1. 転生のデバッガー
「はい、これで全部です。あと、バグではないんですが通常のプレイでは入れないエリアが残ってますね。削除しておいた方がいいかと」
「さすが、仕事が早いですね。ありがとうございます。またお願いします」
ふう。
クライアントとのビデオチャットを終えた俺は霞む目を押さえて次の仕事に取り掛かる。
開発側の都合で仕事がいくつも重なってしまった。
受けた仕事はキャンセルできない。フリーランスの辛いところだ。
俺は新堂浩一、25歳。
フリーランスのゲームデバッガーなどという聞き慣れない商売をしている。
ひたすらゲームをして暮らしたい。
そんな夢を突き詰めた結果である。
そんなので生活できるのか、などという者もいるが、結論を言うとできる。
最初は、自分で営業を掛けて仕事を取ってくる必要がある。
仕事を選り好みしていては信頼は得られない。信頼がなければ仕事はもらえない。
そのため、ブラック企業も真っ青の徹夜続きになることもある。簡単なことではない。
クライアントのツテで、苦手な英語を使いながら海外のゲームスタジオなどからの依頼もこなした。
やがて、迅速かつ正確な仕事をこなすフリーのデバッガーという珍しい俺の存在が一つの異名と共に業界に広まった。
グリッチハンター。
グリッチとは、バグやそれを利用した裏技のことであるが、そのような異名で呼ばれるようにまでになった。ややダサい。
名が売れた俺にはそれなりに仕事が向こうから来るようになった。
お陰で生活には困らないが、ご覧の有様である。超忙しい。
一仕事を終えた俺は休む間も無くマウスを操作し、次のゲームを起動する。
海外のインディーズスタジオから依頼された探索系のオープンワールドRPG。
俺の最も好きなタイプのゲームだ。この手のものは作るのが大変なのだが、海外のインディーズは何年もかけて作り上げるのだ。頭が下がるな。
いつもの手順で、まずは普通にプレイを始めよう。
本編に入る前に顔や体格に至るまで詳細に設定できるキャラクリエイトがある。
ネタキャラにする時もあるが、真面目なファンタジーなので自分に似せた上でちょっとだけカッコイイ感じにしておく。
確か会話シーンでアップになるからな。没入感的には自分に似せた方が良い。散々ネタキャラ作った上で一周回ってそういう嗜好になった。
そして名前は「コール」。これは昔とあるTRPGをやった時のキャラ名だが、思い入れがある。
自分のあだ名である「コウ」ともかけているのだが、元奴隷の石炭係。そんな生い立ち設定をしたのだ。
──と。
そこまで入力したところで、不意に強烈な目眩に襲われた。
……そういえば納期の事しか頭になくて飯すら食っていない。いかん、なにか……
デスクに手をついて立ち上がろうとするが、力が入らずに顔面を打ち付ける。
あ、やばい。まったく体が動かん。
こんなに急に限界がくるとかクソゲーもいいところだ。前兆がないとプレイヤーは理不尽にしか感じないぞ。
そんなことを思いながら、俺の意識は急速に遠のいていった。
────
目が覚めた。
床に寝てしまったか……やばい、納期が。
身を起こすと、見慣れた俺のワンルームではないことに気がついた。
足元には石で出来た円形の土台に魔法陣。鈍く光を放っている。
壁も天井も白く平坦な、病院の一室のような小さな部屋。正面には扉があり、他に出口はない。
俺自身の着ている服も妙だ。自分の着ていた服ではない。
シンプルな……貫頭衣というのか? 布に首を通す穴を開け、脇の部分に紐を通したようなデザイン。
ズボンも似たようなもので、靴も布製だ。
混乱しながら扉を開けると、そこは岩肌の洞窟の中だ。
扉は突き当たりにあったようだ。数人が通れる程度の通路は、壁に一定間隔で架けられた松明がほのかな光源となり深い闇へと続いている。
……ダンジョン? 懐かしいタイプのRPGを彷彿とさせる洞窟である。
なにより気になるのは視界の上部、端に映る赤と青の横棒だ。
……HPゲージとMPゲージ。そんな言葉が浮かぶ。
ゲームのし過ぎで死んだ俺はゲーム世界に入り込んでしまったのだろうか。定番ネタではあるな。
しかし腑に落ちないのは、俺がプレイしていたゲームと設定が違うことだ。
インターフェースが違うしこんなレトロなダンジョンものではなかった。美しい世界を旅するオープンワールドだったはずだ。
「……まあ、いいか。死んだんだし」
死ぬ前に見ている夢のようなものかもしれない。初めて死ぬのでそんなものがあるのかよくわからんが。
「HPゲージがあるならひょっとしてステータスとかもあるのか?」
そのように念じてみると、やはりと言うべきかステータスが視界に表示される。声に出さなくていいのは助かる。恥ずかしいからな。
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コール
レベル 1 LP 10 SP 1 / 10
HP 100 / 100 MP 100 / 100
力 11 体 10 技 13 速 14 魔 10
スキル:
看破Lv1
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ふむ。レベルは1、ステータス基礎値は盗賊寄り、そしてスキルは一つ。【看破】……地味そうなスキルだ。チートスキルとは思えないな。
LP。ライフポイントか? この回数だけ死ねる、ということだろうか。……ちょっと試す気にはならないな……
SPはスキルポイントだろうか。これを消費してスキルを取得する?
……だが、スキルを取得するにはどうすればいいか分からない。念じてみても特になにも起こらなかった。
いや、最大値があり、現在値は1。
今あるスキルも一つ。これはスキルスロットか?
ステータスと睨めっこしながら一通り考えてみるが、これ以上のことは分からない。
ともかく、ゲームであろうが夢であろうが、ここでこうしていても何も始まらない。進んでみるしかないか。
岩肌の通路をしばらく進むと、突き当たりは再び似たような扉があった。
一瞬途中から引き返してしまったかと思ったが、さっきのとは少し違うな。いささか緊張しつつ、開ける。
「……おおっと」
危うく落ちそうになり、たたらを踏む。
扉の向こうには足場がない。
巨大な空間だ。外に出たのか?
明かりは今いる通路にしかなく、闇が深くまで続いている。
明かりが必要だ。通路の松明を一つ外して手に持った。
……不思議な松明だ。火が揺らめいているように見えるが風に影響されず、熱さも感じない。
その松明を縦穴にかざして周囲を照らし、移動先を探る。
壁際に出っ張りがあるな。少し間が広い階段状に足場がある。ここから降りられそうだ。
慎重に足場を確認しながら降りていく。
20メートルほども降りると安定した足場に着地できた。地面か。
ここは外なのだろうか。夜にしても暗過ぎる。月や星すら出ていない。
さて、ここからどうするべきか。
松明では照らし切れない広い空間だ。壁から離れればあっという間に位置が分からなくなるだろう。
闇の中をあてもなく彷徨って野垂死に……ゾッとしないな。
壁際を行くしかないな。
壁伝いに手をつきながら歩く。
と。
明かりの範囲に突然白い物が見え、ギョッとする。
一瞬腰が引きかけるが、よく見ると、壁にもたれるようにしているそれは……死体だった。
完全に白骨死体だ。長年ここにあるのだろう。
服も虫食いによるものかボロボロになっている。
だが……
「剣、か」
右手には剣を握りしめている。両刃の長剣だ。
さらに、腰には小さな袋を提げており、振ってみるとチャラチャラと音がした。コインが入っている。
革鎧を着ているようだが、ガサガサして今にも崩れそうだ。これは劣化していて使い物にならないな。
剣と金、どちらも死人には必要あるまい。
悪いが貰っていこう。