社畜は出会う
「どうしよう……完全に日が暮れちゃったじゃん……」
結局、火を起こせないまま本格的に日が暮れ、辺りは暗闇に包まれた。
先程まで、木と木を擦り合わせ、その摩擦熱で火を起こす摩擦式発火法なんかも試してみたが、火がつく気配はまったくなかったので早々に諦めた。
木をスコスコ擦ってる間、ニーコが、『がんばれ♥がんばれ♥』と煽ってくるのが若干イラっとした。
見上げると、真っ暗な空に数えきれないほどの星が瞬くのが見える。俺の住んでた都内では、高層ビルや人工光のせいで、空一面の星空なんてまったく見えない。それに、こうして空を見上げたのもいつぶりだろう? 星空ってこんなに綺麗だったんだな。
だが、星明り程度では足元すらおぼつかない。今いる森の中も、恐ろしいほどの暗闇だ。
このまま真っ暗なまま、森の中で夜が明けるのを待つしかないのだろうか? 今にも目の前の暗がりから何かが出てくるような気がして、不安になってくる。とてもじゃないが、このままでは安心して休息を取ることなどできそうにない。
『ん? マスター! マスター! あれ見てくださいあれ! もしかして煙じゃないですか?』
ニーコに言われて、目を凝らすと、遠くに煙が立ち上っているのがうっすらと見えた。
自然発生した火災でもなければ、何者かが火を起こしている可能性は非常に高い。動物の中で、火を恐れず、むしろ積極的に扱う事に長けたのが人間だからだ。
「まさか、あそこに誰かいるのか?」
『その可能性は十分ありえると思います! ノアに時間跳躍した他の人かもしれません! 第一ノア人発見ですよ! 』
「俺以外のこっちに飛ばされた人間ってことだな。よし、とりあえず行ってみるか」
わずかな星明りを頼りにして、立ち上る煙を目印に蔓草や木の根に躓かないよう、慎重にその方向に移動する。
しばらくすると、うっすらと明かりが見えてきた。期待通り……それは暗闇を照らす炎の輝きだ。
近くまで移動すると、焚き火の近くに誰がしゃがんでいる。やはり人間だった。
声をかけようと近づくと、足元にあった小枝を踏み折ってしまい、パキリと乾いた音がした。
「そこにいるのは誰!?」
俺の接近に気づいたのか、焚き火の近くにしゃがんでいた人物は立ち上がり、弓を構えこちらを威嚇してくる。
それは十代後半くらいの女の子だった。
焚き火の明かりを反射するように輝く、キラキラとした金色の長い髪と、澄んだ色の青い瞳。どうやら日本人ではないらしい。それに服装もロビンフットを思わせる、中世の狩人のような服装だ。少し気の強そうな感じがするが、整った目鼻立ちに、可憐な唇。こちらを警戒しているせいか表情に険があるが、とんでもないレベルの美少女だった。
どうしよう……俺、英語とかまったく喋れんぞ。でも、さっきこの子、日本語で喋ってなかったか?
『あ、言語の方はAI側で自動翻訳してますから大丈夫ですよ。向こうもノアに飛ばされてきた人間ですし、あちら様の担当AIがマスターの言葉も自動翻訳してくれるので言葉は通じます』
言葉が通じるなら何とかなるかもしれない。現在進行形で警戒されてるけど、コミュニケーション取ってみよう。
「ま、待ってくれ。俺は怪しいものじゃない……君も、ここに飛ばされて来たんだろ?」
「飛ばされた? 確かに狩りの途中で、道に迷ってはいるけどね。でも、私は魔女じゃないから飛んだりできないわ。あなたは貴族様かしら? 随分と上等な誂えの身なりだけれども」
ううーん、大丈夫か翻訳機能……何かイマイチ話が通じてない気がするぞ。それに着てるのは、普通に○山のセールで買った安いスーツです。
「俺は貴族なんて偉そうなもんじゃないよ。普通のサラリーマンだ。名前は水島佳奈多……君は?」
「サラリーマン? よくわからないけど、奉公人ってことかしら? 私はレイチェル・オルコット。ペイントンで狩人をしているわ」
レイチェルと名乗った少女は、言葉の通じる人間だと安心したのか、弓を降ろしてくれた。
何となくだが、ちょっと分かってきたぞ。たぶんだが、この子は俺よりだいぶ前の時代から飛ばされて来たんじゃないか? それこそ中世ヨーロッパとかその辺り。服装や言動がコスプレでもない限りはそうとしか思えない。
『あ、ちなみにペイントンはイングランドの地名みたいですね』
「さっきから、女の子の声がするけど、他に誰か連れがいるの?」
『あ、どうも、はじめまして! サポートAIのニーコちゃんです!』
「……さぽーとえーあい? 腕から声が聞こえた気がするわ。あなた呪いにでもかかってるの? それとも魔法使いか何か?」
レイチェルは怪訝な顔をして、俺の左腕を見つめる。
「……ニーコ、もしかしてあの子、何にも説明を受けてないんじゃないか? ニーコのご同輩、職務放棄してね?」
『ちょっと待ってくださいね……あー、なるほど……』
何やら納得した様子だ。
『N2509号……ぼちぼち何か喋ったらどうですか? あなたのマスターを混乱させたくなかったのは、分かります。でも、今なら私のマスターも居ますしフォローできますよ』
『……まじで? やっと喋れる?』
ニーコと似たような声質だが、テンションはだいぶ低めな感じがする。それだけでもかなり印象が違ってくる。おそらく、レイチェルのサポートAIの声だろう。
「わ、私の腕からも声が!! それに何この石! や、やっぱりあなた悪い魔法使いでしょう? サバトに連れて行って生贄にでもするつも!?」
レイチェルの左腕を見ると、先程まではなかったはずの赤い石……サポートAI本体とおぼしき物が細く白い腕に出現していた。混乱の極みに達したのか、半泣きで左腕をばたばた動かしている。
まぁ、中世くらいの価値観ならこういう反応になっちゃうよな……
当時の感覚だと、いきなり自分の腕から声がした場合、そういった超常現象をまず疑うはず。AIが説明と言っても、きっとそれどころではないだろう。レイチェルのサポートAIが他の時間跳躍者と合流するのを待っていた理由も何となく察しが付く。不用意に喋って、彼女を混乱させたくなかったんだろう。
だいぶ錯乱してるみたいだから、俺の方が落ち着いて対応しないと……
「レイチェルさん、落ち着いて! とりあえずそれは悪いものじゃないから! 妖精みたいなもんだから!」
これくらいに話を落とした方が向こうも理解しやすいだろう。イギリス人だし、そういう方便の方が馴染み深いはず。
「妖精? ここっておとぎ話に聞く妖精郷なのかしら? 私、妖精に拐われてしまったの?」
拉致されたのは正解です!
『驚かせてごめん。そして、はじめまして私のマスター。そこのおっさんが言うように私は妖精みたいなもの。どちらか言うとお助け妖精だから落ち着いて欲しい』
何この失礼なサポートAI? まだギリギリ二十代だからおっさんじゃないもん! でも、話を合わせてくるのはナイスだ!
「まぁ、似たようなもんだ。俺も拉致られ……じゃない、ここに迷い込んでしまってね。誰にも会えず途方に暮れてたとこなんだ」
『マスター! とりあえず、時間跳躍やら元の時代に帰れない事はとりあえず黙っときましょう! 今言っても余計に混乱するだけです。テキトーに話でっち上げて上手い事丸め込んでください! あ、ちなみにこの会話、オフレコなんでレイチェルさんには聞こえてません』
頭の中で声がしたと思ったら、とんでもねぇ悪だぜ! うちのサポートAI!
まぁ、ニーコの言う事にも一理ある。詳しく事情を説明するにしても、もう少し落ち着いてからのほうが良いはずだ。それに、未来の世界だとか時間跳躍だとか言っても理解して貰えないだろうし。
「この石から聞こえるの声は、ここに住んでる妖精たちだ。俺たちが妖精郷から出る手助けをしてくれるらしい。俺も一人で心細かったし、一緒に行動しないか? 二人のほうが何かと出来ることも多いはずだ」
「……あなたのことを信用するかはともかくとして、確かに、私一人きりよりマシかもしれないわ。それに、私より何か事情を分かってそうだし」
「今は説明が難しい事が多いけど、納得してくれないかい? 少なくとも騙したりするつもりはないよ」
少し葛藤したようだが、こちらの言い分をある程度、納得はして貰えたようだ。彼女も見知らぬ場所で一人というのは不安だったはずだ。お互いに藁にもすがる思いというのもあっただろう。
『私もお手伝いする。マスター』
レイチェルのサポートAIも彼女を安心させるように続けて声を出す。
レイチェルは自分の左腕……サポートAIの本体である石に指を這わせ、感触を確かめるように撫でた。それで少しは落ち着いたのか、納得するように言った。
「妖精って本当に居たのね……もうおとぎ話を信じるような年頃じゃないけど、世の中って不思議ね……うん……ありがとう、少し落ち着いたわ。あなた達に悪意がないのは何となくだけど伝わったわ」
「とりあえず、交代で火の番をして休憩しよう。何かあるかもしれないし、そっちの方がいいだろう」
レイチェルには黙っているが、ここには恐竜や猛獣もいるのだ。火を炊いているからといって襲われないとも限らない。
「そうね……そうしましょうか。ここから脱出するまでよろしくね、佳奈多」
可憐な笑顔で、にっこりと手を差し出してくる。
……これは握手か!!
しかし、年頃の娘さんに名前で呼ばれるのヤバイねこれ! しかも、相手がとびきりの美少女! ただ呼ばれるだけでもドキっとしちゃうよ。正直、異性との会話とか職場のお局様くらいとしかなかったからな!
「ああ、こちらこそ」
握り返した手は、とても柔らかかった。
……キャバクラにハマる、おじさんの気持ちがちょっと分かりました。
そうして焚き火の明かりに照らされ、一日目の夜は更けていった。