5. 大空洞
「さて……まずはダンジョンを出たいところだが」
俺の声に、ポケットの金属板が瞬いて返事をする。
『出ることはできません』
「……なんだって?」
エイラを取り出して思わず聞き返す。ダンジョンから出られない?
『この世界は全てがダンジョンです。外などありません』
「……初耳だな」
『かつては地上がありました。昼は太陽が輝き、夜は静かに星が照らす、緑に溢れた世界でした。100年ほど前に一つのダンジョンコアが暴走し、無限にダンジョンを広げ続けるようになるまでは』
「……なんてこった。人間達はどうした?」
『町ごとダンジョンに飲まれ、ダンジョン内に集落を作っています。ここからなら3時間ほどの場所に一つありますので、ご案内します』
人間は逞しいな。
それにしても、ダンジョンのみ、ダンジョンの異世界か……
……ちょっとワクワクするな。好きなんだよ、ダンジョン。
『通路を出ると、巨大な空洞です。10時方向に進み、壁に当たったら右手伝いに進んでください。おそらく足場が悪いので気をつけて。地図を表示しますね』
なるほど、このまま壁伝いに行くと崖があるようだ。暗闇の中では落ちかねない。危なかったな。
そうだ、松明はどうかな……と、松明を取り出して小声でエイラに尋ねる。
エイラからは肉声ではなく念話で脳に直接届くのだが、俺からは声に出さないと届かないのだ。
「エイラ、これ点けられるか?」
『召喚陣の近くの通路にあった魔導松明ですね。持ち手の端に指を当てて魔力を流してみてください』
魔力を流すって感覚が分からんが、言われた通りに指を当ててみる。
指から気とか血とかが流れていくようなイメージで集中すると、松明の先に再び幻の炎が灯った。
「お、点いたぞ。これ便利だな」
『大賢者様が量産に成功した魔導具です。今ではその製法も失われているかもしれませんが……』
大賢者についても聞きたいことはまだあるが、今はおいておこう。まずは安全な場所に行きたい。
壁際を離れて大空洞に踏み込んでいく。
地面の岩肌は荒れ、ところどころに滑落しそうな崖もあるが、松明と【暗視】スキルのお陰で問題なく歩けそうだ。
『ここは足場が悪いので大きめの魔物は下にいるのだと思います。それと中央の方は行かないでください。いまは休眠していますが、大空洞の主が居ますので』
広い空間には巨大なモンスターがいる。定番だ。
落ちたら終わりと思った方がよさそうだ。
慎重に足場を選んで進む。
……いるな。
生物の気配を感じる。【気配察知】スキルが仕事をしているようだ。
俺は息を殺して相手を窺う。
2メートル超の人型、毛皮を纏った全身は醜く膨れ上がり、背中を丸めて歩いている。
『ケイブトロルですね。再生能力を持つ手強い魔物です。暗闇に生息するため目は見えてませんが、音に敏感です』
今のレベルで相手をするのはキツそうだ。
幸いにも別方向へ向かっているため、息を殺したまま岩場の影に入るまでやり過ごす。
今だ。
トロルが岩場に入った隙に、音を立てないよう注意しながら足早に通り過ぎる。
…………ふう。
なんとか気づかれずにやり過ごせたようだ。この暗闇は心臓に悪いな。
松明は点けたままなのだが、ここの魔物は殆どが目が見えないため、音にさえ気をつければ問題ないそうだ。
幾度かの魔物との遭遇をやり過ごし、壁に辿り着いた。
壁というより……巨大な岩柱か。これを右手伝いに回っていく。
『この柱を回るとスロープがありますので上まで登ってください。上がれば町はすぐそこです』
もうじきここを抜けられる。
思わず安心しかけたところで、問題が起こった。
スロープは発見した。したのだが……
その登り口付近に何かが居座っている。
体長は50センチほど、丸まってじっとしているが、二本の触覚がたまにピクリと動いている。それが3匹。
『暗闇虫。暗闇でじっと待ち構え、獲物が通ると素早く跳躍して襲ってきます』
……こいつは避けては通れない。このあたりは足場も割と安定してるし、やるか。
動きに注視しつつ、ジリジリと近寄っていく。
一番近い個体の触覚がピクリとこちらを向いた瞬間、地を蹴って突進する。
オラァ!
と、声に出さずに剣をゴルフスイングする。
体を浮かしかけた虫は間に合わずに直撃を受け、二つになって吹っ飛んでいった。
残り二匹の反応は素早い。俺の頭部を狙って跳躍してくる。
にじり寄る間に足場は確認済みだ。バックステップで避け、丁度よい位置に来た虫に向けて剣を振り下ろす。
こちらは両断できなかったが強烈に地面に叩きつけられた。
初撃を避けられたもう一匹は高速で周囲を飛び跳ねている。
慌てずに動きを予測する。
ここだ。
岩壁からこちらに跳ねてきたところを、剣の腹を向けて受ける。
脚を剣に絡みつかせた虫は巨大なノミのようだ。
予想外に硬いものにしがみついてしまって戸惑っているそれを、そのまま体重をかけて地面に押し付け、上から踏みつける。
グチャッと。うええ。
死亡確認……最初のやつは二つになって飛んでいったのでいいか。残り二匹の死亡を確認する。
よし、ノーダメージ。パーフェクト勝利だ。
『やりましたね、コールさん。レベルアップですよ』
周囲に魔物が集まってきている気配を感じる。戦闘音を聞きつけられたか。
確認は後回しにして、岩柱を巻くようになっているスロープを登る。
空洞の天井を横目に、息を切らしつつ足早に登っていくとやがて光が見えてきた。