社畜は道具を作る
生きていくだけなら現状でも何とかなりそうではある。しかし、人間らしい文明的な生活をしようとなると、とたんに難易度が上がってくる。せめて、脱原始時代を目指したいところだ。
生活用品を中心に、必要そうな物を考え始めれば枚挙に暇がない。
だが、自作で何か作るにしても、加工するための道具類が一切ないのだ。せめて、俺が職人系の社畜なら何とかなったかもしれないが、残念なことにデスクワークメインのIT系だった。
「どうしたもんかな……」
『お困りのようですね! そんな時はニーコちゃんにおまかせですよ~!』
「……もしかして、まだ俺に言ってない未来の便利技術とかあったりする?」
『実はあります! 乙女には秘密が多いんです! ではでは、新機能! ジャッジャーン! 亜空間工房~♪』
「この状況だと生きるか死ぬかに関わってくる事もあるから秘密にしないで!」
すると、目の前にはもう見慣れた亜空間ストレージの表示ウィンドウが現れた。
「これ、いつもの亜空間ストレージのウィンドウじゃん」
『フッフッフッ、まだ隠された機能があるのです! 何とニーコちゃん、亜空間ストレージ内にある素材を自由に加工することができます! 表示されてる素材から作りたいものオーダーして頂ければ、愛情込めて手作りしますよ!』
何かに使えるかもしれないと、森に落ちていた木の枝や蔓草を拾ってたはずだ。試しに何か作ってもらうか。
「じゃあ、この樫の枝をスプーンとかフォークみたいな食器に加工できるか?」
『お任せください! えーっと、チョチョイのパッパっと……はい、でーきた!』
早っ! ほんの数秒で加工は完了したらしい。あと、愛情感じない適当さだったが?
完成した物を亜空間ストレージから取り出してみると、木目が美しい見事なクオリティのスプーンとフォークが出てきた。
「ちなみにこれ、何でも作れるの?」
『素材さえあれば大体作れますよ! ただ、形が複雑なものや、複数の素材を組み合わせるものは作るのにちょっと時間がかかります!』
「となると、採取用の道具が欲しいところだな」
木々から素材を得るにしても、ノコギリや斧が欲しい。落ちてる枝だけじゃ、大したものは作れなさそうだし、効率も悪い。それ以外の用途でも、何かしらの鉄器は欲しいところだ。
「この洞窟って、岩とかも結構あるし、もしかしたら鉄鉱石の類もあるかな?」
『ノアは資源豊富に作られてますので、その可能性は充分あると思いますよ!』
俺は鑑定眼を起動して、そこら辺にある岩石を片っ端からチェックしていく。
そして見つけたのは、俺の背丈よりやや大きいサイズの赤錆びた色をした岩石……鑑定結果は赤鉄鉱と出ている。
【赤鉄鉱】
鉄の鉱石鉱物。
製鉄原料として一般的。
塊状のものでは赤ないし暗赤色を示す。
当たりだ。
「よっしゃ! これを亜空間工房で加工すれば鉄の採集道具が作れそうだな」
ニーコがあんまり大きいものは入らないとか言ってた気がするけど、これくらいならギリギリいけるんじゃない? いや、俺はニーコを信じている!
『ま、マスター? ニーコちゃん、何かすごい嫌な予感がするんですけど!?』
「これくらいの大きさならさぁ……亜空間ストレージに入るよね?」
『イーーーヤーーーーでーーーーーーす!! あんまり大きいものは入らないって言いましたよね? ねっ? ムリムリ、絶対そんなの入らないです!』
ムリというのは、嘘吐きの言葉らしい。途中で止めてしまうからムリになるって、どこかのブラック経営者が言ってた気がする。
「いけるいける、俺は出来るって信じてるからな!」
ちなみにこれ、鬼畜上司から耳にタコが出来るほど聞かされたセリフである。そうはなるまいと思っていたが、背に腹は代えられないから仕方ない。これが上に立つ者の気持ちか!
『DV! DVですよ! サポートAI虐待です! 助けてお母様!』
「辛いのは最初だけだ! これを素材に亜空間工房でツルハシとかハンマーとか作ればいいじゃん! そうしたら、次からは小さく砕いてから入れてやるから!」
既に赤鉄鉱の岩石の先っちょが、左手首にあるニーコ本体の中に徐々に入っていた。亜空間の穴っぽいのを無理やり押し広げてずぶずぶ入れていく。
『アッーーーーーーー!! やめてください! 異物感すごいから! すごいからぁ!!』
亜空間ストレージに入れる時に異物感あるってのお茶目なAIジョークかな? って思ってたけど、どうやら本気らしい。声のトーンがガチだった。
ギャーギャー喚くニーコをスルーして、赤鉄鉱の岩石は最後までずっぷりと亜空間ストレージに格納されていった。
ストレージ内を確認すると、きっちり赤鉄鉱(塊)という表示が出てるし、何とかなったらしい。
『うぅ、うぅっ……ひどいっ……マスターに辱められました……』
事後だけど、すげぇ罪悪感ある。やっぱりパワハラよくないわ……
ともかく頑張った子は褒めよう。部下を褒めない上司に未来はない。
「ニーコ、よく頑張ったな! エラいぞ!」
よしよし、と左手首のニーコ本体を撫でてやる。
『………………これくらいで許してあげるほどニーコちゃんチョロくないですから……だから、もっと撫でてください。褒めてください……』
チョロくてよかった! ニーコの機嫌が治るまで、ひたすら撫で撫でしてあげた。
「ただいま。洞窟の外まで聞こえてたわよ。仲がいいのは分かるけど、女の子にあんまり酷いことしちゃダメよ?」
『佳奈多くん鬼畜……ニーコがかわいそう』
レイチェルたちが洞窟の外から戻ってきた。
ちょっと用事があるから洞窟の外に行くと言って出ていったが、深くは詮索しなかった。そりゃ女の子には色々言いたくない事もあるだろうからな。あんまりデリカシーないとセクハラ認定される。
「誤解だよ! 俺はニーコの新機能をちょっと試してただけなんだ!」
『マスター……ちゃんと責任とってくださいね!』
ともかく、原始時代から石器時代通り越して、一気に鉄器時代まで進化したぞ!
そういえば、ここ二日、果物や木の実くらいしか食べていない。別にベジタリアンというわけではないし、栄養バランスなど考えるとやはり他の物も食べた方が良いだろう。
……ぶっちゃけ肉が食べたい。より好みできる状況でないのは分かっているが、肉が食べたいのだ!
レイチェルが後で狩りに行くって言ってたし、俺も付いて行ってみよう。獲物が取れたときにも、亜空間ストレージがある方が便利だろうしな。
獲物……まぁ、動物の死体とか入れたらまたニーコが怒りそうだけどね。
亜空間工房で使う素材も欲しいし、午後からはまた森を探索してみよう。