12.しっぽの穢れ。
そんな娘たちに甘えられている俺は視線を感じてレヴィのうしろのレミルに目を向けると、羨ましそうに人差し指をくわえてこっちを見ている。
彼女はプライドが高いために出来ない甘え方であり、羨ましいのであろう。
そんなレミルもいつかは自分に正直に甘えられれば良いと思う。
すると天狐が抱きつきながら急に言ってきた。
「おとーさん、みんなと昨日話してたけど、天狐もお名前欲しいの。 レミルちゃんもお名前貰ってるから天狐も‥‥。」
天狐だけじゃなく、他の娘たちも抱きつきながらも目をキラリと輝かせて顔だけこっちを見る。
おねだりの顔だ。
昨日、俺がレヴィから創造の仕方を教わっている時に娘たちが話していたのは名前の事だったみたいだ。
すぐに彼女に似合う名前を思いついたのでつけてあげることにした。
「それじゃ、天狐の名前はこ」
「ストーップ! 魔王が魔物に名前をつける事はね、特別なことなんだだよ。 【血盟の守護契約】と言ってね、名前持ち魔物は【血盟の守護者】となって、いっそう魔物は魔王の力を得て強くなり魔王と影響し合う関係になるのよ。 つまり、名前についているようにお互いの血液を共有することで契約が成立する。 まぁ、信頼出来るまでは裏切られる可能性があるからダメよ!」
俺の事を心配してくれているのだろう。
大声で話された事により耳がキーンとする。
娘たちは獣耳を手で抑えて目をつぶる。
特に耳の長い月兔は目を渦巻きにして、今にも倒れそうに寄っかかってきた。
彼女がこれは度にも強調して話したのには理由がある。
魔物は魔王には絶対服従関係になるが、裏切る方法はたくさんある。力を持った魔物の裏切りはなによりも恐ろしい。
「ごめんな、まだ【血盟の守護者】にはしてやれない。」
天狐たちはブーッと頬を膨らまして嫌な顔をする。
きっと彼女たちは【血盟の守護者】の事を知っていたのだろう。
「レヴィ、もう少し【血盟の守護者】の事を教えてくれないか?」
「そうね。 【血盟の守護者】になると、魔王との関係が深く近くなるのはもちろん、魔物が魔王の能力を得る事もある。 それに、魔王も逆に魔物の属性の魔法を使えるようになることもある。」
「便利じゃないか。」
レヴィと話していると、かまってっと天狐が俺の袖を持って俺の手を自分の頭の上に持っていくので、撫でてやると幸せそうに目を細めてしっぽを振る。
それを見ていたレミルも同じようにするが、レヴィは手を払って話しに夢中になっていたので残念がって天狐を睨むと、天狐は優越感に浸りわざとらしくさらに甘えてくる。
天狐は調子に乗りやすい。
「くーっ、あのキツネ超うざいでありますっ。」
地面を蹴りながら小声でいじやける。
レミルはかなりの甘えん坊だが、プライドが高く甘え方が分からなく、なかなかご主人に甘えられないのが現状であり頑張ったのだが失敗に終わった。だから、余計に腹が立つのだろう。
それに対して天狐たちは無邪気で素直に甘えてくるので俺にべったりだ。
そんな天狐達の様子に気がつくことなくレヴィは話し続ける。
「君の魔物のように自我がある魔物は主人を無能だと思ったら頭を使って裏切る可能性がある。 だから、このおチビちゃんが君を自分の命を賭けて守ろうとした時に名前をつけてやりなさい。 それに、基本はレベルが10上がるに対して1体までしか契約はできない。 つまり、レベルが1のヨハンは一体までしか今は契約できない。 もし、一体を選んだら他の子に不満が出来て裏切られるかもしれないから、暫くは我慢しなさい。」
つまり、俺は10レベル未満だから一体の魔物としか【血盟の守護契約】できない。
すると天狐がレヴィに向かって言い放つ。
「ぶぅー。 天狐たちはおとーさんの事が大好きだから裏切ったりしないの。 それとおチビちゃんじゃなくて天狐なの!」
天狐がぷくーっと頬を膨らましてレヴィを恐る恐る睨むが、そんな姿も可愛らしい。
「ごめんねー。 良い狐、良い狐!」
ついそんな天狐をレーンも撫でたくなったのか撫でながら謝るが、警戒して頭を引っ込めて身構えるが気がつくと目を細めていた。
すると、レヴィの様子を見ていたレミルはさらに不機嫌になり、ペちょんとネコ耳と尻尾を垂らさして目をウルウルさせる。
そして、目を細めて余韻に浸っている天狐のもふもふキツネしっぽを何を思ったのか鷲掴みにして自分の能力の雷を流した。
「のぉーん! 天狐のしっぽはでりけーとで、おとーさん、せんよーなの!」
天狐が頬に手を当てて叫び飛び跳ねる。骸骨みたいに骨は見えなかったがそんな感じの事は起こった。
そして、天狐はウルウルと涙目で股の間から尻尾を大切そうに抱きしめながら、手振り身振りでレミルに対して怒りながら注意する。
「天狐のしっぽは特別なの! 神様のしっぽで他とはちがうの!」
さらに、天狐は自分の尻尾の変化に気づき固まる。
何故ならもふもふのキツネ尻尾がアフロのようにチリチリした毛になっていたからだ。
「ざまーねーのです。 これでお嫁にいけねーでーす!」
レミルはその様子を見ながら腰に手を当てて高笑いしながら小さい天狐を見下ろす。
サーバルキャットでは尻尾の穢れはお嫁に行けないっていう謎の思想があるが、これは酷すぎるので俺も抗議をする。
俺はもちろん、もふもふの尻尾が好きだからだ。
「レミルふざけるな! 天狐が可哀想だろ。」
するとレミルは俺を睨んでシャーシャーと威嚇する。
そんな様子をレヴィが腹を抱えながら笑い、天狐は下を向いてプルプルと震えている。
「天狐だいじょうぶか?」
天狐に尋ねると答えはすぐには返ってこなかった。よく見るとぽろぽろと地面に雫が垂れている。
彼女は泣いていた。
抱きしめてあげるがさっきまで元気に振っている尻尾をビクとも動かさない。
そして、大声で泣き始める。
「うぇーん。 天狐のしっぽが、しっぽが、うぅぅ。」
鼻水を垂らし、大きな雫が赤色の瞳から滴り落ちる。
娘たちは泣いている天狐を慰めながらレミルを睨む。
「ねこみみにもわるいやつはいた!」
「これは酷いでやがるですっ!」
「キツネとタヌキは犬猿の仲だけど、これは酷過ぎるんだよ!」
「天狐おねーちゃん、大丈夫ですっ?」
俺も慰める。
すると天狐は何かを決めたように俺の手を振り払い、地面を見ながらレミルに近づき泣きながら顔を見上げて口を開く。
「絶対にゆるさないの! けっとーを申し込むの!!」
一通りレミルに伝えると天狐は涙を拭って俺に駆け寄ってくる。
「天狐が勝ったらお名前ほしい。 天狐の強いとこ見て欲しい。 だから、天狐のしっぽがもふもふじゃなくてもおとーさんの側に居させてほしい!」
天狐は自分の存在価値は強さともふもふだと勘違いしているようだがそれは違う。
天狐は俺の魔物で、俺の友達で、そして、俺の娘だ!
「ちょうど良いじゃない。 天狐がどんなにステータスか良くても、闘えないならただのお荷物。 魔物の世界は厳しいわよ。」
天狐は自分より強いと分かりきっている相手に向かって行こうとしていたので、俺は彼女の事を信じて背中を軽く押して送り出そうと思う。