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受付嬢のモナカさん





「――ルーカスくん!!?」


 様々な職種や年齢の人間が行き交うギルド内の中央ホールで。

 カウンターの向こう側で忙しそうに書類を運んでいた若い女性は、ルカが声を掛けるより早くその姿に気が付くと、書類がバタバタとこぼれ落ちるのも構わずに身を乗り出した。


 この女性。名前をオズ・モナカと言い、このギルドで受付係をしている職員の一人だった。


 丁寧にまとめられた黒いお団子頭に、着ているのは学生服に簡素な緑色の外套を追加したようなごくごく一般的なギルドの制服。そして外套の上からでも分かる巨乳。

 しかし一番特徴的なのはその容姿で――というかこの女性には容姿がなかった。


 アウトサイダーのような異形と言うわけではない。

 鼻先まで伸ばした前髪が、モナカの容姿を判別不可能なまでに隠しているのだ。おまけに前髪の裏にはレンズの大きなぐるぐる眼鏡まで装着していた。


 いや、そんな前髪でメガネを掛けても何の意味もないのでは……


 周囲の人間は常にそんな疑問を抱いてはいたが。

 あたり前のように振る舞っている彼女に対して、直接その質問を送れた者は今のところ一人もいなかった。


 モナカは悲鳴を上げながら落とした書類を拾い直し、それを一度カウンターに置いてから、あらためて咳払いをしてルカと向かい合う。


「ルーカスくん、よくぞ御無事で。クエストは達成されたのですか?」


 表情がまったく見えないと言うのに、モナカの心配と期待の入り混じった感情が、何故か手に取るように感じられた。


 アネットとルカは黙って顔を見合わせて。

 ルカはリュックサックを下ろすと、中から自分たちの腕ほどもある漆黒の牙と爪を取り出してモナカの前に並べる。


「これって。ということは、もしかして……」

「はい。“鋼鉄の六人”は、東の森に巣食っていたドラゴンの討伐に成功しました」

「――クエスト達成、おめでとうございまああぁぁぁすっ!!!」


 ルカが報告を終えるよりも早く。

 モナカは脇に置いてあったハンドベルを引っ掴むと、全身全霊を籠めてその鈴をカンカンガンガン!と鳴り響かせた。彼女が大きく腕を振り回す度に、その豊満な胸元が恥じらいもなく上下に振動する。


 その音色に周りの職員や冒険者たちの視線が一気に集中するが、モナカは一切気にせずに感極まった表情でルカの手を握った。


「まさかまさかまさか、本当にたったの六人でドラゴン討伐を成し遂げてしまうだなんて! もう十年はここでクエストの受注係をやらせていただいておりますが、こんなビッグニュースは初めて聞きました!! これって伝説の英雄に名を連ねてもいいくらいスゴイことなんですよ!?」

「モ、モナカさん。気持ちは嬉しいのですが、少し落ち着いていただけると……」

「いえいえ何を仰るルーカスくん、これが落ち着いてなどいられますか! すぐにでもギルドマスターに報告しましょう! “鋼鉄の六人”の偉業を祝して、今日この日を“脳筋の日”として制定してもらうのです!」

「いや、それはオレでもちょっと……」


 自他共に認める脳筋集団の一員であっても、自身も“脳筋女”の名を欲しいままにしていたアネットでも、モナカの提案には素直にドン引きだった。

 ルカの隣で冷や汗を垂らしながら頬を引き攣らせていると、そこで初めて金髪幼女の存在に気が付いたモナカが「およ?」っと疑問符を浮かべる。


「ルーカスくん? こちらの可愛いお嬢さんはいったい……」

「えっと、この子はその、何と説明すればいいのかー」

「もしかしてルーカスくんとアネットさんのお子さんですか?! 既にこんなに大きな娘さんを作られていたのですね、おめでとうございます!!」


「「 ――なんでそうなる(んですか)!!? 」」


 思わず二人同時に息の合ったツッコミを入れてしまった。

 金髪幼女にもツッコミを入れられたことに小首を傾げはしたが、モナカは気にせずルカへ視線を戻す。


「えっへへ~、申し訳ありません。アネットさんのお子さんなら意外とこんな感じなのかな~ってついつい妄想しちゃいまして」

(……いつもながら微妙に鋭い)


 てへっとお茶目に頭を押さえるモナカとは対照的に、アネットは猟犬の嗅覚を発動させていた。

 吟遊詩人(バード)スキルを持つが故なのか、彼女の直感力はバカに出来ないものがあるのだ。


「それで、結局どちら様なのですか?」

「ええと、掻い摘んで説明するとドラゴンに襲われた旅人の子供らしく。他に行くあてもないとの話だったので、とりあえず保護してこの街まで連れて来たところでした」

「おにーちゃん……」


 ぽふっと、絶妙なタイミングでアネットがルカの腰に縋り付いた。

 モナカに限らず、周りを取り囲んでいた冒険者たちもその純真無垢な仕草には胸キュンを禁じ得なかった。


(純真無垢、ですか?)

(うっせぇほっとけ!!)


 ――


 アネットの扱いに関しては、街に到着するまでに入念な打ち合わせを済ませていた。


 まず、アウトサイダーだのアネットが若返っただのという話題は、絶対にNG。


『えー。おまえのときみたいに、素直に説明すればわりと受け入れてもらえるんじゃないか?』

『ボクの場合は目の前で死体と貴女が入れ替わっていたから、事前の心構えが出来ていただけですし。それに立場が逆だったとして、急にそんなことを言い出されてもアネットさんは信じますか?』

『いんや。きっとドラゴンと戦った恐怖と仲間を殺されたショックで頭がおかしくなったんだろうなって思う』

『そういうことです』


 それでは今のアネットをどういう風に扱うか。

 それに関してはあーだこーだと何日も話し合った後、結局は上記のような設定に落ち着いた。


 クエスト中に身寄りを失った子供を拾って帰って来てしまうというのは、わりとよく聞く話だし。

 そうして拾った子供が最終的にそのパーティの扶養に入るというのも、稀によく聞く話だったからだ。


「うんうん。つらかったね、悲しかったね。任せて、キミの引き受け場所はこのモナカお姉ちゃんが必ず見つけてあげるからね!」

「よけーなことするんじゃねぇよ、このメカクレ眼鏡」

「……? ルーカスくん、いま何か言ったかな?」

「ボクはなにも? 空耳じゃないですか?」


 モナカの質問に、ルカは白々しく目を逸らした。

 モナカは「うーん?」と眉をしかめて、でもすぐに気を取り直してルカの背後を見回す。


「それでそれで、他の皆さんは何処にいるのですか? せっかくの英雄の凱旋なのですから、ここらでバババーン!とギルドのみんなにお披露目会をしましょうよ」

「……そのことなのですが」


 どちらかと言えば、そちらの説明の方がギルドに来た主目的だった。


 いったいどう切り出せばいいのか言葉に悩んで、ルカはゴクリと唾を飲み込んだ。

 いざ事実を口にしようとすると、それまで押し込めてきた感情まで一緒に喉元へ沸き上がってしまう。


 そんなルカの表情の変化にモナカは不穏な気配を感じ、二人の会話に耳を傾けていた周囲の冒険者たちも静まっていた。


「“鋼鉄の六人”は……他のみんなは……」


 ギュッと。


 言葉に涙が混じり始めたところで、ルカの腰が優しく締め付けられた。

 視線を落とすと、腰に縋り付いたアネットが顔を埋めたまま両腕に小さく力を込めていて。


「……」


 それを目にしたルカは軽くまぶたを閉じ、そしてしっかりと顔を上げてモナカと向き合った。


「“鋼鉄の六人”はボクを残して全滅しました。……今日ボクは、パーティ解散の申請をしに来たんです」


 ルカの発言に、ギルド全体の空気がザワッと毛羽立っていくのを感じた。





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