3. 石版の精霊
狭い通路を進んでいくと、やがて一つの部屋に辿り着いた。
最初の部屋に似ているが中央にあるのは魔法陣ではなく、石版だ。
部屋に入ると、石版が微かに光り出した。
数歩後ずさって見ていると脳裏に言葉が響く。
『…………ようこそ、異界からの旅人よ』
「……どうも。案内が遅いぞ」
今頃になって案内人が出てきたようだ。
しかも自分で隠された案内人を見つけなきゃならないってどんだけハードモードだよ。普通はすぐ出てくるもんだろうに。
案内人のこの言葉は日本語ではない。
異世界言語のようだが、俺は問題なく理解できているし、俺自身も自然と異世界言語で喋っている。
死んで異世界転移した際に記憶に植え付けられたのだろうか。
石版は明滅しながら言葉を送ってくる。
『申し訳ありません。最初は召喚陣のすぐ近くにいたのですが、ダンジョンの妨害……構造変化により引き離されてしまったのです。部屋自体は結界で守られているので無事ですが、召喚陣に影響しないよう部屋を分けていたのが仇となりました』
ダンジョンには意思があり、この石版側の勢力と敵対しているということか。直接破壊できないから部屋自体を隠して妨害したわけだ。
「確認したいんだが、ここは異世界……俺のいた世界とは別物ってことでいいんだな? 俺は元の世界で死んだはずだ。あんたは何者で、俺をここへ呼んだ理由はなんだ?」
『はい、違う世界です。私はあの召喚陣の管理を任されている人工精霊で、エイラです。大賢者レージ様の作った召喚陣は世界の狭間を漂ってきた魂を拾って体を与えています。理由は……分かりません』
人工精霊……AIのようなものか?
ファンタジーのような、SFのような。
まあそれはともかく。
「いや、そこは教えろよ。俺はなにをすりゃいいんだ」
大賢者レージ……日本人ぽいな。そいつが転移者でこういうシステムを作ったならゲーム的なのも納得できる。
だが、ボランティアでそんなことをするわけはない。理由があるはずだ。素直に従うかは別としてだが。
『すみません、知らないのです。召喚された時点で目的は達成しているのでなるべく死なない範囲で自由にしろ、との大賢者様からの言伝を預かっております。また、私自身も転生者のサポートを命じられております』
メインクエストもないとはクソゲーだな……とは俺は思わなかった。
洋ゲーのオープンワールドRPGにはそんなの珍しくもない。むしろ俺の得意分野と言っていい。
だが、一つ気になるな。
「死んだらまずいのか? LPってのは? すでに一回死んでるんだが……」
『あ、はい。LPはライフポイントで、仰る通り死亡するようなダメージを受けた時には転送陣に緊急転送されます。ただしその場合LPを10消費します。それと、肉体の維持のために3日で1消費し、0を下回ると肉体が崩壊し、死亡します。また、転送陣間の転送でも1消費します』
むう。そこを先に説明しろよ。
時間制限つき……あと3日の命ということか。いや、0が許されるなら6日か?
リスポーンできたのはいいが、一度死んでいるのでもう後がない。なかなかハードだな……
「LPを増やす方法は?」
『魂の力を得てレベルが上がれば自然に増えます。魂の力は鍛錬を行うか、ダンジョンの魔物や、他の生物を殺して奪うことで得られます。その他には、命石を使えば増やすことができますね』
「命石ってのは……モンスターが持ってたりダンジョンに落ちてたりするのか?」
『そんな感じです。それと、レベル100まで上げれば魂が定着して肉体が安定しますので、時間での消費はなくなるそうです』
まず3日以内に1レベルでも上げ、そこから3日ごとに上げ続ける……
つまり命石とやらがなければ3日×98レベル=294日。1年足らずでモンスターなりを倒し続けてレベル100まで上げなければいけないということか……
レベルを上げるのがどれだけ大変かは分からないからなんとも言えないが、途中でまた死んだらもっと早く上げなければならないのも忘れてはならない。
「あと、転送って?」
『LPを使って魔法陣間を転送することができます。大賢者様の作られた施設は各地にありますので、魔法陣に触れて魂の情報を登録すれば転送できるようになります』
いわゆるファストトラベルだな。LPを使うなら多用はできないだろうが、ありがたい。
聞くべきことはとりあえずこんなところか?
まとめると、俺のすべきことは当面は生き延びること。少なくとも再びリスポーン可能な10以上には早めに戻したい。
そのためにはまずダンジョンの脱出か。食料や寝床を探しつつ、敵を倒すなどしてレベルを上げてLPを確保する。
『転生者様に大賢者様から贈り物があります。この部屋にある中からいずれか一つお持ちください』
マジか、意外に優しいな。
石版が強く輝き、光の塊が円形に並ぶ。
光は徐々にはっきりとした形を成す……巨大な斧、白紙の巻物、拳大の石、などなどがその姿を現した。
『いずれも強力な魔道具です。岩をも割る威力を持つ斧、周囲の地形を自動で表示する地図、魔力を溜め込める畜魔石……』
ふむ。一通り説明を聞くとどれも便利そうだが、他に欲しいものがある。
「あんたが欲しい」
『…………はい?』
おっと、プロポーズみたいになってしまった。
「石版は部屋の中にある。であれば石版に宿っているあんた自身も入るだろ?」
裏技その一、選択肢無視。
フリーシナリオなRPGでは、提示された選択肢を無視して他の行動を取れる時がある。
俺にとって重要なのはチートアイテムじゃない。情報だ。この世界の情報を教えてくれる存在が欲しい。
さすがに石版を持ち歩く気にはならないからそれだったらやめるけど。
俺の屁理屈に、人工精霊エイラは不規則に明滅を始めた。
『そんなこと……いや、可能ですね。この部屋の生成機能を使って小さい依り代を作って、私がそちらに宿れば……いやでも、私は管理者……』
なんか迷ってるな。言ってみるもんだ。
もう一押しか。
「この部屋は召喚陣から引き離されている。それ以降、俺以外にこの部屋を訪れた者はいるか?」
『…………召喚陣自体は動作していますが、この部屋を見つけた方はいません。あなた以外に』
この精霊、受け答えが妙に人間臭い。意思があると言っていいだろう。石だけに。
「あんたの仕事は転生者のサポートだろう。この隠された部屋でその仕事ができるのか?」
『…………できていません』
「何より、あんたはずっとここに縛り付けられている。外の世界に行ってみたくはないのか?」
俺ならば耐えられない。この人間臭い精霊だってきっと同じはずだ。
石版はしばし明滅を続け……やがてそれが止まると、部屋のアイテムが溶け消えていく。
代わりに落ちていたスマホサイズの小さな銀色の金属板を拾うと、それが明滅して俺に意思が届く。
『大賢者様の定めたルールは確かに『部屋の中のもの一つ』です。私をお持ちください』
「よろしくな、エイラ」
「よろしくお願いします。コールさん」
エイラは柔らかな光を放ち、微笑んでいるように見えた。