社畜はごはんが食べたい
「で、コンビニはどこにあるんだ?」
腹ごしらえ……朝は大体、セ○ンイレブンでサンドイッチとコーヒーというのが俺の定番コースだ。
人類復活計画なんて御大層な計画立ててるなら受け入れ体制もバッチリだろう。このサポートAIさんとやらにお任せしとけば、きっと未来的な都市とかに誘導してくれるはず。
『えーーっと……ないです!』
おっと、さすがに西暦五千年の世界じゃコンビニなんて概念はないのか。もっと先進的になってるのかな?
「じゃあ、四次元ポケット的なヤツがあって、ド○えもんみたいに便利道具を色々取り出したりできるとかか?」
『それもないです!』
「え、じゃあご飯は?」
『ですから、さっき探しに行きましょうって言ったじゃないですかー』
なんで昔あったテレビ番組みたいに、いきなりサバイバルみたいな事やらされるんだよ。文明社会というぬるま湯に浸かりきったアラサー手前のおっさんにそんなの無理に決まってるだろう。
「……もしかして、時間跳躍できるようになったから、何の前準備もなしで、喜び勇んでとりあえず呼び出したとか言わんよな? いや、さすがにないよな? 最低限度の衣食住くらいは用意してるんだろ?」
『………………』
AIさんから答えは帰ってこない。長い沈黙が場を支配する。
「な、なぁ? 俺の目を見て正直に答えてくれ。まじで何の用意もしてなかったの?」
石に目があるかはともかくとして、自分の左腕と目線を合わせるようにじっと見つめる。
『そのとおりでございます!! ぶっちゃけなんの準備もなく呼び出しちゃいました!』
沈黙と俺の視線に耐えかねたように思いっきり言い切られた。
「君たち、AIなのにさっきからやることなすことザルすぎじゃない?」
『し、仕方ないじゃないですかっ! マザーAI曰く、時間跳躍システムの開発に演算力の大半を費やしてて、そこまで手が回らなかったそうなんです! 環境の方は自動調整は続けて来ましたから、人が生きていく分には問題ないはずだから大丈夫とか言ってましたし……あと、時間跳躍対象のノアへの転送座標もめっちゃ適当に指定してました。今いる場所って、近くに絶滅前の人類……ええっと、旧人類様の遺構とかもないんですよね』
想定の三倍くらいザルだった。
「責任者出てこい! そのマザーAIさんとやらに直接お問い合わせさせろ!」
『ぐすん、私の方もさっきからマザーAIに何度もコール掛けてるんですが、何故か分からないけど全然繋がらないんです!』
AIさんはメソメソと泣き始めてしまった。
これクレーム対応を上司に丸投げされた社畜そのものじゃん……マザーAIさんはブラック上司かよ。俺にも似たような覚えがあるし、同情しちゃうよ。
それに何か俺がいじめてるみたいになっていたたまれない気持ちになってくる。悪いのは向こうのはずなのに女の子の涙には勝てない! ずるい! でも、見た目は俺の腕に引っ付いてる石だから性別が女の子かすら怪しいし、実際には涙とか見えないんだけどね。
「と、とりあえずだ。ここでぐだくだしてても仕方ないし、食べれそうな物と水を探しに行くか」
ここでAIさんに文句を言っても仕方ない。
『そうですよー! 前向きに行きましょう! あ、食べ物はともかく、水なら探さなくてもそこにありますよ。ほら、目の前に』
めっちゃ切り替え早いなAIさん! ……さっきの実は嘘泣きなのでは?
言われて目の前を見てみると、海……とおぼしき海岸線が広がっている。目覚めたときも思ったが、水際は白浜が見えるほど澄み切っており、沖は光の屈折からエメラルドグリーンでとても美しい。
って、そうか。ここはコロニーの中だから、これが海とは限らないわけか。宇宙に移住するのにわざわざ飲料不可の水を大量に貯水する意味もないしな。
波打ち際まで移動し、手で水を掬ってみると、ひんやりと冷たい。飲んでみると、海水のような塩辛さはなく、清涼な感覚が喉を潤す。
「これなら、水の心配はしなくてよさそうだな……ってことは後は食べ物か。でも困ったな。何を探せばいいかまったく分からん」
自慢じゃないが、俺は都会育ちである。コンクリートジャングルの住人だから、自然界で何が食べれるとかいう知識はまったくない。
ついでに言うと自活能力もまったくないからな! 料理下手くそでもコンビニで買っちゃえばいい~し。
『あ、そこはご安心を! 私が何とかしちゃいますよ! サポートAIですから!』
やっとサポートAIらしい事をするのかと期待するが、こいつらめちゃくちゃザルである。ここまでの言動や実績を考えると大して期待できない。
『ジャッジャーン、未来型鑑定眼~! さて、マスター。何でもいいので、ちょっとそのへんに生えてる木とか見てくれませんか?』
特に変わった様子はないが、言われた通りに辺りを見回す。
今いる浜辺の裏手はちょうど鬱蒼とした森になっている。その中で緑色の実をつけている木があったので、それを目を凝らしてみてみる。
すると、目の前に半透明の薄い四角形のウィンドウが現れた。
【オリーブ】
モクセイ科の常緑高木。
果実はオリーブオイルの原料になるほか、食用することも可能。
木材としても有益であり、装飾品や道具類の加工に適する。
これって、俺が見てる木の情報か? すげぇ、さっきまであんなに残念な予感しかしなかったのに、いきなり未来っぽくなったぞ!
「なにこれすごい。やればできるじゃん未来の技術!」
『マスターの視覚と、私の持ってるデータベースをリンクさせてみました。これなら見ただけで、食べれるかどうかも分かりますよ! あ、植物以外にもちゃんと対応してますからね!』
これなら食べれるものの判別も何とかなりそうだ。
さらに未来型鑑定眼を起動したまま周りを見回すと、食べられる植物が豊富に生えている事が分かった。
「ホントはやればできる子だったんだな……おまえ」
『そうですとも! えっへん!』
ううーん、これだ。さっきから何か引っかかる。AIではあるけど、人様におまえっていうのめっちゃ失礼じゃない?
「あ、そうだ……型番なんて言ってたっけ? 最初に聞いた気がするけど忘れたわ」
機械とかの型番って暗記しにくいよな。
『N2115号ちゃんですよ! ちなみにちゃんは型番に入りませんよ?』
「ずっとおまえとか言うのも何だか気持ち悪いしな。安直な語呂合わせですまんが、ニーコって呼ばせてもらうぞ」
こんだけ人間味溢れるAIをずっとおまえとか言い続けるのは抵抗があるし、名前が合ったほうがコミュニケーションも取りやすいしな。
『2115……ニーコですか! いいですね! 何かカワイイ感じがします! めっちゃ気に入りました!』
AIさん改め、ニーコは確かめるように自分の新しい名前を呟くと、嬉しそうに言った。どうやら喜んでもらえたらしい。
「長い付き合いになるかもしれんし、改めてよろしく頼む」
『大船に乗ったつもりで、ニーコちゃんにドーーーンっと任せてくださいな!』
「よっしゃ、この調子で、食えるものガンガン集めるか!」
それから未来型鑑定眼を駆使し、森の中で食べれそうな植物を探した。果実、野草、きのこ……豊富な種類の食べれそうな植物が見つかり、森が豊かであることが伺えた。確かにこれなら人が生きていくことも十分に可能だろう。コロニーの環境も自動調整していると言ってたし、人間が生活するのに問題ないというのも、あながち嘘ではないらしい。
その中でも生食可能なリンゴやオレンジなどの果実をいくつか集めた。大きなクスノキに背を預け腰をおろす。未知の場所を探索するっていう緊張感もあり、随分と疲れた。リンゴをかじりながら、一息つく。瑞々しく蜜が溢れだし、空きっ腹に染み渡る。
森では、食料以外にも、有用そうなものがいくつか見つかった。ロープに使えそうな蔓草や、繊維が取れそうな麻などだ。食料以外も持ち運びたいが、カバンやリュックなどはない。今食べている、果物ですら、持てる量には限界があるし、嵩張る のだ。
「ニーコ先生、未来の便利技術でパパっと解決できないですか?」
『フッフッフッ、ニーコちゃんにお任せあれ! 荷物に関しては何とかしましょう!』
自信満々に言う、俺の左手首……ニーコがキラリと光った気がした。
『ジャッジャーン! 亜空間すとれ~じ~!』
……名前から大体想像できるけど、やっぱりそういう系の未来技術だろう。
「四次元ポケットないって言ったじゃん! それと、そういう便利なのあるなら最初から出して!」
これは他にも便利機能をまだ隠してそうな予感がする。
『いやぁ、ちょっと勿体ぶった方がありがたみが増すかなって? あと、どこかの猫型ロボットみたいに便利な道具は中に入ってませんし、ただの収納スペースですよ。容量も畳四畳分くらいのスペースに限界重量500kgまでですし』
それでも十分すごいし、今この状況でこの上なく役に立つから問題ない。
「ニーコ、まだ俺に言ってない機能があったら後で絶対教えてね。で、この亜空間ストレージはどうやって使うんだ?」
『恥ずかしいんですけどぉ……入れたいものをニーコちゃんに、い・れ・て☆』
ちょっとイラっとしたので、ご希望どおり、先程もぎ取ったオレンジの実を無言で左手首にあるニーコ本体とおぼしき石の中にグリグリと突っ込んだ。すると、ズブズブとオレンジが吸い込まれていく。
『やんやん、もっと優しく入れてくださいー! やめて! 乱暴にしないで! あとあんまり大きいものは入らないから!』
「……取り出すときはどうするんだ?」
『うぅ、亜空間ストレージに収納するときに異物感あるんで、優しく入れてくださいよ……えっと、取り出したい時は私の方で中に入ってるものをリスト化しますんで、そこから選択してください』
AIはAIで謎の感覚あるんだな。ちょっとイケナイ気分になったし、次からはもうちょっと優しく入れてあげよう。
三秒ほどでリスト化が完了すると、未来型鑑定眼と同じように目の前に半透明の薄い四角形のウィンドウが現れる。どうやら、亜空間ストレージに入ってるものが表示されるらしい。タッチパネル式のようで、ウィンドウのオレンジと書かれた項目に触れると、そこから亜空間ストレージに入れたオレンジが出てきた。
それから、生食に適していて、ある程度日持ちしそうな植物。蔓草、麻、枯れ木、等の何かに役に立ちそうな物を森を探索しながら、亜空間ストレージに格納していった。
「これで荷物の問題はクリアだな……あとは火だなぁ」
俺が喫煙者なら、ポケットにライターのひとつでも入っていたかもしれないが、タバコは吸わないので当然ない。
鑑定してみると、加熱処理をすれば食用可能という表示が出た植物も結構な種類あった。最初に鑑定したオリーブも生食はできるが、加熱しないと苦味が酷い。実際、食えないことはないがあまり美味しくはなかったしな。
今後、食肉を手に入れる機会があるかもしれないし、その時にきっちり加熱しないと寄生虫や細菌感染による食中毒の可能性だって十分にありえる。
それに森の中を探索した時、藪の中から何かガサガサ音がした気がした。気の所為ならいいけど、もし、それが時間跳躍した危険生物……猛獣や恐竜だったなら、自衛のためにもやはり火は必要だ。火を怖がらない生物もいるらしいが、ないよりマシだろう。
『あ、ニーコちゃん、それに関しては無理です。普通に火を出すだけみたいな、あんまり未来的じゃない機能は実装されてないです!』
気づけば徐々に太陽も陰ってきた。街灯なんて当然ないし、このまま日が暮れたら、真っ暗闇の中で夜を過ごすことになってしまう。これは困ったことになったな……