社畜はお家が欲しい
俺たちは交代で火の番をしながら一夜を過ごした。
ついさっき、レイチェルと役割を交代し、今度は俺が休息する番になった。
こんな状況で熟睡できるわけないので、今も目を瞑って微睡んでいるだけなんだけどね。まぁ、目を瞑るだけでも、外からの情報をシャットアウトして脳を休めることはできる。こういった細かな休息は社畜の必須技能なので割と得意だ。
だが、目を瞑っていると、それ以外の感覚が鋭敏になる。実は先程から、ずしん、ずしん……と地面が揺れてるのを感じる。地震にしては長いし、一定のリズム感がある。まるで生物が歩いているような……
うん、もう、嫌な予感しかしない。揺れも徐々に大きくなってる気がする。
「佳奈多、起きて! 竜よ! 竜が出たわよ!」
見張りをしていたレイチェルの俺の肩を揺らし、慌てた声で告げる。
言ってるのは、おそらく恐竜の事だろう。
――覚悟はしてたけど、ついに来ちゃったか……
最初に遭遇するのがせめて、ティラノサウルスみたいなエンカウント即死亡クラスのヤベー奴じゃありませんように。
祈りながら、恐る恐るまぶたを開ける。
朝日に照らされ、木々の間から見えたのは、まるで蛇が鎌首をもたげたような爬虫類の首とその頭部だった。遠目から見るだけでも、その大きさは背の高い木を突き抜けるほどだ。目算だが、たぶん5~6階建てのビル相当はあるだろう。とんでもなくでかい。
まだそこそこ距離は離れているが、その恐竜は徐々にこちらに近づいてくるように見えた。
見た目的にはたぶん、草食恐竜だろう。名前とかは分からんし、鑑定を試してみるか。植物以外にも対応してるってニーコが言って気がするしな。
【ブラキオサウルス?】
中生代ジュラ紀後期に生息していた巨大な草食性恐竜の一種。
……名前も疑問系だし、いつもより情報少なくない?
『ごめんなさいマスター! 実物の恐竜とかデータベースにほとんど情報ないんですよ! 見た目からは名前とかザックリした特徴くらいしか分からないです!』
「詳細わかったところでどうにもならないから謝らなくていいぞニーコ! とりあえず逃げよう! こっちの方向に向かってきてる!!」
ブラキオサウルス側に害意はなくとも、あの巨大な質量が移動するだけで、それは災害に等しい。進路上の木々も、その歩みで軽々となぎ倒されていた。
俺たちは、ブラキオサウルスの進路から逃れるように一目散に走り出した。その大きからくる歩幅ゆえに、ブラキオサウルスの移動速度は見た目に反して早かった。
何とかブラキオサウルスの進路上から退避することができた。木々の間からはその特徴的な長い首がまだ見えるが、ひとまずは安全だろう。
「はぁ、はぁ……これくらい離れればもう大丈夫かな? ……朝イチでダッシュとかハードだわ……」
能動的にこちらを襲ってくるようなタイプじゃなくてよかったが、それでも初遭遇した恐竜の迫力は凄まじいものだった。
「あんな巨大な生き物、初めてみたわ……」
俺がぜぇはぁ息を切らしているのに対して、レイチェルは涼しい顔をしていた。これが年の差か!
何とか呼吸を整え、呟やく。
「はぁ……昨日も考えてたんだが、家だ。家が欲しい」
交代で休息していたとはいえ、そこまでじっくり休めたわけじゃない。毎日こんな事が続いたら、さすがに体が持たない。そのためには家が必要だと思った。
『私とマスターの愛の巣ですね! 庭付きのお家で、子どもは3人欲しいです!』
「ちげーよ!! これからずっと野宿ってわけにもいかんだろう! 今後出てくるのが草食恐竜だけとは限らないし、安全な家が必要なの! このままじゃ、おちおち寝てられんし、ろくに休息も取れないだろ!」
「そうね……私も竜が闊歩してる場所で野宿はしたくないわ……」
『……半端に小屋みたいにしょぼい家を建てたところで、さっきみたいに恐竜がのっしのっし歩いたら、それだけで潰れるんじゃない?』
レイチェルのサポートAIが言う事も確かに一理ある。
「それじゃあ、まず土地探しからだな。どこか住めそうな場所があるといいけど……」
「あ、それなら心当たりがあるかも……昨日、結構良さそうな洞窟を見つけたわ。日が暮れる直前だったから入らなかったけどね。この近くにあるし、行ってみない?」
洞窟の大きさによっては恐竜は入ってこれないだろうし、いいかもしれない。それに洞窟というのは何だか少年のハートをくすぐられるモノがある。
「レイチェルさんナイス! その洞窟まで行ってみよう。そこまで案内して貰えるかな?」
「確かこっちの方角よ。着いてきて」
レイチェルに導かれ森の中を進み、洞窟と思しき場所までやって来た。
木々の隙間に隠れるように、岩肌にポッカリと空いた6mほどの空洞があった。
「どうかしら? 入り口も大きすぎないし、これなら竜も入って来れないわ」
「おお~! なかなか良さそうだな。とりあえず中に入ってみてみよう!」
洞窟の中に入ってみると、内部はドーム状のスペースになっていた。外観から想像するよりもずっと広い。天井の岩盤も重厚感があり、落盤の心配もなさそうに見える。
洞窟内は外よりも気温も安定しているし、過ごしやすそうだ。入り口の大きさも、大型恐竜が入って来れるサイズではないと思う。当面の活動拠点にするには打って付けの立地条件だ。
洞窟自体は更にまだ奥行きがあり、もっと先まで続いているようだったが、暗くてよく見えない。だが、入り口付近のスペースだけでも、少し手を加えればそのまま人が住めそうだ。何だか秘密基地みたいでワクワクしてきた。
『これは……』
「どうしたニーコ? 何か気になることでもあるのか?」
珍しくシリアスな感じがしたけど、何かあったんだろうか?
『いえ、気のせいでした! あと、あんまり洞窟の奥の方に行かない方が良いですよ。奥の方は暗くてよく見えませんし、縦穴とかあったら危ないです!』
「そうだな。洞窟全体がどれくらいの広さがあるかまだ分からないし、今は入り口近くの確認だけでいいだろ」
「そうね。この辺りで一旦休憩しましょ」
「ああ、やっと落ち着けそうだ」
亜空間ストレージから、昨日採っておいた果実を取り出す。朝から慌ただしくて何も食べてなかったから、お腹が空いた。基本的にはどんなに忙しくても朝飯は抜かない生活習慣なので、これくらいの時間になると自然と空腹を感じる。
近くにあった座りやすそうな形をした石に腰を下ろす。
「ほら、レイチェルさんもお腹空いたでしょ? これ……よかったら食べてよ」
レイチェルにも亜空間ストレージから取り出した果実を渡す。
「ありがとう。でもそれ、どこから取り出したの? そんな荷物持ってるようには見えなかったけど?」
「ああ、これは未来の技術で……いや、妖精さんの加護みたいなもんだ」
『フッフッフッ、ニーコちゃんがやってるんですよー! どやどやー!』
「へぇ、ニーコってそんな事もできるのね! ただの喋る石かと思っていたわ。私に憑いてる妖精さんは、そういう加護みたいなものは何か使えるの?」
『っ! もちろん使える!! 説明するより体験してもらった方が早いと思う! マスター、ちょっと弓を構えてみて』
ここがアピールポイントと言わんばかりの反応速度だった。レイチェルのサポートAIさん、割とダウナー系であんまり喋らない印象あるけど、今、めっちゃハイテンションで早口だったぞ。
「こんな感じでいいかしら?」
レイチェルは言われた通りに弓を構えた。弓を構えるその姿は、まるで一枚の絵のように美しかった。
レイチェル、普段から背筋もピンとしてて、姿勢いいよなぁ……弓を構える姿もすごい様になってる。背も俺とあんまり変わらないくらいあるし、スタイルも良い。まるでモデルさんみたいだ。
『演算未来予測起動……マスターの知覚と同期』
レイチェルの目の前に、まるでバイザーグラスのような半透明のウィンドウが現れた。
「……すごいわ! これって、もしかして矢が飛ぶ軌道?」
どうやら、バイザー越しには矢の軌道が見えているらしい。
『周囲の環境要因、マスターの弓を引く張力、これから起こりうる事象の変化を観測して、矢の軌道を予測してる。難しい説明を省くと、バイザーに表示されてるガイドに沿って射てば、ほぼ必中』
どっかのアニメか漫画でありそうなカッコイイ系の未来機能だな!
「まるで、太陽神の槍みたいね! ……あ、そうだわ! 佳奈多も自分の妖精に名前があるみたいだし、私はあなたの事をルーって呼ぶことにするわね」
『………………』
何かしら反応あると思ったけど、なぜか返事がないんだけど……
『ええっと、N2509号改め、ルーちゃんですが、彼女、感極まって泣いちゃってます! お返事できないようなので代弁させて貰いました!』
思ってたより多感な子だった。しかも声を殺して泣くタイプらしい。
「ふふ、ルーは泣き虫さんなのかしら?」
『ぐすっ、マスターありがとう。これからもよろしく』
さて、拠点となる住居も確保できたし、生活環境も整えないとな。まともな生活をするには必要なものが山程ある。
しっかし洞窟で生活とか、未来に来たはずなのに原始時代に逆戻りだな……