10.シチューは美味です。
目が覚めると俺はふかふかのベットの中で寝ていた。この感じは羽毛布団だ。
もちろん、獣耳の娘たちが俺の周りで心配そうにのぞき込むように見ている。
「おとーさん、心配したの。」
「起きたんだよ!」
「よかったでやがるですっ!」
「おっはーでまよちゅちゅ!」
「よみちゃん、なんですっ? それ?」
「まよねーずはうまいってこと。」
「「「「??」」」」
黄泉猫の言葉に他の娘たちが首を傾げる。
俺はもちろん分かっている。
そういう知識は何故かある。やっぱり前世の記憶なのかもしれない。
そんな会話を聞きながら辺りを見回すと木造のキャンプなどで目にする、木のむき出しのウッドハウスだ。ロフトがあり二階は吹き抜けになっていて天窓からは暗い外が見える。
起き上がるとまだ頭痛と吐き気がするのでうずくまると娘たちが背中や頭を撫でてくれた。
「おとーさん、無理はダメなの。」
「みんなありがとな。」
「当然なんだよ。」
「お父様、ダサいけど倒れると心配するでやがるですっ。」
「でも、しっぽ、もふもふって言っていたのは、すこしひいた。」
「わ、私たちを愛してくれている証拠なのですっ!」
「なら、よし。」
するとカチャッという音を立てて部屋のドアが開き、外から竜人のドレエルが入ってきて温かい食事を持ってきてくれた。その格好は本当の執事のように見えて慣れた様子で鉄製のお盆で運んでいる。
娘たちはドレエルという竜人の足下すら見えない程の高みにいることを自覚している。
そのために、優しい雰囲気のドレエルに対してもレヴィ同様に警戒心を持っており、しっぽをピンってさせたのち、俺を5人で神輿のようにかついで逃げようとする。
「ちょっとみんな! どうしたの! 降ろしてー!」
「おとーさん、この人強いの。 戦ったら負けるから逃げるの。」
天狐の言葉に他の娘たちが頷く。ドレエルは微笑んだまま微動だにしない。俺を含めた六人を優しく見守っているおじいちゃんの顔をしていた。
「大丈夫だよ。 ほら、食事を持ってきてくれたんだよ。」
それに気づいた娘たちの頭にはビックリマークがつき、鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅ぎ、一斉にヨダレを拭う。
そのせいで担がれている俺は地面に強打する。意外にも娘たちは俺への扱いは酷い。
「おとーさん、美味しそうなの! あっ! ごめんなの。」
「この匂いはシチューなんだよ! 美味しそう!」
「パンもあるでやがるですっ!」
「しちゅーにぱんをつけてたべるとびみ!」
「私はお餅派ですっ!」
「珍しいんだよ。 普通はご飯派っていうんだよ!」
娘たちは美味しそうな匂いを嗅ぐと鼻をヒクヒクさせて、反射的にヨダレが垂れそうになるようだ。
しっぽも待ちきれないようで落ち着きがない。
次第にドレエルへの警戒も食欲には負けて、体が勝手にご飯の方へ向かって行き、気づくとドレエルを純粋無垢の眼差しで見上げていた。
そんな様子をにこやかに見ていたドレエルが口を開く。
「新しい魔王様。 ちょっと無理をなされたようですな。」
「そうみたい。 まさか、こんなに魔物を創造するのに魔力を使うなんて思いもよらなかったよ。」
「まだレベルが低いためにMPも低いのでしょう。 だからあまり無理をなされないようにして下さいね。 食事をとって早く元気になってください。」
ドレエルは竜人であるために普段は人間の姿をして、見た目通りの紳士らしいたたずまいで俺にも優しく接してくれている。
本当に執事みたいな役割でもしているのだろうか。
俺のMPはさっきステータスを確認したときにはMPは1000しかなかったが改めて確認すると今は-50だ。
魔王は魔物の異なりステータスは実数であり、今は全てが種族の最低値となっている。レベルが1だから仕方ない事だが。
「ありがとう。 それに、娘たちの分まで。」
用意されてあった食事は娘たちの予想通りでパンとクリームシチューだった。
魔王は本来は食事を必要としない。
人間の感情で腹を満たすのだが、食事にはMPを回復される効果があるらしく、好んで食べる魔王も多いようだ。
食事を持ってきてくれたドレエルにお礼をいうと礼儀正しく礼をして、部屋から去っていく。
娘たちは待ち切れなさそうに待っているので、全員に食事を配る。
「まだ、食べちゃダメだよ。 挨拶をするんだ。」
「それならみーがする。 それではみなさん。 てをあわせてなーむー。」
「ストップ! 拝んでどうする!」
他の娘たちは首を傾げて俺と黄泉猫の会話を聞いている。
「ないす、つっこみ。 それでは、みなさん、いただきます!」
「いただきます! ほら、みんなも!」
「「いただきます!」」
「よろし!」
「お父様、なんの儀式でやがるですっ?」
「これはね。 食べ物に感謝する儀式なんだよ。 みんなに食べられるために、命をなくした生物だっているんだよ。」
「弱肉強食なんだよ!」
「そーなの。 弱い奴がだめなの。」
「そんな事言ったらみんなはドレエルに丸呑みされちゃうよ!」
ウキウキ気分の娘たちは一斉に身震いし、しっぽを逆立てる。よく見慣れた光景になったものだ。
「うぅぅ、それはやなの。 だから感謝するの。」
「僕もなんだよ。」
分かってもらえたようでその後はがっつくように娘たちは食事を残さず食べた。
娘たちは器用にスプーンを使って良く噛んで、もぐもぐと食べていて自然と笑みもこぼれている。
でも、口の周りにべっとりとシチューをつけているので、拭くと無意識にありがとうとお礼を言われる。それほど夢中になって食べていた。
食べ終えるとお腹をポンポンっと叩いて満足そうにしっぽを揺らしていた。
そして、娘たちの間ではドレエルの話になった。
「あの竜の爺さん、悪い奴じゃなさそうでやがるですっ! でも、邪気がキツイでやがるですっ。」
天狼が話を始める。
「邪気? なーにそれ? おいしーの?」
天狐の天然の部分が出ると福狸がツッコミを入れる。
「例え食べれても美味しくないんだよ。 名前からして。」
「ビーフジャーキーはおいしい。」
黄泉猫がボケる。
「でも、お餅はもっとおいしいですっ!」
月兔が黄泉猫のボケを拾って話を広げると天狐が乗ってくる。
「つきちゃん。 今度お餅作って欲しーの。」
「なんなら、ベネッタを作って欲しーんだよ。」
「天狐も!」
「おれっちも!」
「みーも!」
おい。なんでドレエルの邪気からベネッタの話になるんだ?
ベネッタってなんだよ。餅に近い食べ物なのか?
娘たちの話は展開が読めずにツッコミどころ満載で飽きない。
そんな娘たちだが、思い返してみると初めて会ったのが今日の朝であり、今では十分すぎるほど仲良しだ。
そんなの内容の濃い一日を終えて、レヴィが用意してくれた部屋で寝ようとしたのだがここで娘たちにとって最大の問題が発生した!
それは誰が俺の横で寝るのか問題だ。
俺のダンジョンで寝るように言ったのだが俺の近くが良いってダダをこねる。
俺の横には左右合わせて2人。それに対して娘は5人。
これは大変だ!
娘たちは早い者勝ちと言わんばかりに俺に飛び込んでくる。
「おとーさんの横は天狐なの!」
「僕とおとーちゃんの横が良いんだよ!!」
「すでにみーがみぎをとった!」
「むっ、どっ、どうしてもっていうなら寝てやってもいいでやがるですっ! って、そんなーでやがるです。」
「ふえー! お姉ちゃんたち早いのです。」
俺の右横には既に黄泉猫がしっかりと腕を握ってホールドしている。
そして、左に福狸が布団に入り込もうとした瞬間に天狐に背負い投げされ、ベットの上を飛んでいったのだ。
天狼はツンデレが発動してそっぽを向いていて、月兔は空を舞う福狸に見とれていた。その隙を狙って天狐は左に入り込んだのだ。
2人は俺の腕にしがみついて離れようとしない。
他の3人はうるうると涙ぐんでその光景を見ていた。
「いてて、僕、おとーちゃんの横が良かったんだよ。」
「キツネとネコ! 覚えてやがれですっ!」
「パパ。 はじっこは寂しいですっ。」
これは平等ではない。
黄泉猫は素早さ特攻であり、天狐もバランスよくステータスが配分されており、オールマイティである。それに、独占力が他の子より強そうだ。
出来レースとまではいかないものの限りなく近い感じがする。
どうしたものかと考える。
「よし! 今日から俺の横で寝るのはローテーションな。」
出遅れた三人の瞳に光が戻る。その表情は嬉しそうでなによりだ。
「分かったの。 でも、天狐は毎日おとーさんの横がいいの。」
「みーも。」
「守れないんだったら、俺は一人で寝る!」
「それは1番嫌なの。 だから守るの。」
黄泉猫もうんうんと頷く。
他の3人は安堵の様子を浮かべて、自分の番を待ち遠しそうにしていた。
そして、俺と5人の娘たちは一人用ベットにぎゅうぎゅうで寝たのであった。
だが、娘たちと一緒に寝たのは良いものの夜が大変な事になるなんて思いもよらなかった。
なぜなら、福狸の寝相が悪すぎたからだ。
「暑いんだよー。 布団にいらないんだよー。」
福狸は弱気で自己主張の苦手な1番端っに寝ていた月兔を布団と一緒に蹴っ飛ばした。
月兔はコロコロって回って行きベットから地べたに落とされたのであった。
「パパー。 うー。 突然なんですかっ? 怖いです。」
月兔は地べたに座り込んで目をこすり、キョトンと回りを見回して、ウサギ耳をペちょんと垂らし、しくしくと泣いていた。
「大丈夫だよ。 ここに居る。 ほらぎゅーっとしよう。」
俺は泣き止むまで彼女をぎゅーっとだっこして抱きしめてあげた。
「パパ、優しくて大好きなのですっ!」
すると、ここぞとばかりに頬ズリをして甘えてきたのが可愛かった。その後はそのまま俺の胸の中でぐっすりと眠ったのであった。
ここまでは予想の範囲内であったがこっから先は予想の範囲を超えてきた。
その後は隣の天狐の顔を蹴って寝ながらボクシングを始めたのであった。
「うぅ、痛いのー。」
「必殺福狸パンチなんだよ!」
「これも、痛いのー! 天狐も反撃なの!」
「効かないんだよ!」
「しゅっしゅっ!」←パンチの音
「しゅっしゅっ!」
天狐も反撃をし始めて福狸と寝ながらボクシングをしていた。
なんで寝ながらこんなとこが出来るんだよ? しかも寝言で会話してるし。
獣の血が騒ぐのだろうか。それにしても無意識だからってやり過ぎだ。
そんな事もあり、今は何故か黄泉猫に羽交い締めにされて福狸は静かに眠っていた。
天狐はお腹を出して幸せいっぱいな顔で寝ている。
天狼は意外にも姿勢を少しも崩さずに自分のもふもふオオカミしっぽを抱きしめて寝ていのであった。