タオルは心を豊かにしてくれそう
「――あのオヤジ、マジで河で水浴びして来いって言うかね普通」
まぁ言うんだろうね。中世モチーフだし。井戸が何処にでもあると思うな、この世界。実際この時代河から水補給するなんて全然、常識も常識だし……そもそも水道一つで水が出てくる現代が便利という話。
「旅先で河で水浴びとかあったけどなぁ……こんなファンタジー世界で経験しとう無かった。もっと夢が欲しかった。全人類の夢じゃねぇか? 自分の書いた小説の世界に入れるって。どんだけ金払ってもかなえたいファンタジーよ」
まあ現実はこんなもんなんですけどもね! 結局ファンタジーって現実になればファンタジーじゃなくなるんだよ。なんか先に早起きした編集に『さっさと顔でも洗って来てください』と部屋追い出されましたし。ホント現実って悲しい。
「ったく、顔洗うにしても、タオルの一つも無いってのに」
金だけはある、幾らぐらいとは正確には言いづらいけど。普通は逆。けど我が編集が余りにも冷静に現実に対処しているのが幸いして、『銭が……銭がっ……』ってならなくて済んだし
「しかし金は、今俺の体を拭くのに何の役にも立たねぇ。欲しいのはフワフワのタオルなんだが、あるのは……」
……これだけは貸して貰えた布巾。明らかに手触りは、うん。お察し。それでも使えないよりは……なんか変な匂いするし。いや、贅沢言ってらんねぇな。うん。拭いてみれば案外吸水性良いかもしれんし。
「あ、本当に見た目以上に水吸ってくれる……有能……」
「おはようございます」
「おう。お早う。アンタと朝チュンするなんて……いや腐るほどあったな」
缶詰にされると、必ずと言って良いほど一緒に缶詰するんだよなーこの人は。絶対に逃がさんと言わんばかりに。実際この人が一緒に居た時俺が缶詰から逃げきれた経験一回も無いし。
「それで、昨日は何かいいアイデア等、思い浮かびました?」
「朝からそれか。全く容赦ねぇなアンタ」
「アイデアはあるだけ宜しいので」
ったく……
「取り敢えず朝食にパンでも……って、ねぇかそんな気の利いたもの出す場所」
「ありますよ」
「えっ? あんの?」
「朝食を出す場所、ではなく朝食がですが。さっき先生が顔を洗っている間に……はい、どうぞこちらです」
おっ、リンゴ……昨日から、食べる物も何もかもリンゴだな。まあいいけど。皮ごと食うリンゴ、美味いよね。ちょっと、というか大分味薄い様な気もするけれど。でも瑞々しさはヤバイ。
「うーん、これだけで満足してしまう」
「当然栄養不足になりますので、ジャガイモ等、比較的調理しやすい炭水化物、干し肉も買って食べなければいけませんね」
「オカンか」
「栄養不足では書ける物も書けないので」
あーはいはい。どーせ俺は小説書くマシーンですよーだ。ったく、少しは俺が心配だとか嘘でも言えってんだこの性悪。と言ってもこの人に今の所頼りっきりではあるからあんまりひどい事も言えないけれども。
「まぁそれは後で買い込んできますので……今は先生。お金を稼ぐ為のアイデアを」
「だから何話分かのアイデアは考えてるから大丈夫だよ……ちょっと忘れかけてるけれどもさ内容」
「後で縦に振ってでも思い出させますのでそれは良いとして。出来る限り資金を急いで稼ぎ、隣国へ旅立ちたいですし、アイデアを出来るだけひねり出して下さい」
「縦に……振る……?」
あの、一体俺は何をされる予定……い、いや考えても仕方ない。それよりも。
「そうそう簡単にアイデアが出てたまるかってんだ。結構アンタに尻蹴っ飛ばして貰ってアレだからな。今はすっからかんだ」
「でしたら今度は尻がサルになるほど蹴り飛ばして差し上げましょうか?」
「もうそれは蹴っ飛ばしてとか言う次元を超えてるんだよ、千本ケツキックとかそう言う次元だよ。スポコンが一気に残虐ファイトだよ」
要するに拒否権はねぇって事だろうが遠回しな言い方しやがってお前なぁ……理不尽な要求に応えて、編集の華を明かすのも作家の醍醐味だ。良いぜやってやろうじゃねぇかその代わり、何時か、確実に復習をする。絶対に。
「で、俺は結局部屋に缶詰めになるのか?」
「いえ、外に出て頂きます。ここは物語の世界なのですから。其処を観光でもしていた方がアイデアも出るかと。パソコンを目の前に唸る訳でもあるまいし」
「っ……そ、そうかい」
復讐は絶対だが……こういう所は上手いとも思う。この編集さんは。缶詰にする時は選ぶ人だ。どれだけ書いて欲しくても、俺が書きたいようにお膳立てをしてくれる。俺と違って何でもできる万能超人……
「その代わり、今日の夜は部屋でその出たアイデアを纏めて頂きます。ノルマが終わるまで、睡眠は禁止しますので悪しからず」
「……ノルマって具体的には?」
「言わない方が先生は頑張れるタイプだと思います」
「そうかぁーおう分かったこりゃあオールだな今日!」
こういう、人の心への配慮が出来れば完璧だと思うんだけどな。天は二物を与えずというが、この人は二どころか十も与えられ、その代わり、何か大切な物をお母さんのおなかの中に置き忘れてきたのだと思う。
「では行きましょう。夜までに新作のアイデアを出して頂かねば」
「新作って言っても……俺が出来る事と言ったら何時もの芸風だけど」
「それが一番受けます。誰も見た事がない奇妙奇天烈な作品こそが、人の心を揺らしますので」
「なるほどなぁちょっと待ってアンタ俺の作品を奇妙奇天烈と評したかオイ」
あのさぁ、そう言うこと言ったら、言われた相手がどう感じるか考えた事無い? もうちょっと人の事を思いやってお嬢さん。辛いからホント。作家さんはね、案外心の脆い生き物なのよ。
アンデルセン先生ごめんなさい。
タオルって、結構人類の偉大な発明がしないでもないです。




