最初の鍵
「……」
不思議な感じだ。こうして馬車で移動しながら月を見ていると、向こうの世界も、こっちの世界も、月は変わらないのだと分かる。俺が書いた世界だから、同じなのは妥当なのかもしれないけど。
「――大丈夫ですか?」
「何がだよ?」
「いえ……こうして荷車に乗っての移動など初めてでしょうし。体など、痛めていらっしゃらないかな、と思ってしまいまして」
「いや、それは大丈夫だよ。俺だって、そこまで体が弱い訳じゃない」
なんなの? 赤子だと思われてんの俺ってさては。若しくは桃か? 突かれたらそこから腐る的な。泣くよ? そんな貧弱と違うから俺だって。
「ならいいのですが」
「こんな時間がかかるとは思わなかったけどねぇ……これで、もう丸三日か?」
「とは言ってらしたけども……」
ちらりと、御者を努める商人の方を見る。声を潜めて話しているからか、聞こえてはいないようで。とはいえ、何か話しているのは聞こえた様で、偶にこっちをちらりとは、あぁ、いま目があった。
「長くてうんざりしてるとは思うが、もうちょっとで着くから。まぁのんびり待っていてくれ。疲れてるとは思うけどな」
「いえいえ、相乗りさせてくれただけでありがたい事ですから……」
「そういえば、何を話していたんだい?」
「弟はちょっと酔ってしまったようで、気を紛らわす為にも少し話を、ですね」
冷静に考えれば、俺って姉に甘えん坊な体の弱い弟な訳だろう? あれだな、萌えキャラに見えない事も無いけど、展開によっては嫌われるタイプのキャラだなさては。まぁ俺の顔は微妙だから人気は出ないだろうけど。
「そうかぁ。仕方ない。こういうのに揺られるのは慣れないと、とっても辛いからねぇ。どうしよもうなかったら止めるのも問題ないから、そこで吐いて貰っても構わないよ」
「いや、そこまでやって貰わなくても、大丈夫です」
「そうかい? 無理しちゃいけない、お姉さんに、ちゃんと言うんだよ」
「アンタ迄俺をそう扱うのか……っ! そうかよ、降りな、決闘と行こうぜ商人さんよぉ、第二戦目だぜ!」
「はいはい、照れない照れない。大人しくしてなさい?」
放せぇ! アンニュイな気分も吹き飛んだってんだ! この怒りの儘に全てを破壊したい気分なんだ! もう許さん! 俺をシスコン呼ばわりするロクデナシの馬鹿野郎はこの拳で修正するって決めたんだよ!
「放せぇ!」
「おう、来いよ坊主。大人の強さって奴を教え込んでやるからよ」
「ガァアアアアアアアッ! 俺の中の野獣が目覚めようとしてるんだよぉ! 解き放たせてください姉さん! もぉ耐え抜けない!」
「はいはい。良いから良いから。落ち着いてください」
むきぃぃいいいいいい編集さんの方がパワーがあるから全然引き剥がせない! 俺の、怒りは、もう行き場を無くして、大変な事になってしまう!
「ハイハイ良い子良い子」
「むぎゅぅうううううっ!」
「うわっ!」
く、くそっ! 胸の中に閉じ込めるってか!? 上等だ! バーカ! こんな事に屈する俺だと思うなよ! 小説家なめんな! 自分の欲望を叶えるためなら三大欲求位ブチ切る手段は知ってるんだよ!
「ふんっ! ふんっ! ……ふぅうううううっ!」
「す、すげぇ……あの幸せロックの中で、脱力するどころか暴れてやがる」
「大丈夫ですよ、もうちょっとで大人しくなると思うので。はいはい、悪い子悪い子。もうちょっと大人しくなりましょうねー」
ぐっ、くそっ、暴れた事で、酸欠……やばい、もうもたない……意識が、遠ざかっていく、俺の怒りは、まだ、燃えてるというのに、それを燃やす酸素が、ドンドン枯渇していっては……も、もう……くそ……
「……ヤベェ、完全に寝てたな俺。じゃない! あの商人野郎をシバキ回すまで、俺は終われないんだよ! チクショウ! って……」
……明るいな。アレかな。もう夜が明けた? 的な? ……つまり俺は、あの人にホールドされて情けなく意識を思って行かれた挙句、こうしてグースカと寝ていた訳か。ったくなんて情けないっ!
「しかし……?」
ここは、砂浜……? いや、見覚えがあるというか、確か王子と人魚姫が殴り合いしてた、あの……だよな? なんでこんな所で寝っ転がってるんだろう俺。
「まさか、おいて行かれたッ!? いや、流石にまさか……!? というか、この辺りにまで戻ってわざわざ置いて来るとか、必殺無駄の極みだよ、どうしてそんな事をする必要がある」
いや、もしかしたら編集さんだったら『あ、取材内容が足りませんのでちょっとお願いします』くらいの勢いでやるかも、かもしれないけど、だとしても何かしら書置きくらいは残すだろうよ。で? 周りには?
「なんもねぇっ!」
『――そりゃあねぇわ』
……?
「だれか、今返事したか?」
『しかし、最初に助けた甲斐があるってもんだ。上手い事やってくれた。これからも頼むぜ、上手くやってくれや』
「いや、本当に……誰!? えっ、変人!? 奇人!? ちょっと! 止めて近寄らないでお願いします!」
『一遍殺した方が良いかなコイツ』
こっわ、発言がヤクザじゃん……えっ、こっちから聞こえたけど、一体誰だ。なんか聞き覚えがあるような……!?
「……はぁ?」
『――ま、見た所で、俺が誰か、見える訳ねぇけどな』
「なんだ? 靄? いや……煙……煤? い、いや……」
――人型の空洞が、俺を見てる。何者かも分からない、そんな――
「――先生、起きてください」
「っ」
……なんだ、朝か。あーなんだろう、夢を、見ていた気がするんだけども。覚えてねぇなぁ。まぁ夢なんてそんなもんか……って。
「おうどうしたそんな滝の様な汗をかいて」
「緊急事態です。私達……いえ、正確には先生が、ですけど」
「俺が?」
「……お尋ね者に、なってます」
…………ホワイ!?
アンデルセン先生ごめんなさい。
アレは、別にこの二人が用意したものでは無かった、ということで。




