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異世界喫煙所~3匹の悪魔編~

作者: RINSE

 魔城(まじょう)の22階にある喫煙所で、魔都都心部(まととしんぶ)の夜景を見ながら煙草を吸っていた時だった。


「おっす」


 背後から声をかけられた。

 振り向くとそこには紺のスーツを着たオークがいた。

 ずんぐりとした体型に猪の顔に巨大な牙が目立つ。身長は高くもなく低くもない。種族的に見ると長身らしいが。

 ジャケットの前ボタンはすべて外されており、ネクタイが緩んでいる。ワイシャツの襟元もよれており、「だらしない」という言葉がピッタリと当てはまる風体だった。

 これで営業部のエースにして高い冒険者撃退数を誇る戦闘要員だと言うのだから笑わせる。


「どもっす」


 ダークスーツを着た、毛並みが白いウェアウルフは、タバコを咥えたまま頭を軽く下げた。


「お、最初から狼状態じゃん。めずらしい」


 オークは、ウェアウルフの凛々しい狼面と、ふさふさとした長い白い尾と獣耳に視線を動かしながら言った。


「結構綺麗な満月が出てますからね。力が湧いてきてしょうがないんすよ」


 ウェアウルフはオークの5つ下の後輩であり、営業部のナンバー2として活動している。勇者撃退数はそれほど多くないが、ふたりは共に行動することが多いため、会社内でも、こういった砕けた挨拶が標準になっている。

 オークがウェアウルフを見て片眉を上げる。


「お前禁煙したんじゃなかったか」

「一昨日から吸い始めたんですよ、先輩」


 ウェアウルフは輝く金目を夜景に視線を向け、怠そうにそう答えると、煙を吐き出す。


「彼女と別れましたんで」


 ウェアウルフの隣に陣取ったオークは、目を丸くした。


「マジ? なんでよ」


 夜景を見つめる後輩の横顔を見つめる。ウェアウルフは、たっぷりと煙を吸い、溜息と共に吐き出す。紫煙(しえん)に混ざって、白銀に輝く牙が見える。


「相手が浮気してたっす」

「あらぁ」


 ウェアウルフは肩を落とし、項垂れる。


「酒の席で言いますわ。会社の喫煙所でする話じゃないでしょ」


 オークは大きな豚鼻を触ると、スーツの内ポケットから煙草を取り出し、吸い始める。


「お前禁煙頑張ってたのになぁ。嗅覚イカレるし彼女からも嫌われるから、あまり吸わないようにしていたくせに。確か3か月?」

「半年っすよ」

「やるねー。そこまで行ったら完全禁煙目指せって」

「よく言いますよ~」


 ウェアウルフは大袈装に言って、灰皿に吸殻を押し付けるとオークに視線を向けた。


「先輩なんて3年やめてたのに、また吸い始めてるじゃないっすか」

「いやぉ、映画見てたら吸いたくなっちゃって。知ってる? 「ジョン・ベック」って映面」

「先月公開されたアクション映画ですよね。面白いんすか?」

「めっちゃ面自い! ストーリーはまぁおざなりだが、ハードボイルドなドラキュラの殺し屋でさ……つうか、主人公なんか「お前何人殺すんだよ!!」って感じに敵を殺しまくる」

「へえ。魔法使ってっすか?」

「いや、銃なんだよね。それが」

「めずらしいっすね」


 ウェアウルフが新しい煙草を咥えた時、「あ」と言った。


「そういや先輩。路上喫煙なんてしてないっすよね?」

「してねえけど。突然なんだよ」

「いえね。もう禁止なんすよ。路上喫煙。魔王様って嫌煙家でしょ? で、路上喫煙禁止にしたんすよ。それ知らずに吸った上司のミノタウロスさん。いたしゃないですか、先輩よりひとつ上の」

「おう、それが?」

「会社から謹慎食らって自宅待機中っすよ」


 オークがギョッとし、吸殻を持ってウェアウルフを見た。


「え、あいつ謹慎中!? また迷宮でニート生活かよ!」

「クビにはなってないのですぐに戻ってくると思いますけどね」


 ウェアウルフがクククと笑う。


「ミノタウロスさん。納得いかずに魔王様に直談判しに行ったら、ヘルファイア食らって81階から叩き落とされたらしいっすよ。そのとき角も折れたみたいで」

「うわぁ、だっせぇ……」

「さっきも「バフォメッター」で呟いてました。「もうだめだオレ。上級悪魔にイジメられてる。誰か慰めて」ですって。羊マーク1000件超えてイキってます」

「「甘えんなカス」って送っとくわ」


 オークが先日発売したばかりのピッチフォークを取り出す。

 小型のフォークのようなそれは、魔力を流すと形を変え、長方形の薄型の箱に変わる。以前見た勇者の中には似たような物を持っていた奴がいたことを、ウェアウルフは思い出していた。


「なんだっけ……スマートフォンだっけ?」

「ん? なに? どうした」


 オークの疑問に答えようとしたその時、喫煙所の扉が開いた。

.

「あ~……」


 赤い鱗が特徴的な、下半身が蛇のナーガが現れた。長い赤髪は艶を放っているが、疲れが隠せていない顔のせいで、その美しさが霞んでいるようだ。

 凛々しい切れ長の目。その下にある隈が酷い。それでも普通に美人の部類に入る顔立ちをしている。

 ウェアウルフと同期であるナーガは、ふたりを見て慌てて頭を下げる。


「あ、ウェアくんにオーク先輩。お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「おう、おつかれ」


 ナーガは作り笑いを崩すと溜息をついてウェアウルフの隣に立つ。ふたりに挟まれる形になったウェアウルフはナーガに視線を向ける。


「どうしたの」

「んー」


 ナーガはゆっくりとした動作で煙草を取り出す。化粧でも隠せない疲れた横顔を、ウェアウルフはジッと見つめる。


「取引先の天界にある企業にさ、昨日からずっと強りっぱなしで。やっとお許しが出たのよ」

「ナーガちゃんなんかミスしたんだっけ?」

「違いますよー。後輩のインキュバス。私とひとつしか違わないのに、なんであの子毎回地獄行き罪人輸送でミスするのか」


 長い溜息を吐いて、ナーガは一息つく。


「あの子、路上でタバコ吸ったりするから止めるのも大変で」

「あ~」

「変に甘い香りするの吸うからこう、なんというか」

「イラつくと」


 ナーガはコクリと頷いた。


「まぁまぁ落ち着けよナーガちゃん。可愛い顔が台無しだぜ」

「それ。セクハラですよ」

「先輩、それもうシャレになんないから。そういうのはキャバクラでお願いします」


 その時、オークが思い出したようにウェアウルフの肩を叩いた。


「そういや「アルフヘイム」!」

「ああ。先輩が前に行ったキャバっすか?」

「ダークエルフの新人、入ったらしいぞ! おまけにクッソ可愛い」

「マジっすか! 行きましょうよ! 明日から休みですし!」

「その話、私がいないところでやってくれません?」


 ウェアウルフがふっと笑う。


「大目に見てくれよ」

「ていうか、真面目なウェアくんがキャバクラ行きたがるなんて、めずらしい。そっちも嫌なことあったの?」

「俺さ、エルフと付き合ってたじゃん?」

「うん」

「仕事一生懸命にしていたら、あの女……俺の金使ってケットシーのオスと……!!!」


 歯をむき出しにし、爪をテーブルに突き立て、怒りの形相を浮かべるウェアウルフを見て、ナーガは慌てる。


「うぼぉあ熱っちぃ!!」


 突然オークが変な声を上げた。


「どうしたんですか!?」


 ナーガが困惑する視線を向けた。


「あー、やっちまった! クッソ! ずっと煙草つまんでたわ」

「ビックリした! 変な声出さないでくださいよ!」


「先輩、もうすぐ業務終わりだから定時ダッシュで行きましょうよ。俺もうエルフ以外考えられない体なんす」

「お前性癖歪んでね?」

「ていうか、私! その別れ話もっと聞きたい!」


 ナーガが片手を上げた。


「はい! 居酒屋! 居酒屋行こう!! 「ベリアル酒場」行きましょう!」

「なんでよ」


 毛を逆立たせたウェアウルフが、ナーガをジト目で見た。


「だから別れ話聞かせてよ。あと愚痴聞いて」

「なんでだよ、知らねぇよ。話したくねぇよ」

「まぉまぁ、今日はちょっと飲みに行くだけにしようや。キャバは逃げねぇかもよ」

「……まぁいいですけど」


 ウェアウルフは渋々了承した。

 オークは腕時計を確認する。


「もうすぐ定時だし、勤怠切ってさっさと行こうぜ。予約なしだからな」

「そうっすね。今日週末ですし。混んでるかなぁ」

「はーい」


 ウェアウルフは短くなった煙草を吸殻入れに捨てた。


「ウェアくん。来週勇者くるっぽいよ」

「マジか。オーク先輩、指令出てました?」

「さぁ? どうせ来てもまたレベル不足だろ。チート級の奴が来ても俺に勝てるわけねぇし、焦る必要ねぇよ」


 オークとナーガも同様に煙草を捨て、3人は喫煙所から出ていった。自動的に電源がオフになる。

 輝く赤い満月が、静かになった暗い喫煙所を照らし続けた。






お読みいただきありがとうございます。

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