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馬子にも衣装





「……戻ったぞ、ルカ」


 居室のベッドにリュックの中身を広げて荷物整理をしていたルカは、ノックの音に扉の方へと目を向けた。

 それと同時にあれ?と小首も傾げる。


 まだ少し聴き慣れないのだが、あの声変わり前の幼い声色は間違いなくアネットのものだ。

 しかしアネットの声にしては覇気がないと言うか、妙に躊躇いがちな喋り方だった。


 というか、ノックと共に扉を開けていない時点で何かおかしい。


「アネットさん? 鍵なら掛けていませんよ?」

「……うん」


 ルカが声を掛けてみても、アネットは扉を開けようとはしなかった。

 気配を察するに、扉の前でモソモソとまごついているような感じなのだが。


 一寸待ってみても結局扉が開く様子はなく、ルカは瞬きしながら立ち上がって扉へと近づいていく。


「どうしました、アネットさん。両手が塞がってるんですか?」

「あ、ちょっとタンマ。まだ心の準備が――」


 アネットの制止は間に合わず、ルカは部屋の扉をガチャリと押し開けた。


 ついつい、いつもの感覚で頭の上を見上げてから。

 今のアネットは自分よりずっと背丈が低いことを思い出して、おっといけないと視線を下にずらす。


「……」

「……」


 扉の前では。

 薄紅色のアンティークドレスを身にまとったアネットが、恥じらいに顔を染めながらスカートの裾を掴んでいた。


 袖のないドレスは仕立てたようにアネットの身長とベストマッチしていて、左胸に咲き乱れるレースの造花も可愛らしくもゴージャス。長い髪は編み込んだ上でハーフアップにまとめられ、大きなリボンのバレッタで留められている。履いている靴にもドレスと合わせた花の飾りが付けられていた。

 軽く化粧も施されているのだろう。真っ赤な頬には薄くチークがまぶされ、唇にも紅が引かれていた。


 そのまま舞踏会にでも出れそうな装いに、ルカは感嘆するような吐息を漏らした。

 一方のアネットは居心地悪そうに眉をしかめ、うがーっと背を伸ばして牙を剥く。


「ボケッとしてないで早く中に入れてくれ! 誰かに見られちまうだろうが!」

「あ、ああ、すみませんでした。どうぞどうぞ」


 自分から部屋の前で待機しておいてそれもないものだと思うが。

 ルカは怒鳴られるままに謝罪の言葉を返しながら、体をズラしてアネットの通り道を作った。


 アネットは脇に置いていた麻袋を引き摺りつつ部屋の中へと飛び込み、ルカは扉を閉め鍵を掛けてからあらためて問い掛ける。


「それで、そのドレスはいったいどうしたのですか? 見た感じ、そこそこ値打ちがありそうな服ですが」

「おかっさんの仕業だよ! 娘の御下がりをくれてやるって言うから部屋に寄ったら、いきなりオレで着せ替えごっこを始めやがったんだ!」


 ふぁっきんしっと!と、アネットは自分のベッドに麻袋を投げ捨てた。

 その反動で袋の口が緩み、中からルカのローブやティーナから押し付けられた衣類が溢れ出す。


「あー。そういえばおかっさんの娘さんも『あの人の趣味にだけはついていけない』とか漏らしてましたよね」

「なんだいその程度で――とか今まで思ってたけど、前言撤回するわ。ありゃーもう病気のレベルだよ」


 完全に疲弊しきった様子で、アネットはベッドに腰を下ろしてやれやれと嘆息した。

 ルカはクスクスと忍び笑いを漏らしながらアネットに近づき、比喩抜きでお人形のようなその姿をあらためて見回す。


「でもそんなに恥ずかしがることないと思いますよ? その服、今のアネットさんにとてもよく似合ってます」

「え? そ、そうかな。オレ、ちゃんと可愛くなってるかな」

「はい、ボクも最初は我が目を疑うくらいでした。もっと自信を持ってください」

「そっか。えへ、えへへへへ……」


 “カッコイイ”以外の誉め言葉をもらった経験が少ないアネットは、両手を揉みしだいて照れ笑いを浮かべた。

 ルカが子供っぽいアネットの反応を微笑ましげに見下ろしていると、アネットはしばし考え込むように視線を逸らしてから、何かに踏ん切りをつけるようにルカを見上げる。


「……なあルカ。今のオレって、あたしってちゃんと女の子っぽくなれてるのかな?」

「はい、今のアネットさんはどこから見ても普通の女の子です。むしろ、こんなに可愛らしい女の子には今まで会ったことがないくらいですよ」

「そっかそっか、あたしはちゃんと女の子っぽいか」


 アネットはルカの言葉にうんうんと頷き返し、それから両手をギュッと握り締めて「よし!」と気合いを入れた。


 どうしたのだろうかとルカが疑問符を浮かべる中で。

 アネットは靴を脱いでベッドに乗り上げると、自分が放り投げた麻袋とその中身をルカのベッドへと移動させる。それからちょこんと正座をすると、空いたスペースにルカを誘うようにパンパンと布団を叩いた。


「……?」


 彼女が何をしたいのかはまったく分からないが、別に従わない理由もない。


 根が忠犬なルカは、訳が分からないながらもアネットに倣って靴を脱ぎベッドの上に座り込んだ。

 ルカが姿勢を正すと、アネットはまるで強敵と向かい合ったときのように闘志を込めた瞳で見据えて来る。


「うん! それじゃあこれからするぞ、ルカ!!」

「する……って、いったい何をするんですか?」


 恋人同士の以心伝心は見事に失敗した。

 アネットは「ぐぅっ」と一度怯んでから、それでも挫けず身を乗り出す。


「女と男が二人きりになってすることなんてひとつしかねぇだろぉが! ほら、あれだよ、同衾ってやつだよ!」

「どうきん……? って、同衾のことですか?!」


 アネットが持ち出した古めかしい言い回しに首を傾げてから、ルカは大げさに仰け反り驚いた。

 そのままあわあわと顔を赤らめ慌てていると、それ以上に真っ赤な顔をしたアネットが肉食獣のような動きでルカににじり寄る。


「せっかくこんな着飾らせてもらったんだし、おまえだってもう半月以上も“ご無沙汰”で限界なんだろ? ……いいぜ、今日はいくらでも付き合ってやるからさ」

「待ってください、アネットさん!? お気持ちは大変嬉しいんですけど、ご自分が今どんな状態か分かってて言ってるんですか?!」

「ちゃんとわかってるってば。まああれだ、確かに色々とちっこくなっちまったけど、おまえのもちっこいからたぶんイケるイケる」

「そういう問題ではありません! というかボルガンさんが異常なだけで、ボクは至って普通です!」


 一応、男としてそこは譲れなかったらしい。

 しかし、アネットはそんなルカの魂の慟哭を聞き流しながら、彼の股間に手を置いて切羽詰まった笑みを浮かべた。


「オレだって知ってるんだぜ、男なんて結局みんなロリコンだってな。色々とぺったんこにはなっちまったが、この姿ならおまえも……」

「ジーナさんの恋バナは真に受けないようにっていつもボク言ってますよね!!?」

「あーもーまどろっこしいなぁ。おまえも男ならとっとと覚悟を決めてドンとでっかくしやがれってんだ」

「ちょ、やめ、あーっ!!」


 ルカの抵抗を華麗な手捌きで受け流しながら。

 アネットはルカの胴体に馬乗りになると、上着の裾に手を伸ばした。





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