OCEAN変
そして、今!!
運命のあの日から一年。“ポッポシャン”はどこにでもありそうなビルの屋上から、狙撃銃で“目標”に狙いを定めていた。
街路樹の影からその男が姿を現す!間違いなく悪徳くんだった。
「フン…ヌケヌケとよくも……」スコープを覗きながら呟いた“ポッポシャン”は、いよいよ射撃の体勢に入った。M24対人狙撃銃の銃尾を自分の右肩と鎖骨の付け根部分、少しくぼんだ所に押し付け、右の頬骨で銃を上からしっかりと固定、ボルトハンドルを引き弾薬を装填し、トリガーに指をかけた。
スコープの中心に、一年前と変わらない悪徳くんのあくどい顔が入った。
深呼吸をゆっくり始める。
「スー、ハー。スー、ハー。スー……」3度目に吸ったところで息を止め、体ごと銃を固定する!
そして、次の瞬間!!
〈ドゴルボーンッ!〉
その銃声を聞く前に悪徳くんは左の前頭部から右後頭部へ弾丸を抜けさせ、憤死した。おそらく自分が死んだ事に気付く暇もなかった事だろう。極悪非道な者に相応しい死に方だった。
突然、歩道の真ん中で大の字になって倒れた悪徳くんに、周りに居た者は呆気にとられ誰も近づくことが出来なかった。
ただ、夕暮れの路上に誰かの悲鳴がこだまするのみだった。その光景を向かいのカフェのオープンテラスで、コーヒーを飲みながら観ていた紳士が心の中で拳を握りしめた。
(見事だ“ポッポシャン”!!)
彼と“ポッポシャン”はこの一年間、ただひたすら復讐することだけを考え生きて来た。銃、ナイフ、格闘術……紳士は持てる全ての技を“ポッポシャン”に伝授した。
暗殺者としてのあり方、心の保ち方、メンタリティーは特に厳しく仕込んだ。紳士は“ポッポシャン”を自分の後継者として、世界に売り出すつもりだった。
来年には世界中の暗殺者たちが集まる技能大会が開かれる。そこで優勝出来れば、師も弟子も一生食べて行くのに困らないだけの契約を結ぶ事が出来る。
紳士も必死だった。見事、その期待に答えた弟子は、世界最強の暗殺者と呼ぶに相応しい男に育った!師は、はなむけに上野のアメ横で買ったレミントンM24対人狙撃銃を弟子に贈った。
紳士はカフェの店員を呼び、祝杯用のキャラメルマキアートを頼もうとした。
しかし、紳士はハッとさせられた。
「むう!何と言う事だ!!」
倒れた悪徳くんのそばに、今や彼の妻の“そねみ”と、ベビーカーに乗せられた生後間もない赤ん坊の姿があったのだ!!悪徳くんファミリーめ!ノンキに家族でどこかに買い物でも行っていたのだろう!
馬鹿が!!
“そねみ”は夫がいきなり絶命した衝撃で買い物袋を落とし、中の食べ物を辺りに散乱させた。事情を知らない通りがかりの主婦が、食べ物を粗末に扱ったとして“そねみ”を罵った。彼女は遂に堪え切れず大声で泣き出した。
当然、ビルの屋上の“ポッポシャン”も泣き叫ぶ“そねみ”と赤ん坊を確認していた。
「あれは……“そねみ”か!?…じゃあ、あの赤ん坊は……まさか…」
(メンタル面はこれ以上無いくらい鍛えられているはずだ!)が、紳士は額を汗でにじませた。最高傑作の弟子が約束どおり『皆殺し祭り』を開催するのか?それとも“そねみ”が悪徳くんと一緒になり子供まで産んでいた事を知り精神崩壊してしまうのか?
カフェテラスのイスに座って歯を食いしばり、コーヒーカップを握りしめながらワナワナしていた紳士は、丁度やって来たカフェの店員に「トイレでしたら突き当たって右になります」などと言われ、恥をかかされた。
「あの赤ん坊は……“そねみ”の子供か!?だとしたら……」“ポッポシャン”は、明らかに動揺していた!震える手で胸元のポケットからタバコの箱を取り出し、新たに一本火をつけた。“ポッポシャン”は「ゴクリ」と生唾を飲み込み、独り言を続けた。
「あの子は、まさか……俺の子か!?」
全くもってファンタジーボーイである! そんなわけないだろ……。
しかし、“ポッポシャン”だけは“そねみ”と悪徳くんが結婚したことを、いや小学生の頃から付き合っていたこと知らなかった。
無理も無いのであ……ないか。
一方その頃、紳士は気を揉んでいた。一度カフェの店員にキャラメルマキアートを頼んだが、呼び戻してキャンセルしたりまた頼んだりして落ち着きが無かった。
「やはり…ダメなのか……」
弟子が約束通り『皆殺し祭り』を開催していれば今頃とっくに“そねみ”の頭は吹っ飛んでいるハズだった。
ウカウカしていたら警察のパトカーや救急車が駆けつけてしまう!
「いや、悪徳くんへの狙撃は完璧だった…とりあえずの任務は完遂した!私の方も、スマホでバッチリ録画出来た。これがあれば、来年の世界大会の予選には履歴書と一緒に送れる!今、無理して“そねみ”を殺す為に現場に留まり警察に包囲される必要は無い!」
紳士は、すぐさま“ポッポシャン”に電話をかけ、作戦区域からの速やかな退避を命令しようとしたが、意外にも彼の着信音が近くから聞こえた気がした。
「?……!?」
紳士はさすがに、絶句した!
「な、何故こんなことに……」
“そねみ”に『自分の子供』が出来てしまったと勘違い——と言っていいのか——してしまった“ポッポシャン”は、感じる必要の無い責任を痛感し、男のケジメをつけるため8階建てのビルの屋上からダイブして地上に降り立っていたのである!
そして、悪徳くんが血まみれで絶命しているすぐ横でひざまずき、“そねみ”にプロポーズしたのだ!!
「“そねみ”さん!ずっと前から好きですた!! 僕と結婚してください!」
周りの野次馬からは、そのあまりの空気の読めなさっぷりに「あ~あ……」という声が上がった。
(彼女が一番聞きたかったハズの言葉を言ってやったぜ!!)
何故か自信満々の“ポッポシャン”の顔中から気持ち悪い笑みがこぼれ落ちた。
“そねみ”はしかし、泣きながら答えた!
「バク転の練習中に誤って首の骨折って死ね!!」
当然の反応だ!
何の因果でたった今、夫の悪徳くんが頭を破裂させてただの屍となったすぐ横で、この訳の分からない変質者にプロポーズされなくてはいけないのか?
というか“そねみ”は、一年前のあの日“ポッポシャン”が公園から泣いて飛び出して行った瞬間に彼の存在そのものを完全に忘れた。
だから今も“ポッポシャン”を単なる悪ふざけの野次馬としか捉えていなかった。
“そねみ”のよそよそしい態度を見て“ポッポシャン”は、原因が自分にある事に気付いた。
「なぁんだぁ、そうかぁ~!早く言ってよぉ~」
あの日以来怒りで逆立った髪の毛を撫で下ろして坊ちゃん刈りに戻し、殺し屋御用達のジャケットを脱ぎ捨て、あのお気に入りのTシャツ!『POP & OCEAN』を露出させた!
結局、何も気付いちゃいないのだが“ポッポシャン”はいよいよ調子に乗り出した!
「“そねみ”ちゃぁ~ん!僕だよ、僕!! ホラ!そこにいる赤ちゃんの父親の~」
野次馬たちから声が上がる!
「き、きめぇ!」
「何だよ~!超ウゼェーよ~!!」
“そねみ”が完璧に”ポッポシャン”の事を忘れていようと、彼女のDNAは彼の事を覚えていた!何故だか無償に怒りが込み上げて来て、このおフザケ野郎を黙らせようと勢いよく手のひらで突き飛ばそうとした!
その光景をカフェから見ていた紳士が思わず「あ!」と叫んだ!!
完全なる暗殺者“ポッポシャン”には、いかなる攻撃も無意識で返してしまう能力がすでに身に付いていた!
“そねみ”の左手でのツッパリを『猛虎硬爬山』と認識した“ポッポシャン”の反射神経は、彼に左手で彼女の左腕を捕獲させ、さらに引き寄せると同時に右足を半歩前進しながら右肘で彼女のこめかみを打ち抜く事を命じた!!
「レネゲイッ!」
そう叫んだ“そねみの首は、180度回転した位置で止まった!
この一瞬の出来事をしっかり目撃してしまった野次馬たちは各々一万円ずつ置いて一目散に現場から逃走した!
「だから言っただろ!!」
何をどう言ったのかは知らないが、自分のしてしまった事の重大性からテンパってしまい、逆切れ状態の“ポッポシャン”は“そねみ”を担ぎ上げ、エアプレーンスピンをし始めた。 あまりに高速で回転したため“ポッポシャン”の足は摩擦熱で歩道のコンクリートを練り飴のようにグニャッと歪め、年末の道路工事で市民の税金を無駄に投入させる事態を引き起こした!
気が済んで“そねみ”を解放した“ポッポシャン”は、2人の死体とベビーカーの赤ちゃん以外誰もいなくなったガタガタの路地で叫んだ!
「“そねみ”!お前の無念は必ず俺が晴らす!俺たちの赤ん坊は命に代えても守ってみせてやるからな!!」
ここに、思わぬ形から世界初の赤の他人同士の『子連れアサシン』が誕生した!
一部始終を見ていた、紳士は涙していた……。
※
サイレンが鳴り響く!
110番だけに、事件発生から110分してようやくパトカーと救急車が到着したのだ!小さな街の繁華街にはすっかり夜のとばりが下りていた。
“ポッポシャン”もすでに『我が子』を連れて現場から立ち去っていた。野次馬たちがどこからとも無く再び集まってくる。
紳士は、変わらずカフェにいた。“ポッポシャン”が巻き起こした感動劇場の余韻に浸っていたのだ。「フフ……もう『皆殺し祭り』などどうでも良い。“ポッポシャン”はそれ以上の物を残してくれた……具体的にそれが何かと聞かれると困るが……」
「ピューイッ!」
馬鹿に甲高い口笛でカフェの店員を呼んだつもりだったが誰も来なかったので、紳士は無銭飲食を決め込んだ。
「フハハ!“いい日、いいカフェ、いい感動!!……盗作”」
東の空の一番星が何故か、うらめしそうに輝いていた。
事件現場では、この街で誰よりも遅く駆けつけた警官たちがやっと現場検証を始めたところだった。その立ち入り禁止の黄色いテープを貼る新人警官数人の中に、奈良田間イケルがいた。
元々正義感が強く、だが“ポッポシャン”との仲違いから悪の道に入っていった彼は、“そねみ”の結婚と同時にワルを卒業し、警察官に成っていた。
どこかの夫婦がいきなり銃撃されたらしい。と言う話は聞いていたが、まさかそれが悪徳夫妻だとは少しも考えなかった。
「おい!新人!」ベテランの刑事がイケルを呼んだ。
「さっき殺された夫婦のケータイにお前の番号が登録されてるんだが、知り合いか?」
イケルは嫌な予感で失禁した。同級生で結婚したのは奴らしかいない。他に夫婦の友達などいない。
「いいえ、知りません。あと、何も漏らしてません!」思わず嘘をついてしまった。漏らした事も言えなかった……。
しかし、犯人が誰かは大体見当がついていた。
「とうとう一線を越えてしまったんだな、あいつ……」
奈良田間イケルは“ポッポシャン”の事を思い出していた。
(思う存分暴れるが良い!そして、いつかこのおれを殺しに来い!)
それがイケル流の男同士の友情の決着の付け方であり、唯一の罪滅ぼしの仕方だった。
しかし、失禁して濡れた制服のズボンの上手なごまかし方までは知らなかったので、同僚に「殺人現場見てビビった?」と笑われた。
一方その頃、“ポッポシャン”は男の子とも女の子とも分からない『我が子』の乗るベビーカーを押しながら、実家に向かってゆっくり歩いていた。
「寒くないかい?ベイビーちゃん」そう言ってから気付いた。「そうだ!まだ名前を付けてあげてなかったな」
“ポッポシャン”はしばらく悩んでから、“そねみ”と悪徳くんの子供である『我が子』をこう呼んだ。
「こんにちは。役所ちゃん!」
奇遇にも市役所の前を通った時に思いついた名前だった!というか、面倒臭くなっただけなのだ。何と言う男なのだろうか!
『放火犯は現場に戻って来る』とは、よく言われる事だがそれは狙撃犯も同じ事だった。
「ひゃはは!これは楽しいぜ~!!って、ここは現場じゃないか!!一体何故!?」
“ポッポシャン”は、役所ちゃんを乗せたベビーカーを暴走させながら実家を目指していたのだが、ベビーカーを押すのが楽しくて街を一周。
つい現場に戻ってしまっていた!
愕然とした“ポッポシャン”の前にひとりの警官が立ちはだかった!
距離にしておよそ20メートル。
「やはり…戻って来ると思っていたよ」
現場周辺を警戒中だった奈良田間イケルだった。
彼はすかさず腰の拳銃を抜き、“ポッポシャン”に向かって構えた!
「“そねみ”と悪徳をやったのはお前なんだろう?ギュンちゃん!!」
「俺の名は“ポッポシャン”だっ!」
即答した彼の両眉毛に焦りの色が見えた人もいるだろう。
そう!“ポッポシャン”は本名を、夏川ギュンと言った!その名で呼ばれるのは実に久しぶりだった!
「おれは……小学校以来、ギュンちゃんに殺されても仕方の無い事をして来た……」
イケルは、しかし言葉とは裏腹に〈キャリッ〉と、拳銃の撃鉄を起こした!
「……と、さっきまで思っていたけど、やっぱやーめっぴ!お前なんかに殺されるわけにはいかない!このまま一思いにやらせてもらう!!」
イケルが引き金を引こうとしたその刹那!
彼の目前にひとりの赤ん坊が飛びかかって来た!
役所ちゃんだ!
とっさに“ポッポシャン”が、イケルに向かって投げ込んだのだ!!これこそ『子連れアサシン』の面目躍如!
思わず役所ちゃんを受け止めたイケルは、瞬間“ポッポシャン”を見失った!
〈ギュン!〉
それはイケルが“ポッポシャン”を呼んだ声ではなく、“ポッポシャン”が折り畳んだベビーカーをフルスイングした音だった。20メートルの距離をいつの間にか詰められ後ろを取られたイケルは、後頭部をベビーカーで殴られ役所ちゃんを抱いたまま前のめりに倒れた!
そして、今度は前頭部をアスファルトに打ち付けギュン死にした。
「プギャ~!!」
イケルと一緒に道路に倒れた役所ちゃんが大声で泣き出すと、現場検証中の警官や、それを取り囲む野次馬たちがこっちに気付いた。
“ポッポシャン”は、冷静に役所を抱き上げると、こちらを注視している警官たちに言い放った!
「いつもお仕事お疲れさまです!お先に失礼します!!」
敬礼する“ポッポシャン”に警官たちは感動し駆け寄り、ベビーカーを展開するのを手伝ったり、泣き叫ぶ役所ちゃんをあやしたりした。
そして“ポッポシャン”が現場を立ち去るまで、「シングルファザーってヤツですか……大変ですねぇ」などとノー天気な事を言いながら警官総出で手を振って見送った。
すぐ足下に転がっていたイケルの死体に気付く者は、やはり110分後までいなかった。
※
外周5kmほどの小さな街が、大騒ぎの夜となった。それもそのはず!新婚夫婦と警官が何者かに殺され、おまけに夫婦の赤ん坊が連れ去られたのだから!郊外に続く街中の道路が封鎖され、検問が張られ、市長が『非常事態宣言』をし、どさくさにまぎれて大物有名人カップルが婚姻届を出した。
TVのレポーターも到着し、街の声を拾っていた……。
「このような悲惨な事件が起こってしまいましたが、どう思われますか?」
「ホント、怖いですよね~(笑)こんな小さな街でね!僕もひとりの子供の親なんでね……不安でいっぱいで~す(笑)ユニユニ」
レポーターの問いに終始ニヤニヤニヤニヤ笑いながら答えたその男は、レポーターに軽蔑の眼で見送られ、ベビーカーを押し進め家への帰路を急いだ。
実家に帰るのは実に一年ぶりとなる。
運命のあの日、殺し屋の紳士に弟子入りしてから“ポッポシャン”は消息不明状態だった。母親からは警察に捜索願が出され、TVや新聞でもそれなりに大きく取り上げられた。
“ポッポシャン”自身もそれを見て知っていたが、当然母親に連絡などしなかった。母親に仕返しをする為に、紳士の下に身を寄せ殺しの技術を学んでいるのだから。
家に着いた頃には日付を跨ごうかと言う時間になっていた。それでも家の明かりはまだ点いている。
「さて、やるか?役所ちゃん」
“ポッポシャン”がまだ喋るはずの無い生後半年の『我が子』に合図した。
しかし、役所ちゃんの様子がどうもおかしい。
実は“ポッポシャン”もだいぶ前からその異変に気付いていた。
「どうしたんだい?さっきから何をムズがっているんだ?」
“ポッポシャン”は役所ちゃんを抱き上げ、体をさすってみた。すると、役所のベビー服の中から一通の封筒がポトリと落ちた!
「これは!?」拾い上げた“ポッポシャン”が目を見開いた!
何とそれには『ギュンちゃんへ。 イケル』と書かれていた!
奈良田間イケルからの手紙だ!
「いつの間に!この俺の目を盗んで!?」
考えられるのはあの時!イケルに向かって役所を投げたときだけだ!!
「にわかに信じられんが…」そう言いつつも、“ポッポシャン”は手紙の封を開けた。そこには便箋一枚にビッシリと、こう書き込まれていた……。
『 ギュンちゃんよ~い! わしや!イケルやwww
突然の手紙で驚かせてすまって、申し分けねえのス。
すかすまぁ、ギュンちゃんがこの手紙を読んでるちゅー事は、すでにもうおらは死んじまってるちゅー事なんじゃろうな?
せやけど、それでええ。 それでええんや!最高や!!
ギュンちゃんはなんも気にする事はあらへんで!
おいどんを始め“そねみ”も悪徳も殺されて当然の人間やったですばいの。
覚えとるかのう?
小六のあの秋の日の事を! ワイは確かギュンちゃんに言ったのう。
「“そねみ”の事は忘れるんだ。あいつはとんでもない性悪のメス豚ウーマンだ!」って。
あれ、マジやで!
そもそも“そねみ”の名前は“そねみ”じゃないんや!
あれはな、“そねみ”のヤツが気持ち悪いからっつってギュンちゃんに本名を呼ばせないために、教科書から適当に見つけた言葉をギュンちゃんに名前として呼ばせてたんや!分かるけ?
あのメス豚の本名は「鷹田鷲子」っていうんじゃ!
アイツを“そねみ”と呼んでたんは、ギュンちゃんだけなんや!
まんず!小学生の女子っちゅーのは平気で残酷な事をすっとなぁ!
ま、それはさておき……問題はその後のケンカやわ……。
あん時のおんどれ怖かったでw おらもぺっこ必死になったどw
ま、実力の30%の力で余裕やったけどなwwwwww
んでなぁ、ギュンどん……何でうちが、あの後そば屋の前にギュンちゃんを放置したか分かりはります?
ちゃんと意味があったんやよ!あのそば屋の店名覚えてはる?
『そば処 砂場』。 砂場や!
あれにはな、「子供の頃、砂場で怪獣ごっこして遊んだあの日のように、友情を大切にしてや!わしを忘れんといてや!」って意味があったんですたいw
改めて言うと何か照れるわwww
けど、あん時の気持ちはほんまもんやったんやで!
じゃけんの……“そねみ”の事ばっか考えてるギュンちゃんに嫉妬してしまったんじゃ。
それからの事は言わずもがなやな……。
わだすは一番大切なもんを自ら放り投げちったんだ!
ホンマ堪忍や!許してな。ギュンちゃん。
わし、死んで詫びるわw まぁ、せいぜい派手に殺してやw
一番良いのは、爆死だっぺw花火のように散りてぇわw
嫌なのは、何か変なもんで頭殴られる事がなぁ?
ま、どっちでもいいバッテンwwwww
ただな!約束してや!ギュンちゃん!
母親にだけは手をかけちゃいかんぜよ!
ギュンちゃんの母親はいつだってギュンちゃんの将来を真剣に考えてくれとるさかいな!!
ほんに約束やよ!!!
お、さっきおんどれが投げた“そねみ”の赤ん坊が、そろそろワイのとこに届くでw
そろそろ最後かのう?手紙を封筒に入れて……オシャレに赤ん坊の懐にでも忍ばせておくかのうw
ぎゅんちゃんの驚く顔が目に浮かぶわw
ギュンちゃん……縁があったらあの世でまた会おうや!!
ほなな!さいならや!』
イケルの手紙を読み終わった“ポッポシャン”は、(騙された!)という思いと悔しさで唇を噛み締めた!
だが、彼の胸には確実に熱い何かが去来していた。
「イケルのヤツ!俺にわざと殺される為に拳銃を抜いたのか?」しかも、イケルは“ポッポシャン”の動きを完全に見切っていた!
“ポッポシャン”が役所を投げてからのコンマ数秒の間に、便箋一枚にびっしりの手紙を書き、あろう事かそれを役所の懐に忍ばせたのだ!!
「そう言えばアイツ……小学校時代から速記が得意だったな……」
「だ、大体!“そねみ”が性悪メス豚なんて事は……俺だって気付いていたんだ本当はね!
だけど小さいから性悪メス豚“ウーマン”じゃなくて、せめて性悪メス豚“ガール”と言って欲しかったんだよ!悔しいね、ポックン♪」
途中から童謡に聞こえなくもない独り言を言ってから“ポッポシャン”は『砂場』の事を思い出した……。
「そして…『砂場』にそんな意味があったなんて……あの大馬鹿野郎!何であの時そうハッキリと言わなかったんだ!死んじまったら、意味が無いじゃないかよ~!」
遂に“ポッポシャン”の、氷の心がメルトした!!
イケルの積年の熱い想いが、“ポッポシャン”を夏川ギュンに戻しつつあった!!
「うおぉ~ちゃん!!」
“ポッポシャン”は再び唇を強く噛んだ!!
「もう殺しなんてうんざりだ!!イケルくんの言う通り、母親殺しなんてもってのほかだぁ!!」唇から血が滲んだ!
それを「ペロリ」と唇を舐めてから、「ペッ!」と血を吐き出し胸ポケットから取り出したリップクリームで傷口を入念に塗りたくった!
一本丸々使い終わったので“ポッポシャン”はカッコつけて、リップのふたを思いきり蹴り飛ばした!新たなる旅立ちの決意を込めて。
「殺し屋“ポッポシャン”はこの瞬間に引退だ!!」
意外にも勢いのついたリップが、秒速およそ30万kmで中空を駆け“ポッポシャン”の実家の窓を突き破った!!
〈ドギャンシー!!〉
窓が派手に割れる音のあとに声が続いた!
「ああぁっ!」
“ポッポシャン”は(もしや!)と思い、役所の乗ったベビーカーを道路に放置したまま実家の玄関を〈ドアバガンッ!〉と蹴破って中に入った!!
そこでは信じられないことが起こっていた!
何と居間で“ポッポシャン”の母親が、何者かに頭を打ち抜かれ床に大量の血を滴らせながら、立ち上がろうと必死にもがいていたのだ!!
“ポッポシャン”は憤怒した!!
「一体誰がこんな酷い事を!!」
そして、“ポッポシャン”は自分の運命を呪った!!
一年ぶりに実家に帰って来た“ポッポシャン”の目の前に、母親が何者かに撃たれ倒れているという信じられない光景が広がっていたからだ!親友イケルのあの世からの手紙でようやく目を覚ました途端これか!!
(一体誰が!?何の為に!)
“ポッポシャン”は犯人を許せなかった!
「母さん!!大丈夫かい!?母さん!!」嘘くさい程鬼気迫る表情で駆け寄った“ポッポシャン”の問いかけに何とか母が答えた。
「あぁ……ギュンちゃん……今までどこに行ってたの?ずいぶん…探したのよ……」
息も絶え絶え、絶命寸前のように見えた。
しかし、母は続ける。
「いつ帰って来ても良いように……アナタの部屋を……漫画家用に改装しといたのよ……」
「何とォー!?」驚いた“ポッポシャン”は、とりあえず母の事は置いといて、すぐに自分の部屋に走った!!
ホントだった!!
フローリングだった自分の部屋が、昭和三十年代あたりの和室に!
あの伝説の『トキワ荘』のような佇まいを見せていた!!
しかも!
「やぁ、よく来たねぇ!さ、どうぞ上がって」などと言って、事もあろうに部屋の真ん中には、黒ぶちメガネでベレー帽姿の手塚治虫似の知らない誰かが鎮座し、“ポッポシャン”に軽く挨拶をしてきた!!
「ふわぁ~!!」感動しっぱなしの“ポッポシャン”は、再び母のもとに戻って、お礼を言った!
「凄いよ!母さん!!最上級だよ!!僕の部屋に“漫画の神さま”がいるよ!!」
「これ…からは‥漫画…家に…成れる様…がんばりな…さい…」母が最後の力を振り絞って息子に伝える。
「うん!分かった!!僕頑張るよ!!」何とか起き上がろうとする母を抱きしめ支えながら“ポッポシャン”は約束した。
しかし、母は…
「でも、母さんは…もうダメ……ね…今…何者かに……撃たれた…の…」
と言いながら、自力で何とか立ち上がり仁王立ちになって更に付け加えた!
「母さんは…天国でアナタ…の‥活躍を楽し…みに…してるわ…ヨ……」
フラダンスのように体をくねらせながら何とか息子に伝えた母は、スタンディングの状態から、思いきり両の足を後ろへ蹴りだし、顔面から居間の床に墜落、転倒した!!
「ウララ~!!」慌てた“ポッポシャン”も気を失って倒れた!
遠のいて行く記憶の中で、“ポッポシャン”は見ていた。
母は救急車を呼ぶまでもなく即死に見えたが、一応“漫画の神さま”似のサンバディが、とても落ち着き払った態度で呼んでくれていた。
“ポッポシャン”が意識を取り戻したのは、病院のベッドの上だった。
しかし、もう手塚治虫似のサンバディはいなかった。時計はすでに夜中の3時をまわっていた。ベッドから飛び起き周りを見渡す“ポッポシャン”。
暗くてよく分からないが、しかし6人部屋のこの病室には母はいないようだった。
「目が覚めたかい?」
ちょうどその時、初老の医師と思わしき人が“ポッポシャン”に話しかけて来た。こんな夜中の真っ暗な病室で何をしていたのかは知らないが、老医師は全裸で床に大の字になっているよう見えた。
「な!何してるんですか!?もしかして、裸じゃないですか?」
“ポッポシャン”は驚きのあまり思わず聞いてしまった。
触れてはいけない事の様な気もしたが、聞いちゃったんだから仕方が無い。
「君は知らないだろうが、私は街で一番大きなこの『病人医院』で最も名高い産婦人科医師なんだよ」
その説明に“ポッポシャン”は、(あぁ、この先生はインフォームド・コンセントを実践しているんだな)と、言葉の意味もよく分からず全裸に見える老医師に感心した。ただ、医者に聞きたい事はそんな事じゃない! 母の事だ!!
「あの!母は!?何者かに撃たれて運ばれて来たはずなんですけど!!」
老医師が、気が進まない様子で重たい口を開いた……。
「ふむ。一命は取り留めたが、今の医学じゃ再び目を覚ますのは難しいのぉ…」
母は集中治療室で面会謝絶の状態におかれていた。
「そうですか…」そう言って納得した“ポッポシャン”は、病室を出て勝手に病院をあとにした。
路上に放置しっぱなしの役所ちゃんの事などすっかり忘れた“ポッポシャン”は、歩きながら家に帰る途中で重大な決意をした!
よし!決めた!!僕が医者になって母さんを助けるんだい!!
「よぉ~し!がんばるぞぉー!!ワオォッ!!」と言いながら右腕を天高く突き上げた“ポッポシャン”は拳を何かにぶつけ、驚いて目を覚ました!!
「ハッ!?」自分の部屋のベッドの上だった…。拳がぶつかった何かは、頭側にあるベッドのパイプだった。
(あれ?和室の部屋に改装されたはずなのに……何故以前のようにベッドが……?)
何が起こったか理解出来ない“ポッポシャン”は、更に驚くべき音を聴いた!声もだ!!台所の方から、まな板の上で何かを切る包丁の〈スタトン、スタトン〉という音を聴いた!
そして!
「ほら!ギュン!朝よ!早く起きて!!」
意識不明なはずの母の声だった!!
「母さん!!?」
“ポッポシャン”は、もう一度よく考えてみた。答えは簡単に出た。
「そうか!夢か!!夢だったんだ!!ビックリしたぁ~!!」
そう!“ポッポシャン”は、いや夏川ギュンは夢を見ていたのだ!机の上には昨夜完成したばかりのギュンの新作『トルクメニスタンの風になれ!』の原稿が置かれていた。
今日は、公園でみんなに漫画を見せようとした日。あの運命の日に戻ったのだ!
「いやぁ~!一年分の夢を見るなんて、何か得した気分だなぁ!!道理で殺し屋修行のディテールが無かった訳だ。だって、殺し屋の事なんて何も知らないもんね」
ノーテンキなギュンは二度寝を決め込もうと再び布団の中に潜った。
「そっかぁ!と言う事は、イケルくんも“そねみ”ちゃんも死んじゃいないんだ!!まぁ、悪徳は死んでても良いけど(笑)」
今までの悲劇が夢だと分かった夏川ギュンは、半分寝ぼけながら喜んだ。夢だったと言う事は、現実のイケルも“そねみ”もまだまだギュンに嫌がらせをして来るだろうが、そんなことはもう気にならなかった。
ギュンは、一晩の夢の中で人間として大きく成長したのだ!!
それは自分でも自覚出来た。そう思いはじめたら、もう二度寝なんてしてる場合じゃないと思えて来た!
「そうだ!早速飛び起きて、次回作の構想練っちゃおう!!」
布団を蹴り上げ、ベッドから跳ね起きようとしたその時だ!台所から母の呼びかけが再び聞こえてきた!
「寝ぼけてないで早く起きて勉強するのよ!ギュンちゃんにはお医者さんになってもらわなきゃ困るんだから!!」
「ナッ!?」
ギュンの心が「ズギン!」と音を立てて鳴った!!夢の中とは言え母も漫画家を目指す事を最終的には了承してくれたはずだ!
なのに! まだ言うか! まだ、医者を目指せと騙してまで言うのか!?
そして、ギュンのベッドに夢の中の運命の日と同じく雷が落ちた!!髪の毛も怒髪天をつく!!
「俺の夢は漫画家に成る事さ!誰にも邪魔だてさせはせんのさ!」
現実世界でも“ポッポシャン”となったギュンは、ベッドから起き机の上のペン立てから、スクリーントーンを貼ったり削ったりする時によく使うデザインナイフを取り、握りしめた。
「ナイフこそ暗殺者の腕の見せ所よ!ペロッ!」そう言いながら、ナイフの先端を舐めうっかり舌を傷つけ血を流しながらもニヒルに笑うと“ポッポシャン”は、自分の部屋を出て台所で調理中の母の背後に音も無く忍び寄った!!
(さよならだぜ!)ナイフを突き立てようとしたその刹那!
〈ヴァドゴルギューン!〉
と誰かが玄関のチャイムを鳴らした。慌ててナイフを懐にしまう“ポッポシャン”。
振返った母が、すぐ後ろにギュンが居る事に驚きつつも彼に頼んだ。
「あら?起きてたの?ちょっとギュンちゃん見て来てくれる?」
「う、うん」“ポッポシャン”は冷や汗を拭い、インターホンのモニターを覗き込んだ。
驚喜した! あの人だ!!
急いで玄関に走り、ドアを開けた!!そこに立っていたのは、ひとりの男。
銀髪のオールバックでヒゲ面!丸いサングラスをし、ボタンが交互に『スマイルマーク』と『ドクロ』になっている詰め襟の制服を着た、素敵な紳士だった!!
そして、その傍らにはベビーカーに乗せられた役所ちゃんもいた!!!
夢なのか、幻なのか……ひとつ言える事は夏川ギュンこと“ポッポシャン”の人生に新たな展開が待ち受けていたと言う事だけだった。
「さぁ!世界がお前を待ってるぞ!!」
紳士が微笑んだ。
“ポッポシャン”は紳士と役所ちゃんに向かって無言でうなずき、そのまま母に行ってきますの挨拶をすること無く家を出た。
そして、歩きながら着ていたパジャマを破るように脱ぎ捨て、その下から例のTシャツを露出させた!
『POP & OCEAN』
文字通り、“ポッポシャン”はポップに、大海を越え生きて行くのだろう!
~おしまい~
ご愛読ありがとうございました。
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