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幼女転生





「――っ!!」


 ガバッと、アネットは体に被せられた茶色いローブを跳ね除け上体を起こした。


 息を切らせながら左右を見回すと、左手ではしゃがみ込んだルカが戸惑いがちに驚き、右手では黒竜が顔の穴と言う穴からブスブスと炭煙を吹き出している。

 背景に目を向ければ、先ほどまでの曇天はどこかへ去り、鬱蒼ながらも陽光の射し込むこの森本来の姿が映し出されていた。


「……生きてる? ……オレは本当に生き返った、のか?」


 頬ににじみ出ていた寝汗を拭いながら、アネットはアウトサイダーとのやり取りを思い返す。


 とても夢とは思えない。

 とても夢と言うことにして笑い飛ばすことの出来ない、強迫観念にも近い現実感があそこにはあった。


 顔を左手に戻せば、オドオドと言葉をかけるタイミングを計っているルカの情けない顔が見えて。


 ついこの間成人の儀を済ませたばかりの、齢十六の幼い身体つき。

 冒険者に限らず、同じ世代の中でも頭一つ小さい背丈に、ナヨナヨと弱々しいなで肩。

 丁寧に整えられた栗色のショートカットは、サラサラとした髪質も合わさってとても美しく、丸く童顔な彼の顔にとても似合っていた。


 きっときっちり化粧をして着飾れば、自分より遥かに美しく彩られるのであろう。

 その中性的な容姿が若さだけでなく天性のものであることは、アネットだけでなく本人も自覚するところだった(ルカ自身はそれがコンプレックスのようだったが)。


『えへへ~、聞いて下さいよぉ~。こいつ、オレの彼氏なんっすよ~』


 酔った勢いのダメ元で告白して、そして奇跡的に結ばれた次の日。

 ギルドで出会った人間全員に二人の関係を紹介して周った時の記憶が、アネットの脳裏に蘇る。


 いやまあアレは流石に黒歴史というか。ついつい年甲斐もなくハシャギすぎてしまったと、今では深く反省しているのだが。


 でもしょうがないじゃないか。

 あのときは本当に嬉しくて嬉しくてしょうがなかったのだ。

 天にも昇るような幸福感に包まれて、まさに人生の絶頂期だったのだから。


(……あれ?)


 あらためてその愛しい顔を眺めていると、アネットの頭上に小さな疑問符が浮かんだ。


 普段だったら大きく見下ろす必要があった彼の顔。

 たとえ座っていても覆すことのできない圧倒的座高の差がどこへやら、今は彼女の方がルカの頭を見上げていた。


「おいルカ、おまえいつの間にそんなにデカくなったんだ? ドラゴンを倒してレベルアップでもしたか?」


 呆けた思考の中で、アネットの喉からはそんな脊髄反射なセリフがこぼれた。

 勿論、そんな創作小説のような都合の良い現象が現実に存在するはずはないのだが。


 そのセリフを聞いたルカはビクッと体を震わせて。

 そして恐る恐る、真実恐ろしいモノへと問い掛けるように、ゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。


「……あ、あの、突然で大変不躾なのですが、先にひとつだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「なんだよ、いまさら水臭いな。オレとおまえの仲じゃねぇか。どうした、何でも言ってみろよ」

「え、えっとー、そのー……」


 ルカはそれでも言いにくそうに、栗色の髪を撫でながら脇に視線を泳がせた。

 その仕草が、この青年が本当に困り果てたときに行う癖であることを知っているアネットは、さらに大きな疑問符で小さな疑問符で打ち壊す。


 ルカはムニムニと口元をまごつかせながら何十秒も躊躇い続け。

 それからええい!となけなしの勇気を振り絞ると、深刻な表情でアネットと向かい合う。


「貴女は――本当にアネットさんなのですか?」

「……はあ?」


 何を言ってるんだこいつはと、アネットは思った。


 思ってからハッと気が付いた。

 アウトサイダーとのやり取りの中で、最も重要な部分を思い出した。


 アネットはギギギッと首から錆びた音を発しながら、自分の身体を見下ろした。


 足元には冒頭で跳ね除けたルカのローブが転がり、目に映るのは一糸まとわぬ己の素肌。

 否。それが己の素肌だと、こうして見下ろすまで一切認識できていなかった。


 ゴツゴツと骨張りささくれ立っていた両手が、ツヤツヤプニプニで関節もまろやかな人形のような手へと変わり。

 皮膚から筋肉がこぼれ落ちんばかりだった前腕が、見る影もなく白く細い若木のような華奢な腕へと変わり。

 鋼のように分割されていた腹筋が、ストンとなだらかな小丘を描くイカ腹へと変わり。


 そして何より、一切手付かずだったはずのあの剛毛地帯が、今はツンツルリンとキレイな筋を描いていた。


 カメラを引いて視点を変えてみよう。

 どこか諦め気味にアネットを見つめているルカの眼前では、腰まで届く長い金髪を持て余した十歳にも満たない碧眼美少女が、オロオロと狼狽えながら自身の全裸を撫でさすっていた。


「なっ!!?」


 なんじゃこりゃああぁぁぁ!!と叫び掛けて、アネットは奥歯を噛み締めて溢れ出る感情を飲み込んだ。


 “黄金の猟犬”は驚かない。この程度でいちいち驚愕していては冒険者などやっていられない。


 ……


 でも、一旦深呼吸してみよう。

 別にビックリなどしてはいないが、目を閉じて大きく息を吸い、長く静かに吐き出してみよう。


 心を落ち着けて、脈拍を落ち着けて。

 そうやって目を開けば今度こそ――


 うん、ツルツルだぁ♪


「って、なんじゃこりゃああぁぁぁ!!」


 結局、アネットは力の限り絶叫した。

 ローブを蹴っ飛ばして立ち上がり、邪魔な金髪から脇の下から後ろ腰から目の届く範囲を延々と見回し、最後に掴む物のない胸元を握りながらルカへ顔を戻す。


「おいルカ! 鏡だ、ちょっと鏡を貸せ!」

「ええぇ。そんなこと言われても、キャンプ用品(トラベルツール)は全部森の入り口に置いてきちゃったじゃないですか」

「あー、そうだったっけ。じゃあアレだ、なんかでっかい鏡を呼び出す魔法があっただろ。あれを使え」

「ええと、メイガス・ミラーのことですか? アレは別に鏡として使うようなものでは……」

「やかましい、いいからとっとと出せ!」


 素っ裸の金髪幼女に牙を剥かれて、ルカも渋々立ち上がって呪文を詠唱した。

 本来は三階級以下の呪文を無条件に反射する効果を持った超高位の魔法の鏡が、ただの姿見としてルカとアネットの前に顕現する。


「ぐ、ぐぬぬ……」


 鏡に映った自分と睨み合いながら、アネットは感情が複雑に入り混じった唸り声を上げた。


 この見た目は間違いない。

 九歳の誕生日の夜。実家を飛び出したあの当時の、髪を切る前の自分の姿だ。


「あの。アネット……さん?」


 向こうはまだ半信半疑なのだろう。

 魔法の鏡を解除したルカは、まだどこか警戒した口調でアネットに言葉をかけた。


 そこでアネットはハッと我に返った。


 現状に混乱しているのはルカも同じなのだと。

 その事実を認識したアネットは、まずは年上の自分が(見た目幼女だけど)しっかりしなければと再度深呼吸を繰り返す。


「……何が起きたのか全部話すよ。オレの知ってる限りで、だけどな」


 そう言って堂々と腰に手を当てるその姿は、間違いなくルカの知るアネットの仕草そのままだった。





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