表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

プロローグ

「仕事に行きたくねぇな……」


 そう呟いたのは自宅の玄関――ちょうど今帰宅したところだ。「ただいま」の前に、仕事へ行きたくない想いが溢れだして、自然と言葉が出た。


 スマホで時間を確認すると午前1時。そのままバタリと玄関に倒れ込む。ひんやりとしたフローリング材の感触が気持ちいい。シャワーを浴びて、スーツから部屋着に着替えたいところだが、そんな元気はなかった。


 俺の中では今、睡魔に抗おうとする心と、休息を求める肉体がせめぎ合っている。だって、寝て起きたら仕事だからな……


 ちなみに現在の連勤数は十五日目。連勤新記録更新の真っ最中だ。もう今月も月半ばだというのに休日があった記憶がない。いわゆるブラック企業勤めというヤツだ。労働基準法? なにそれ美味しいの? を地で行くような会社である。


 繁忙期で書き入れ時とはいえ、ここ最近、家に帰るのはいつも終電かその間際になっている。帰って寝る→仕事、の無限ループから脱出できる目処は十五連勤目の今も未だに立っていない。


 社畜歴八年目突入して、仕事にも慣れて来たが、辛いものは辛い。それに、もうじき三十歳の誕生日がやってくる。ギリギリ二十代で若者と言えた境界線を超えてしまうのだ。自分がまだオッサンだとは思いたくはないが、昔に比べて体力も落ちてきたし、体に無理が効かなくなってきた実感がある。


 ふと、ここまで忙しくなる前によく読んでいた小説のことを思い出した。とある社畜が過労による心臓発作で死亡。異世界にチート能力持って転生して、俺TUEEEEみたいな内容だったと思う。自分にもそういう事が起こってくれないかな……と妄想する。


 しかし、健康診断では一切異常なし。「水島は丈夫なのが取り柄だな! 使い減りしないし!」と、鬼畜上司に太鼓判押される程には健康体だ。思い返すと、今まで風邪やら体調不良で仕事を休んだ事もないな。今も疲労困憊ではあるが、体調自体はそこまで悪くはない。


 丈夫な体に産んでくれてありがとう両親。おかげで未消化の有給が限界まで貯まってます。


 まぁ、異世界転生とかチート能力とか贅沢は言わないから、ただ切実に休みが欲しい。欲を言えば南の島で1週間ほど何もかも忘れてバカンスとかしてみたいな……


 眠気に対抗するため頭の中でぐだぐだと妄想を続けていたが、徐々に意識が混濁していく。俺の意識はついに睡魔へ白旗を揚げ、眠りを受け入れた。



■■■■■■■■■■■■



『……の適正を…確認……適合……転送可能』

『これより個体名:水島佳奈多(みずしまかなた)のノアへの転送を開始します。個体番号を設定、自立思考型サポートAIを貸与………』


 ささやくような声が聞こえた。きっとこれは夢だろう。ふわふわとした浮遊感の中、まどろみに身を任せる。


『ようこそノアへ……』



■■■■■■■■■■■■




 何かおかしな夢を見た気がする。ストレスと過労が祟って悪夢でも見たのだろうか? 帰ってきて、そのまま玄関で寝落ちした気がするから、きっと夢見が悪かったんだろう。


 目覚ましアラームの設定をしていたはずのスマホも鳴っていない。まだ、時間があるようなら、せめてシャワー浴びてから出社しないとな……寝ぼけた思考を覚醒させながら、頭を仕事モードに切り替えていく。時間を確認しようと、目をつむったままスマホを探すが見つからない。


 まぶたを開けて体を起こし、辺りを見回す。そこは見慣れた自分の家の玄関ではなかった。


 目の前に広がる景色はリゾート地のような白砂の浜辺に水平線まで見える青い海だった。曇一つない空に眩しい太陽、打ち寄せる波の音が心地よい。まさに南国といった雰囲気の場所だった。


「どこだよここ……?」


 さきほど見た奇妙な夢の続きという線が濃厚だと信じたいが、手の平に感じる白砂の感触、じわりとした熱気を帯びた空気は現実の物としか思えない。


「いや、やっぱり夢だろう……寝直なおそう」


 これは俺の深層心理にある、南の島にバカンスへ行きたいという欲求が見させた夢に違いない。きっと、明晰夢ってヤツだ。本当に目が覚めるまでにはまだ猶予があるはずだし、もう一度寝よう。


『おっっはよーーございまーす! 残念っ! でもこれ夢じゃないんです! 現実です!』


 声がした。しかも無駄に明るくハイテンションで、聞いてるほうが疲れそうなキャピキャピした女の子の声だ。声の主を探し、辺りを見回すが自分以外には誰もいない。


『あ、もしかして私の事探してます? ここにいますよ! ここにーッ!』


 声の発生源を確認すると、ごく近い場所……自分の左手から声がしている。


 見てみると、いつの間にか、左手首の皮膚に鈍く輝く赤い色をした楕円形状の石のようなものが埋め込まれている。まるで腕時計のようだ。特に痛みや異物感もなく、石に触れてみるとツルツルとした感触がした。


『いやぁん♪ マスターのえっち! 乙女の柔肌をそんな風に撫でるなんて……私達まだ出会ったばかりなのに~』


 発言にいちいちイラっとするが、どうやら声の主は自分の左手首に引っ付いてるコレで間違えないらしい。


『まぁ、それは置いといてご挨拶をば! はい、どもー、はじめまして! マスターのサポートAIとして選ばれました、N2115号ちゃんです。よろしくおねがいします!』


「あ、どうも、水島佳奈多です……ってそうじゃないだろ! 俺の腕に引っ付いてるお前はなんだよ! なんで目が覚めたらこんなところにいるんだよ!」


 社畜としての本能から思わず挨拶を返すが、これがどういう状況かさっぱり分からない。目が覚めたら、どこか分からん白浜。さらには自分の腕にはやたらテンション高めの声で喋る謎の石。腕に引っ付いてる石を指差し、矢継ぎ早に疑問を口にする。


『おお~、いい感じのテンプレ反応ですね~。聞きたい事も色々あると思いますが、ざっくり説明させて頂きますので、まずはご静聴くださいな』


 それからこのサポートAIを名乗る怪しげな石からの説明が始まった。


 まず、彼女? が話したのは、この場所が西暦五千年……人類が絶滅した後の世界という事だった。


 人類絶滅の大きな要因は2つ。新型ウィルスの流行と巨大隕石の地球衝突が原因らしい。


「話の流れからして、ここってその西暦五千年の地球? 俺は未来にタイムスリップしたのか?」


『ん~~、前者に関してはノーで、後者に関してはほぼイエスですねー』


 少し考え込むようにして、答えが帰ってくる。


『まずここは地球じゃありません。隕石が衝突する前、人類の叡智を集めて作られた宇宙コロニー【ノア】です。どんな手段を使っても隕石の衝突から逃れられないって分かった時点で、人類は地球を一時放棄して、宇宙へ避難することを選びました。ちなみに地球は今も人類が住める環境じゃないですね』


「ん? 宇宙コロニーに逃げ延びられたなら人類ってまだ滅んでないんじゃないの?」


『ノアも最初は有人でしたよ。先程、新型ウィルスが流行したっていうお話しをちょこっとしたじゃないですか? あれって地球じゃなくてノア内部の話なんですよ。ノアの中で、当時の技術でも治療不可能な状態にウィルスが変異して、気づいたときには全員に感染……手の施しようがない状態になっていました』


 そのウィルスは潜伏期間はとても長いが、感染力が極めての高く、さらに致死性のものだったらしい。しかも、発症するまで一切の検疫をすり抜けるステルス性も備えていた。当時最先端の医療技術でも治療できない、史上最悪のウィルスだったそうだ。


『ウィルスに侵され、絶滅寸前の人々は、お母様……ノアのマザーAIに自立進化機能、環境管理機能、保守機能を最大限アップデートしました。あとはなんとかしてくれーって、AIに丸投げして滅びちゃったわけですね。そこから私達AIは自力で試行錯誤しまして、ついに時間跳躍技術の開発に成功! 人類様復活計画はじめちゃったわけですよ! 』


 どうです? 凄いでしょう? と言った感じのドヤ声で自慢してくる。


「追加の疑問なんだけど、他の方法は試さなかったのか? タイムスリップするより、クローンとかで復活させた方が簡単そうじゃないか?」


 俺の時代でもすでにクローン技術はあった。はるか未来の技術力だったら、容易に人間をコピーできたんじゃない? 新しい技術を開発するより、既存の技術を改良するほうが楽そうに思える。


 それに今いるこのコロニーだって、地球と変わらないほど精巧に作られている。言われなければ、俺もここが地球だと思っていただろう。絶滅する前の人類は、俺が想像しているより科学や文明も発展していたんじゃないのか?


『もちろんそれもシミュレーションしましたよ。でも、先のウィルスで性質の悪いところは遺伝子レベルでの発症、汚染ってところでして、クローン体作ったとしてもムリムリでした。なので時間跳躍で人類様復活計画に切り替えたわけですよ』


 俺でも思いつく事くらいはもう試した後か。


「なるほど、そこら辺は大体分かった。でも、タイムスリップ? というか時間跳躍できるなら、なんでわざわざ過去からの呼び出しなんて回りくどいことを? おまえらが直接過去に行って、この状況を伝えたら、最初から宇宙開発とかできたと思うんだが? それに、そのウィルスだって前もって分かっていれば、もっと余裕にあるうちに対応できたんじゃないか?」 


 わざわざ俺みたいな三十路前の平凡な社畜リーマンを呼び出すメリットないじゃん。


『時間っていうのは大きな河みたいなものでして、流れに逆らって逆上るのは、すんごーく! 難しいわけなんですよ。時間的矛盾(タイムパラドックス)も発生しちゃいますしね。でもその逆……つまり、過去から流されてくる地点を指定するっていうのが、私達がギリギリできる範囲だったんです。それに、誰でも時間跳躍できるわけじゃなくて、適正因子を持ってる人しか飛ばせなかったんですよ。で、マスターはその時間跳躍の適正因子持ちだったわけですねー』


「つまり俺は過去から拉致ってこられたのかよ!」


『さっすが私のマスター!めっちゃご理解がお早い! 人類復活のための礎となってください!』


「俺、完全に被害者なのでは?」


『まぁまぁ、悪いことばかりじゃないですよ? 私っていう超絶かわいくて有能なサポートAIもついてますし。あと、ここなら毎日が日曜日ですよ!』


 可愛いって……君、石じゃん! むしろ俺の左手の一部じゃん! どこに可愛い要素あるんだよ!


 それにどうにも胡散臭いんだよ……毎日が日曜日は確かに惹かれるものがあるが、世の中美味しいだけの話なんてものはない。人の話は絶対最後まで聞かないと大体後悔するんだよ。


『あー、あと最後にですね。大変申し訳ないんですが一つ手違いがありまして……』


 ……何か聞きたくない単語群がずらっと並んだぞ。そういう風に言われた時、大体ろくな目に合ってない! さっきまでの軽快な口調と比べて随分歯切れが悪いし、何となくだが非常によくない予感がする。退勤前に上司から仕事のおかわり持ってこられた時と似たような雰囲気だこれ。


『実はですね……マザーAIが設定ミスって、地球史上の時間跳躍適正持ってる人間以外の生物も全部こっちに飛ばしちゃいました!』


 テヘペロ、ごめんねっ! という軽いノリで言ってるけど、それ割と致命的なミスじゃないの? AIなんだから、普通は検証と確認はバッチリやるもんだろ。


「生物全部って事は人間以外もって事か? ライオンとか熊みたいな猛獣も? AIのくせにドジっ子だな」


『アッハッハ、それくらいだったらよかったんですけどねー……言ったじゃないですか、地球史上って』


「待て。それ……もしかして絶滅した生物も含んでるの? まさか恐竜とかも? 笑い事じゃねぇよ!」


『マスターのお察しが良くて助かります。まさにそのとおりでございます!』


 つまりここは、恐竜や猛獣が跋扈する超危険地帯になってって事じゃないか。スーツだけのすっぴん装備でジュ◯シック・ワールドとか絶対死ぬわ。手持ちの道具なんて、ポケットに入れてたボールペンと手帳くらいしかないぞ。


「拉致のうえに詐欺じゃねーか! ……俺、おうちにかえりたいんだけど? 元の時代に帰る方法とかないの?」


『今のところ、時間を逆上るのは現状の技術じゃムリですね。ごめんなさい! マスター、これも運命と思って受け入れてください!』


「まじかよ……」


 気疲れしたら、ぐーっとお腹が鳴いた。こいつと話して結構な時間が経つし、昨日の晩から何も食べてないから当然か。


『あ、そっか。マスターは生物だから食事と水が必要ですよね。では、気を取り直してまずは腹ごしらえ! ご飯を探しに行きましょー!』


 この日から俺のノアでの生活が始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ