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女らしさとソーセージ





「あのハゲ、いつ見てもホントにムカつくううぅぅぅー!!」


 酒場の丸テーブルに着くなり、アネットは肉厚な木板を細い腕で力の限り叩いた。


 ここは“ガイア”一番の繁華街にある大衆酒場“深緑なる永遠の地獄亭”。

 すぐ隣に隣接している宿屋“深緑なる永遠の天国亭”と一緒に、元冒険者のマクガーレン夫妻が経営している(自称)街一番の酒場と宿屋だ。


 しかし(自称)とは言えその評判は嘘ではない。

 どちらも歌劇場がすっぽり入りそうな広大な敷地に、粗暴な冒険者がちょっとやそっと暴れた程度ではビクともしない重厚な建物。他では真似できない名物料理と宿泊サービス。

 そして何より、「冒険者証書を提示するだけで破格の割引が受けられる」「ついでにツケも認めてくれる」という優遇措置。


 “深緑なる永遠の地獄/天国亭”とは、実際ガイアで一・二を争う、この街の冒険者なら誰もが知っている酒場であり宿屋だった。


 当然“鋼鉄の六人”も、ここを拠点として長年マクガーレン夫妻のお世話を受けていた冒険者パーティであったのだが。

 そんな情報はともかくとして。アネットはテーブルに片肘を付くと、向かい側に座ったルカをジトーッと不機嫌な顔で見据える。


「おまえもおまえだ。あんな奴にいいように言われてヘラヘラしやがって。ちょっとくらい悔しいとか思わないのか?」

「あ、あはははは……」


 ドラゴンのドロップ品はギルドに預けて来たし、リュックサックは宿にいた女将に預けて来た。

 なので今は完全に手ぶらな状態で、陽の高い内からだいぶ早めの夕食を摂るために二人で足を運んだだけだったのだが。


 案の定というか何と言うか。己の外見をまったく気にせずに始まったアネットのダメ出しに、ルカはもう愛想笑いする他なかった。

 アネットはアネットで、そんな世渡り上手なルカの応対が気に入らず一層牙を剥く。


「何がおかしいんだよ。あんなハゲに舐められて悔しくないのか、おまえは」

「でも、ガンベルトさんの仰ってたことはほとんど事実ですし」

「何が事実だ!」


 まるで飲む前から酒に酔っぱらったような勢いで、アネットはもう一度テーブルをドン!と叩いた。

 ルカはそんな彼女をまあまあと諫めようとするが、アネットは拗ねた顔でそんな恋人を睨み付ける。


「……だいたい、誰が“鋼鉄の六人”を名乗る資格がなかっただって?」

「でも、それが事実ですし……」

「だから、何度も言ってるだろうが! “鋼鉄の六人”はオレたち六人で、おまえを含めた全員で“鋼鉄の六人”なんだって――」


 トンっと。

 二人の間に、突然に脈略なく大皿に盛り付けられた大量のソーセージが出現した。


 二人が思わず目を丸くして振り返ると、そこには“深緑なる永遠の地獄亭”店主リカルド・マクガーレンが、ガッハッハとステレオタイプな酒場の親父スマイルを浮かべていた。

 元冒険者の箔に恥じない屈強な肉体が炭鉱夫スタイルの服装の下で漲り、ガンベルトほどではないが加齢で薄れかかった頭頂部がキラリと光を発する。


「よぉルカ坊。もうちょっと気落ちしてるのかと思ったが、わりと元気そうじゃないか」

「リカルドさん。どうもご無沙汰してました。こんな時間からこちらにいらしたんですね」

「昨日ちょっと仕込みを使いすぎちまってな。厨房の人手が足りなくて早めに手伝ってたんだ」


 リカルドは腰に手を当てはにかみ、そしてアネットごとテーブルを見回して、他のメンバーがいないことに寂しそうに目を細める。


「話は聞いたよ。他の奴らのことは残念だったな」

「……随分と耳が早いですね」

「こんな街だからな、良くも悪くも噂の方が足が早いのさ。特に“鋼鉄の六人”は何かと街を騒がすトラブルメーカーだったから」

「……」


 ルカは意図せず、胸元から仲間たちの冒険者証書を引っ張り出した。

 自分以外の5枚のタグ。そこに刻まれた名前の重みに顔をしかめ、それを隠すようにリカルドに視線を戻す。


「ところでこのソーセージ、ボクたちはまだ注文していませんよ。他のテーブルの料理では?」

「こいつは俺の奢りだよ。そっちの可愛いお嬢ちゃんも、好き嫌いせずに一度食ってみな。ウチの腸詰めは本当に絶品なんだぜ? なんたって、これ目的でこの街を訪れる旅人がいるくらいさ」

「……知ってるさ」


 ボソリと、リカルドに聞こえるか聞こえないかの声量でアネットが呟いた。

 アネットの言葉が聞き取れなかったリカルドは、小首を傾げながらも細かいことは気にせずに大らかな笑い声を上げる。


「とにかく、今日のところは辛気臭い話はなしだ。腹いっぱい食って赤ん坊みたいに寝て、それから気が向いたらそのうち酒の肴に色々と聞かせてくれよ。そんときまで、あいつらの酒代はツケってことにしておくさ」

「すみません、リカルドさん。ご馳走になります」

「礼を言うならこれからも冒険者を続けな。おまえさんみたいなのがいるから、俺もこの商売をやっていられるんだからな」

「……」


 そのセリフにルカは返事を返せなかったが。

 リカルドは再びガハハ笑いを繰り出すと、手を上げながら二人の前から立ち去って行った。


 リカルドの登場ですっかり毒気の抜かれたアネットは頬杖を突いて脱力し、ルカは苦笑しながら手を上げて通路を歩いていたバイトのウェイトレスを呼んだ。

 すぐに色々と裾の短い給仕服姿の女性が、営業スマイルを浮かべて二人の下へ飛んでくる。


「えっと、ラム酒とエール酒を一杯ずつ。あと牛肉のハチミツ漬けと――」

「あたしはミードでいいです」


 ルカの注文を遮るようにアネットが横槍を入れ、それを聞いたルカが音を立てて硬直した。

 ルカは口元を震わせながら振り返り、それでもアネットに作り笑いを向ける。


「アネットさん、いまなんと?」

蜂蜜酒(ミード)でいいって言ったんだよ。出来るだけレモンで薄めてくださいね。あと牛肉もいらないから、豆と人参のスープをひとつお願いします。……そのソーセージも全部おまえが食え」


 注文の内容もそうだが、ウェイトレスに話しかけるときの口調がルカにとって何よりの驚きだった。

 唖然としているルカの後ろで、ウェイトレスが元気な声を上げて注文を受諾する。


 ルカはしばらくパチパチと瞬きしていたが、とりあえず自分用のふかし芋を注文してウェイトレスを見送った。


「どうしたんですか、アネットさん。今まで『ラム酒以外は酒じゃない』とか散々言ってきたのに。それにこの店に来て一番の大好物を頼まないとか」

「あー、うん、確かにそうなんだけどさ……」


 アネットは恥ずかしそうに視線を逸らすと、気を紛らわすように頭頂部をボリボリと掻いた。

 そうして目を細めて言葉を選んでから、やっぱり恥ずかしそうに頬を染めながらルカに向き直る。


「せっかくこんな姿に生まれ変わったんだから、少しくらいは女子供みたいに振る舞った方がいいのかなーって思ってね」

「女子供みたいに、ですか?」


 これまで散々啖呵を切りまくって、女も子供もないものだと思うのだが。


 しかし、そんなルカの反応も予想の内だったのだろう。

 アネットは自嘲するように嘆息すると、もじもじと両手を揉みしだきながら赤い顔で苦笑する。


「あたしってほら、今までガサツと筋肉の塊みたいな女だったじゃん? だから、せっかくだからこれを機会にもっと女らしくというか、あたしも“淑女”って奴を目指してみようかなって思ってさ」

「……」

「いやほらオレだってそんな言うほど簡単になれるもんじゃないってのは分かってるんだぜ? でも何事も経験っていうか、やってみなきゃ始まらないって言うか……」


 目を丸くしているルカを前にして、アネットはあれやこれやと言い訳のセリフを探して。

 そして結局頭がパンクした挙句、うがーっとやけっぱちな叫び声をあげる。


「おまえだってそういう女の方が“可愛い”って思うんだろ! 察しろよ、バカ!!」

「……アネットさん」

「十年待てとは言わないから、五年だけ時間をくれ。成人の儀を迎える頃までには化粧もオシャレも覚えるし、言葉遣いだって見た目相応に直してみせるから」


 頬どころか茹でダコのように全身を真っ赤に染めながら、アネットは着ているローブの裾を掴んで大きく俯いてしまう。


 だがそれも一瞬のことで。

 すぐに顔を上げて真っ直ぐな目でルカを見つめると、決意の籠った瞳で男らしく胸を張った。


「誰から見てもお似合いのカップルだって。そう言ってもらえるような、おまえに相応しい女になってみせるから!」

「……」

「だからもう少しだけ、おまえの彼女でいさせてもらっても……いいかな?」


 最後は再度もじもじと、少し自信がなさそうに視線を逸らして語尾を濁した。

 ルカはそんなアネットの姿を眺め、困ったように眉をしかめて苦笑する。


「それはボクの方からお願いすることですよ、アネットさん。こんな情けないボクだけれど、これからも見捨てないで一緒にいてもらえますか?」

「ルカ……」


 このシーンを覗き見していたアウトサイダーが次元の狭間で砂糖を吐き出していたのはさておくとして。


 ルカの言葉に感極まったアネットはジーンと涙を滲ませて、そんな二人のところにウェイトレスがテンション高く舞い戻ってくる。


「はーい! 飲み物と豆スープ、お待たせ致しましたー! 芋の方は只今超速で準備してますんでもう少々お待たれをー!!」

「あ、ありがとうございます」


 ルカの返答もそこそこに、ウェイトレスはドゴゴッと必殺技のような勢いで樽ジョッキを叩き付けて去って行った。

 しばし言葉を失っていた二人は、やがて同時に下らなそうな笑みを浮かべる。


「それじゃあ乾杯しましょっか?」

「おう、そうだな。――あとルカ」

「はい?」

「やっぱりそのソーセージ、オレにも一本だけくれないか?」

「はいはい、かしこまりました」


 ルカは心の底から嬉しそうにはにかむと、ソーセージの大皿をアネットに向かって差し出した。





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