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おとしもの

作者: しらほし

昔見たよくありそうなシチュエーションの怖い夢を思い出しながら書いてみました。


楽しんでいただけたら嬉しいです。



「…疲れた…」


蒸し暑さにベタベタした体を不快に思いながら、終電に乗ろうとホームを歩き、魂が抜けそうな位息を吐く。


連日日付が変わるギリギリの退勤時間で、もう今日で何連勤してるかすら数えるのも億劫だった…


(…死にっそ~……)


床に転がる酔っ払いの足を避けながら黄色い点字ブロックを見つめながら歩く。


視界の端に覗く線路をちらりと見やると、


(…痛いよなぁ…)


とそこに落ちた想像をぼんやりとしながら、でも休めるなぁ…とか思ってしまう。


そんな自分を、ヤッバイわ…と鼻で笑い、スマホを取り出し動画でも観ようかと思った時、







―――――――…自分の前で()()が落ちる音がした…







「……?」


点字ブロックとホームの端の間にスマホが落ちていた。


有名なロゴの付いたそれに見覚えがある。


(…あ~……アレ、最新の?)


そう考えながらそのスマホを拾う。


画面の角にヒビが入っている…


(…やっぱり最新のやつだ…誰が落とした…?)


そう思って顔を上げる。






「…え?」


――――いつの間にか見知らぬホームにひとり佇んでいた。


…どうやら地下鉄のホームらしい…


そんな場所なのに何故だか肌寒さを感じ、ぶるりと肩を震わせる。


(…疲れて…寝呆けてるのかな…)


そう思いながら周りを見渡すと、やはりいつもの外にある駅のホームではなく、トンネルの中のような薄暗さのホームで、柱やベンチは赤錆やら何か解らぬ汚れやらで覆われ、ここの場所だろう駅名すらその汚れで読み取れない。


壁にも広告らしきものも無く、薄汚れたコンクリートの壁があるだけだ。


ふと振り向くが…当然、先程避けた酔っ払いも居ない…


古びた蛍光灯がチカチカと瞬き、静寂の中、ジィィィ…と微かな音をさせていた。


ぽっかりと空いた地下鉄のトンネルは暗く、それを現実感の無いまま見つめていると、急にけたたましい音が辺りに反響して響きわたり、心臓が痛いくらいに跳ね上がる。


―――音の正体は…拾ったスマホのアラームらしい…


(…驚いた…)


強く跳ね続ける心臓を押さえながらアラームを止めると、ふと視界に入ってきた画面を見て首を傾げる。


時間も、日付も…表示されていない…?


「…落としたから?」


故障したのかと画面を操作するが反応しない…


(…てか…()()届けないとマズいんじゃ…?)


あらぬ疑いをかけられては困る…という事と、このホームの静寂に気味悪さを感じ始め、人が居るところへ行こう、と近くの階段へ歩き、埃まみれの階段を昇った。


――――が…


「……は?」


一番上にはコンクリートの壁があり、まるで上がってきた者を閉じ込めるかのようにそこを塞いでいた。


「嘘…」


どういうことだと頭が混乱し、壁を触るが当然の如くびくともしない。


(こ、工事とか?…ならもう1つの方から…)


そう考えると足早に階段を降り、反対側の階段を昇る……


「――何でっ…!?」


もう片方の階段も先程と同じように塞がれていて、あまりの混乱に息が乱れた。


(ちょっ…と待って…!?見たとこ階段はこの2つだけだったのに両方とも塞がれてて………え?…そしたら……どうやってここに来たんだ?)


混乱が恐怖に変わり、大声で助けを呼びながらコンクリートの壁を叩く。






「誰かっ!誰かいませんか!?」






叫んでも返答は無く、後ろのホームに自分の声が反響して跳ね返り、まるで何人もの人が助けを求めているように聴こえる。


必死に壁を叩いていたせいで手が痛み、擦れた所から血が滲んでいた…


「………だれ、か…」


声がかすれ、鼻声になると、ボロボロと涙まで落ちてきた。


ずるずるとその場に力無く座り込み、意味が解らないという恐怖で涙と震えが止まらない。


しゃくりあげながら、ふと投げ出された鞄から拾ったスマホが転がり出ているのに気づく。


(そ、うだ!電話っ!)


慌てて自分の鞄の中を探り、自分のスマホを探す。


「…?…あれっ?」


いつもの感触が無い…


焦る気持ちのまま鞄の中身をその場でひっくり返すが、どこにも見慣れた姿は無かった…


改札を通る時、手にしていたはずなのに…落とした…?


「ど、どうしよう……!?」


自分の全身から、さぁ…と血の気が引いていくのがわかった。







誰も居ない、出口の無いホーム






…まるで昔聞いた都市伝説の話のようだ…


あの話では…話の主は知らない駅に着き、乗っていた電車を降り、線路を歩いて帰ろうとして消息を絶った…


ただあの話では()のホームで特別塞がれていたりはしていなかったが…





(まさか…)


よろよろと震える足で立ち上がると、階段を降り、赤錆た駅名標を食い入るように見る。


だがどれも汚れたり朽ちていたりして駅名標は読めなかった。


ここは地下鉄のホームらしいし…どうやらあの話の駅では無さそうだ…


それが安心材料にはほとんどならないが…()()現実なのかもしれないと不安な心を軽くしようと考えるが、現実なら…出入り口の無いこの場所に監禁されているという事実に気づき、どんどん手足が冷えてゆく。


…知らぬ間に呼吸が苦しくなり、肩で息をしていた。


異様な空間に自分の悲鳴のような呼吸音だけが響き、涙も止まらず、ぐちゃぐちゃに濡れた顔を両手で拭っていると、


―――右手に何かを握っていることに気づく…


「…っうぅ…?」


鼻をすすりながら手を返して見ると、画面にヒビの入った…拾った方のスマホだった。


最初に見たときと変わらず時間も日付も表示されていないが、親指が滑った時、画面が……動いた。


「!!」


思わず通話ボタンを押すが、起動しない…


メールもSNSもアプリですら反応しなかった…


「何で!?動けよっ!」


不安が限界を超え、スマホを地面に投げつけようとした…―――その時……微かな音と共に、見慣れた画面が目に入る。


そこには、


『ねぇ?さっきの話の返事だけどまだ?』


と女性の名前と何人かのグループ名が書かれていた。


目を見張っていると、次々に通知音が鳴り、


atusi『あ、それ俺も乗るわ』

ミキ『え?皆いくの?じゃあ私も~』

健一『結局全員参加じゃん』


と言葉が流れる。


画面の中の見知らぬ他人の会話に、少し落ち着きを取り戻し、震える指で言葉を弾く。


「突然すみません。このスマホを拾った者なのですが、助けて下さい」


その言葉に、暫くの沈黙のあと、


健一『は?ナニそれ、新しい遊び?』

atusi『拾った?盗ったんでなくて?』

ミキ『え~?警察に届けて下さ~いw』


と本気にしていない言葉が返り、慌てて今の自分の状況を話す。


突然最寄り駅から一瞬で駅名も解らない、出入り口の無い地下鉄に閉じ込められ、外部との連絡はこのスマホしか使えず、このアプリの通話も試したが反応が無い…


そんな話に始め、からかいや、罵倒が飛んできたが、健一という人物が、


『それってあの都市伝説に似た状況だよね?』


と話始めると、あとの二人も聞いたことがあると言い出した。


atusi『でもあの話は田舎の無人駅とかだろ?地下鉄なら違うんじゃね?』

ミキ『そうそう!てか駅ならさ、電車来るでしょ?次来たヤツで移動しちゃえば良いんじゃん?そこに出口無いならさ!』

atusi『あ、それだわ!たぶん寝ぼけたかなんかで変な所で降りたんじゃね~の?運転士も間違えて工事してる駅に停まっちまったりして』

ミキ『え~?メーワク~www』


二人の意見に納得しかけていると、


健一『本当にそうだとして、実際線路は塞がれていないんですか?』


と返され、改めて暗闇に伸びる線路を目線で辿り、トンネルの奥を見つめる。


「…階段のようには塞がれてはいない様に見えます…ただ先が暗くて何とも…」


そう返信する。


ミキ『あ、じゃあさ、線路歩いてトンネル入ってみたら?繋がってるか解るじゃん!』


彼女の提案に、いやいやいや!と慌てていると、


健一『いや、万が一電車が来た場合、外ならともかく、地下鉄なら避ける場所が無かったら…』


と自分と同じ考えの健一の言葉にホッと息を吐いた。


ぽっかりと空いた暗闇の中に単身乗り込む勇気など持ち合わせてはいない。


況してや事故など遭いたくもない。


atusi『じゃあ次の電車が来たら乗る、コレで解決だな』

ミキ『え~でもさ、もう終電なんじゃない?時間的に』


時間がわからなかったので訊ねると終電を過ぎた時間だった…


(…ということは始発までここに…?)


数時間の事だろうがこのホームに長くいると考えるだけで精神的に落ち着かず、かといって見ず知らずのこの3人に朝まで会話に付き合ってもらうのも気が引ける…


(……!…充電が…)


ちらりと画面の上部に視線をやると、電源の残りが僅かしか残されていないことに気がついた。


「どうしよう!電源が、もう少なくて」


と言ったその時…






―――遠くの方から、微かに、音が聞こえてきた…






その音のする方へと視線を向けると……暗闇の奥から光が近づいて来る気配がする…


そしてその気配は聞き慣れた音をさせ、慌てて3人へと返信する。


「電車、来ました!」


すると、


健一『乗るんですか?』


と文字が浮かぶ。


「え……?」


その言葉に一瞬浮上していた気持ちにザワザワとした影を落とす。


その間に、冷ややかな空気が顔を撫で、銀色の車体がホームへと滑り込んできた。


そして静かな排出音と共にドアが開く。


ミキ『ねぇ?誰か乗ってる?誰も居なかったらヤバイかもよ!』

atusi『それより先頭行って車掌確認した方がよくね?確かあの話だと車掌の所見えなくなってたらしいし』


その言葉に先頭車輌の方へと走りながら中を確認する。


―――良かった…人が乗ってるし、車掌も外側から確認することが出来た。


ホッと息を吐くと、安堵からか涙が溢れる。


「大丈夫です。人が乗ってました。あと、車掌も確認出来ました」


その言葉に、


atusi『じゃあ安心じゃん、さっさと乗ってそこから出なよ』

ミキ『脱出だね~』


と返され、何だか温かい気持ちになった。


そして気を取り直すと、目の前の車輌にゆっくりと足を踏み入れる。


エアコンが効いていてホームよりも涼しい…


車輌には眠り込んだサラリーマンや大学生風の若い人達、杖を持ったおじいさんが乗っていた。


近くの空いている席へと座ると、プシューと音がして扉が閉まり、電車が動き出した。


先程までいたホームが後ろへと流れていき、真っ暗なトンネルへと入る。


「無事、電車に乗ることが出来ました。ご心配おかけしてすみませんでした。次の駅に着いたらこのスマホは届けておきます。本当にありがとうございました」


そう言葉を打ち込み、送信し、はぁぁ…と長い溜め息を吐いた。


(良かった…本当に都市伝説の世界に迷い込んだのかと思った…)


明るい車内を見上げながら自分の考えに笑みを洩らしていると、ふとあることに気づいた。


(あ…荷物…)


例の閉ざされた階段の所で自分のスマホを確かめようと鞄も中身もばらまいたまま置いて来てしまった…


(…やってしまった…)


後悔するが、次の駅に着いて、このスマホを届けたときに相談しようと思い直す。


そうしているとスマホから通知音が鳴り、画面を見る。






『乗った』






ただそれだけの言葉が、3人からではなく…()()から返信されていた。






「――――え?」


訳が解らず画面を見つめていると、スマホの周りが暗くなり、驚いて顔を上げる。


…チカチカと光が瞬き、そして消えた…


「な…!?」


スマホの光だけで何も見えない…


(停電?…車輌の電灯だけ?)


心臓がドクドクと音を出し、スマホを握る手に力が入る。


けれどホームの時とは違い、周囲に人が居るという安心感で少し冷静になる。


…その筈なのに、誰もこの状況に身動き一つしている気配がない。


(…寝ている…から?)


震える手で暗闇の中でスマホの光を前に向ける…







「…っ!あぁぁぁぁっっっ!?」







――――目の前に…先程まで居なかった人数の人間が無表情で自分を見つめて立っていた…


思わずスマホを落とし、光が暗闇の中彼らを映し出す。


「だ…誰かぁっ……!」


その異様な光景に車輌の床を這うように移動し、辿り着いた運転席の扉を叩く。


しかしその扉は開かれる事も誰かがこちらを窺う気配すらなく、背後の暗闇からこちらを見つめている視線だけ感じられる。


「ひ………ひぃぃ……」


じりじりと自分の方へと迫る雰囲気に追い詰められ、恐怖に自然と涙や鼻水が流れ、ぐしゃぐしゃの顔で発狂しそうになった………その時、


ふいに車輌の外が明るくなり、慌てて顔を窓の方へと向けると、流れる景色の中に駅名標が見えた。


「あ!?」


――――その駅名は…壊れたスマホを拾った…いつもの最寄り駅だった…


「ま、って!!お、降りるっ!降ろして!!」


そう言って扉へと駆け寄ると、壊れたスマホを拾った場所を通り過ぎる。


「………え……?」






その場所には…()()がこちらを見て嗤って立っていた…


手には……あの壊れたスマホを持って…


愕然としていると、再びトンネルへと入り、暗闇になる。


いつもの駅の近くにはトンネルは無いが、それよりも信じられない光景にパニックになった頭にはそれはどうでも良い事に思えた。


そんな中、暗闇の中で再び通知音が鳴り視線をうつす。


そこにはどれだけ探しても見つからなかった自分のスマホと…






『やっと出られた』






と書かれた文字が表示され、そして静かに電源が落ちる音がして、暗闇が自分の周りに満ちた…


「ひ、ひ、………あ……あははははは!……あははははははははははっ!!」


暗闇の中…涙や鼻水を流しながら、精神が崩壊し、笑いが止まらなくなる…


辺りからは異様な気配が自分を取り巻き、そしてこの車輌が自分の世界のモノでは無く、自分がこの車輌から降りれる事は無いのだと暗闇の中で理解し絶望した…


(誰か……誰か助けて……)


口から涎を流し、永久に出られない電車の中に自分の狂った笑い声だけがいつまでも木霊していた…













*** *** ***




「…疲れた…」


終電間近の時間まで賃金の出ない残業をさせられ、くたくたになりながら駅のホームを歩く。


「はぁ……」


疲れのせいか気分が沈み、ふと暗い線路へと視線を向け、頭を過る馬鹿げた想像に溜め息を吐いた。


(…本当、疲れてるな…)


そう考えながら歩いていると、()()の音がして、滑るように靴の爪先に小さな衝撃を受ける。


「?」


そこには自分の使っている物とは違う会社のスマホが落ちていた。


(…誰か落とした?)


そう思いながらスマホに手を伸ばし、周りを見回そうと顔を、上げた―――――――

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