14.レミルとの決闘。
レミルは新しい魔物と言っても実は3年前に生み出された魔物だった。
彼女は【嫉妬】【雷】の組み合わせて生み出されたSランクの魔物。
彼女のレベルは50を超えているが、レヴィ曰く訳あって甘やかしたからこの【天界】では成長が遅いと言っていた。
しかし、レベルが1の天狐には強敵過ぎる。
そんな彼女はご主人のレヴィが大好きであり、褒められるような事を彼女の前でしか行ってこなかった。
それは性格が悪いという事ではない。
褒められる事が好きすぎて、かつ合理的なので無駄な努力や労力を裂かないタイプである。いや、そういう環境で育ったのである。
だから戦闘の時は仲間達の後で見ているだけで、パーティーを組んでいる魔物達が倒して得た経験値のみでレベルを上げてきた。
彼女はそれでもレヴィや沢山の先輩魔物にある事を理由に可愛がられて育ってきた。
いつも頭を撫でられて、そして守られてきたアイドル的な存在で、それが当然だと思っていた。
だが、新しい魔王が来てからは魔物達の話題が全部そっちにいってしまった。
無理もなく、このダンジョンに訪れるのは天使ばかりで、せいぜい強いか弱いかの話題しか起こらない。
客人は珍しく、彼女は家族といえる魔物と生みの親のレヴィにしか会ったことがないために世間を知らなかった。
だから、自分以外のチヤホヤされる存在が許せなかった。
そこにちょうど自分より弱いであろう天狐が現れ、悔しい事に我がご主人様まで天狐を可愛がっていたため、自分の価値が分からなくなっていた。
だからつい、意地悪をしてしまった。
悪気はある。
だってしっぽはもふもふたちのトレードマークだから。
分かっていても、もう一度みんなに注目して欲しさにしてしまったのである。
彼女は内心は生まれたばかりの相手だと分かっていても、背筋が震えるほど緊張している。
キツネ耳の彼女にはレベル以上の力があるからだと野生の勘がそういっている。
だから、手は抜かない。
ご主人様に自分の弱さを気づかれて失望させないためにも。
*
78階層は草原地帯である。
蝶がゆらゆらと飛び回り、風が草木を揺らし、花の香りを辺りに蔓延させる。
本来なら生活しやすい場所であろう。
だが現状は、キツネ耳美少女とネコ耳美少女が睨み合ってお互いを見つめ合い、今にも決闘を始め出すキリッとした雰囲気をかもし出している。
「ルールは簡単。 どちらかが動けなくなるまで。 殺すのは無しよ。 大概の怪我はエルフたちが直してくれるから死なない程度にしなさい。」
レヴィが間に入ってルールを説明すると可愛いらしい事に2人とも尻尾で揺らしながら返事を返す。
「ぜったいにかつの!」
「キツネなんかにまけねーでありますっ!」
2人ともやる気満々で始まった。
もちろん天狐には応援団がついている。
「天狐やっちゃうんだよ!」
「雷鳴猫は嫌いでやがるですっ!」
「さっきのまけは、こんかいのかちにつながる。」
「天狐おねーちゃん。 格好いいところ見たいですっ!」
一通り声援が終わると静けさが緊張感を高める。
そして、草原に包むような風が吹くと同時に天狐は右手を前に出し、ぐっと堪えるように掌に魔力を集める。
俺はこんなに小さいキツネ耳の美少女が俺より遙かに多く、高純度の魔力を錬っているいることに驚いた。
小さい容姿だからといっても魔物の中での最上位ランクのSランクに位置する魔物であることには変わりはない。
天狐の周囲の温度はみるみる上がり、足下の草は天狐の熱により燃え上がる。
「これでもくらうの!!」
轟!!
天狐の右手をからは紅の炎が勢いよく放たれ地面をこがしながらレミルに一直線に向かっていく。
だが、レミルには緊張はあるが焦りはなかった。両手を前に出し、最小限の雷で半円球のバリアを張る。
レミルだって雷属性の最上位ランクの魔物であり、生まれたばかりの子ぎつね天狐の猛烈な紅の炎をいとも簡単に対応する。
轟!!
炎と雷がぶつかり合い黒煙が風と共に辺りに広がるより早くレミルが風を切り、天狐に向かって行く。
レミルはスピード特攻タイプで生み出されておりこともあり、紫電を体中に纏って一瞬にして天狐の目の前にまで尻尾を靡かせて距離を詰めて殴りかかる。
その様子は一本の黄色く光る矢であった。
「ぬっ! 速いの!?」
天狐の素早さはSいう評価であるがレベル差のあるレミルのスピードには頭が反応しても、実際には体は動かないために速度と体重が乗った重い一発を腹にくらって大きく吹き飛び地面を転がる。
娘たちは口を抑えて初めての戦闘に見入っていた。 1人を除いては。
「それは、いたい。 れみるせんしゅのいちげきはぜつだいです。 まるできいろいせんこう。」
黄泉猫は解説を勝手にしていた。 何なんだろうか? この子はどこか世界を知っているような雰囲気を出している。
「弱すぎて話しにならねーでやがるでありますっ! ハッハー!」
一発の拳で天狐との能力差を感じ取ったのか緊張が次第に解けていき、油断してはいけないと分かっているが、レヴィアタンに良いところを見せようと見下すようにしゃべり出してしまう。そこが彼女が闘い慣れしていない証でもあり隙を生む。
天狐はブルブルと四肢を震わせながらなんとか立ち上がる。
レベル差がだった一撃の拳ですらここまでに影響してくるなんて思いもしなかったが天狐は頑張ってくれている。
「これでも、くらうの!」
手の平に炎の渦ができ、野球ボール程の炎の球体となりレミルのに放つ。
しかし、レミルにはひょいっと軽く交わされる。完全に油断しきっていたレミルはゆっくりとボロボロの天狐の元に歩いて行く。
「ぐっ!」
数秒後にレミルは激しい衝撃と痛みを背中に感じてうずくまる。背中は来ている黄色いワンピースを溶かし、赤黒く火傷している傷を痛々しく露出させる。
天狐の放った炎の球体がレミルに直撃したからだ。炎の球体はコントロール出来るらしく、レミルに避けられてから向きを変えてレミルを襲った。
「まさかの、ひのたまの、ゆーたうん。 れみるせんしゅはおおやけど!」
真剣な勝負中に黄泉猫の呑気な声が響く。
「つっ、痛ーのやがるであります。 絶対に許さねーでやがるでありますっ!!」
レベル差にレミルは助けられて重傷程度ですんだが、深傷を負った事には変わりない。レベル差がなかったら死んでいたかもしれない。
魔物の闘いでは一発が命取りになることが多い。
レミルはレベルが高くても戦闘経験が無いに等しいために考えが甘く、行動が単純であり、天狐に足下を掬われた事にはなる。
天狐に不意を突かれたレミルは怒り、右手に肉眼でも見えるほどの気化したオーラ状態の魔力を集め始める。
しだいに気化したオーラは纏っている紫電で火がついたように電気を纏い、雷の光で直視出来ないほど輝きだす。
その右腕をだらりと垂らして、バチバチと激しい音を立てなから纏っている雷が地面を剔りながら天狐に襲いかかる。
その攻撃は最速にして最大の絶対的な一撃。
今の天狐は初撃すら避けられなかったのに、それより早いレミルの閃光を避ける術を持っていない。
流石にやばいと思い天狐の名前を叫ぶ。
そして、激しい爆音と共に粉塵が辺りを包み込み視界を奪われた。
静けさがより長く時間を感じさせる。
視界が回復した頃にはレミルが深く肩で呼吸をしているだけで、そこにはキツネ耳の彼女はいなかった。
俺はその意味をすぐさま理解して力を使い果たしたボロボロのレミルを殺しに行こうとするがレヴィにまだだと止められる。
「まだよ、ヨハン。 主人ならよく魔物の勝負のや行方を見ておきなさい。」
少し時間が経つとレミルの体が白い煙に包まれていき、気がつくとそこにはボロボロの天狐の姿があった。
天狐の姿が確認できただけでも嬉しかった。親でして、主人として当然だ。
天狐は変化でレミルに化ける事によりレミルの能力を得て、間一髪レミルの攻撃を交わすことが出来たようだ。
変化は対象の姿だけではなく相手の能力も一段階だけ落ちるが受け継ぐ特性である。レミルのEXは一段階下がっても天狐のSより、上だということも変化の結果で分かる。
レミルは魔力を使い果たし慣れない戦闘で体が動かなくなっていた。
「こんなに体が重いのは初めてでやがるであります‥‥。 でも、レミルは、レミルはおかーさまのために頑張るでやがるであります。 ガッカリさせないためにも!」
深い草むらから這い上がって、ゆっくりと重い足を地面に引きずりながら天狐に近づいていく。
本来なら諦めて助けを待つだろう。
しかし、彼女にはプライドがある。
それもご主人様に良いところを見せたいという1番の欲だ。
嫉妬のルーンを使われて生まれてきた彼女には、天狐や俺といった周囲の目を集める存在に嫉妬し、その感情が力となっている。
そんな解説をしていた黄泉猫ですら、いつしか黙り込んで二人の勝負の行方を見届けようとしている。黄泉猫もまさかここまでの命を賭けた意地の張り合いになるなんて思いもよらなかったのだろう。
二人の戦いは純粋な腕っ節の戦いになり、意地の張り合いになる。
一方が殴ればもう一方が殴り返す。
その繰り返しであり、勝つのはきっと自分が背負うと決めた覚悟の重い方に軍配か上がるだろう。
天狐には俺と一緒にいたいという魔物としての強い気持ち。
レミルには、主人に認められて振り向いて欲しいという気持ちがある。
そんな傍から見ればちっぽけな気持ちかも知れない。
でも、幼い本人達には今はそれしか無いのだ。
それが全てなのかもしれない。
お互い倒れても起き上がり、殴っても倒れるくらいに消耗している。だか、体の軽い天狐はレミルの拳を受けて俺の前にまで転がってきた。
「天狐! 大丈夫か!?」
「天狐は元気いっぱいなの‥‥。 まだまだ頑張られるの‥‥。 天狐は負けておとーさんの魔物じゃなくなるのがいやなの! 負けたらお別れになっちゃう。 そんなのやなの!!」
出血は激しく、顔や体はアザだらけで尚、頑張ろうとしている。
そんな彼女に主人として俺は何が出来るのだろうか?
娘達も天狐の言葉と様子をみて、状況を理解しているようで励まし、そして、仲間を失わないために主人の俺にお願いをしてきたのであった。