!」
曾祖父の遺言……?まさか。
「君。もしや、ホワイトスター・ガジェットは死んだのか?」
「……はい。二十年前に亡くなりました。最後まで、お目覚めにならないご主人様を心配していました。」
なんということだ。私が眠りこけている間に、信頼する仲間を失くしていたとは。しかも二十年前とは、千年と比べればほんの僅かな差だ。
「そうか。今はガジェットの息子か孫がホワイトスター家を切り盛りしているのだな。」
「いえ、お祖父様は魔力実験中に亡くなり、父上は二百年前の戦争で戦死しました。」
「な、なんと!?つまり、君が跡取りという訳か。」
まさかこの少年がホワイトスター家の跡取りとは。
そこで私はハッと気づく。
「確か五卿は隠居や当主になるのも私の許可が要る筈だ。つまり……」
「はい。私はご主人様から正式にホワイトスター卿として任命されていませんので、今のホワイトスター家は家主不在となっております。」
しまった。私が裁定するはずの仕事は溜まりに溜まっているだろう。ましてや腹心の部下の家問題が放置状態だったとは。これは早急に対処せねばなるまい。
「領地の管理はどうしているのだ。」
「…………」
少年は黙りこんでしまった。
「どうした?何か問題でもあるのか?」
「……実は、叔父に家を乗っ取られてしまったのです。それもつい最近のことですが、私がまだ幼いのと、曾祖父ガジェットの遺言を利用して私を体よく王都に追いやったのです。」
私は思わず手を頭につく。私が不在という事態はここまで深刻だったとは。
しかし、家をみすみす奪われたことに私は少々憤りを覚えた。仮に少年としても、私は容赦する気は無い。
「成る程。だが、何故君はここで指を加えて見ていたのかな?昨日今日のことではあるまい。ん?」
私が発する威圧に少年はたじろぐが、目をキッと光らせて言った。
「私は無力です。政治的にも、武力的にも。今叔父に立ち向かっても、何も出来ずに終わりです。なので、ご主人様に認めて貰えるように、ここでお待ちしていたのです。初代ガジェットの血も引かぬ卑怯者から必ずホワイトスター家を取り戻す為に。」
私は内心『ほう』と感心した。年端も行かぬ少年が、自らの家を守る為にここまで覚悟を決めるとは。
自分の力を踏まえた上での判断か。
まるで、ガジェットにそっくりではないか。
だが、私はそんな本心をおくびにも出さず、冷酷な目で少年を見つめた。
お前、名は何と言う。」
「私は、フェイルーク・ホワイトスターです。」
「違う。今のお前にホワイトスターを名乗る資格はない。」
少年は「そんな…」と言って私を見つめる。
「そんな顔をするな。私が、お前をホワイトスターに相応しい男にしてやる。」
「えっ……では!」
「お前は今から私の弟子だ。叔父を上回りたければ、人望、政治力、胆力、武力、全てを身につける必要がある。かつてのガジェットの様にな。お前にその覚悟はあるか!」
私の一喝で空気がビリビリと震える。他のメイドや召し使いは青くなり、震え上がっている。鏡面仕上げの窓に亀裂が入る。
だが、少年は違った。
「はい!このフェイ・ルーク、必ずやホワイトスターに相応しい男と成ります!」
凛とした声で返事をした少年に私は初めて表情を崩す。
「そうか。ならばあとで私の部屋に来い。そうだな…お前はこれから『フェル』と呼ぶことにする。分かったか?」
「はい!分かりました!」
フェルは歩いていく私の背中に、何時までも頭を下げていた。
冒険をキーワードにいれてるけど、冒険なのかは怪しいところです。
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