悪役令嬢ですが、婚約破棄されたので全力で笑いますわ!!
「アリシア、今日限りで君との婚約を破棄させてもらう!」
目の前にいるのはこの国の王子、コリン様。
私、アリシアは貴族の娘。幼い頃からこのコリン様の妻となるべく厳しく育てられてきました。
ですが本日、婚約破棄をされてしまったのです。
このコリン様は他の令嬢と恋に落ちてしまい、愛の欠片もない私との婚約を嫌がっていたそうです。もちろん、私の方もコリン様にはこれっぽっちも愛情なんてありませんでしだが。
だって考えてみて下さい。五歳の時に初めて会った時に親たちの勝手な口約束で決められたのです。
国王陛下が私をコリン様の妻にしようとした理由は、私の父との賭けポーカーに負けたからだとか。
もちろん、その事実を知った私は父を激しく問い詰めました。
具体的には父の秘蔵コレクションだったワインを片っ端から飲み、宝物だと自慢していた絵画をオークションに売り出したりと色々して、父が土下座するまで辞めませんでした。
今思えばやり過ぎ……ではないですね。
「あぁ、婚約破棄されてしまうなんて可哀想な私」
世間からは王族から婚約の破棄をされた令嬢というレッテルが貼られ、私はお嫁に行けなくなってしまうでしょう。
貴族社会とは評判が重要。社交場には居場所がないでしょう。
この国で他の令嬢のお友達がいない私のことです。心配してくれるのは家族……いいえ。
「王子様との婚約を破棄されるなんて、なんてことに………アリシア、貴方には失望しましたわ。もう貴方にこの家の名を語る事は許しません」
何よりも外面が大切な継母のことです。
私は家からも追い出されてしまいました。
父は最後まで私の味方をしようとしていましたが、我が家は実質、この継母に支配されているので抵抗できませんでした。
妹と弟がいますが、この二人は継母と父との子供。私が家を追い出されると聞いて大喜びしていました。
こうして私は、王妃としての未来も貴族としての地位や身分、家族すらも失って国外に追放されてしまうことになりました。
いつのまにか、私は王子という婚約者がいるにも関わらず、他の男性に手を出した売女ということにされ、傷心した王子の心を癒した令嬢が新しい婚約者の方だったという話が広がり、私の実家は王子の情けで私を追放することでお家取り潰しを免れたということになりました。
「お嬢様。わたくしが何も出来ずに申し訳ございませんでした」
「いいのよ。乳母のカナンだけでも見送りに来てくれて嬉しいわ」
最早、私の唯一の味方と言ってもいいカナン。他の使用人たちからも良く思われていなかった私をこの乳母だけは大切にしてくれた。
「ですが、わたくしは我が身かわいさにお嬢様をお守りすることが出来ずに」
「カナンには守るべき家族がいるでしょ? 母親一人で子供を育てるためだもの。会えなくなるのは悲しいけど、強く生きなさい。このペンダントを貴方には託すわ」
そう言って私がカナンに手渡したのは母の形見であるペンダント。
「いけませんお嬢様! これは亡くなった奥様の唯一の遺品……。それをわたくしなんかに」
「大切な物だからこそよ。他の誰でもない私のもう一人の母であるカナンにこそ持っていてほしいの。これをいつも肌身に離さずにね。それと貴方の家族にはこれを」
私の名が刻まれたハンカチや髪留めなども一緒に渡す。
「どれもこれも私にはもう必要ないものだから。カナンの家族に必ずこれを渡しておいて。これが私の最後の願いよ」
「お、お嬢様………!」
泣き崩れるカナン。私はそんな彼女を背に国外へと向かう船に乗り込みます。
最低限の手荷物はカバンに入っていますが、渡された路銀だけでは一週間も持たない。
国外追放という名の死刑と呼んだ方がいいでしょう。
こうして、全ての罪を背負った悪役令嬢アリシアは生まれた国を出ました。
ふふっ。
「あはははははははははははははははははっ!!」
すっかりクソッたれな国が見えなくなった頃、私は船の上で大笑いをした。
「泣ける話じゃないですか、お嬢」
近づいて来たのは水兵服を着た男だった。
私の隣までくると、男は帽子と服を脱いだ。脱いだ服の下には上質な生地でできた執事服が着込まれていた。
「冗談でしょセバス? 最高に面白い笑い話の間違いよ」
「儂らからしたら物凄く可哀想なお涙頂戴話なんですが、お嬢にとっては笑い話なんですな」
「当たり前よ。王子の浮気をキッカケに家を追い出されるは罪人にされそうになって死刑よ? 私が仕組んだとはいえここまで上手くいくなんて思わないでしょ」
どこから? と言われたら、王子のあのもやしみたいなコリンの婚約破棄からだ。
新しい婚約者の彼女、私が紹介してあげたのだ。コリンの好みや好きな女性までを調べて仕立て上げた。
報酬として私は婚約破棄をコリンに勧めるように。
だって、コリンのクソッたれは私のタイプじゃないし、身分が上だからって偉そうに。それに何人かの侍女に手を出しているって話だ。
あんなクズに抱かれる前に婚約破棄できて良かった。
新しい婚約者になった令嬢は国内でも有数な黒い噂しかない家の子だったけど、王妃になれるからって疑いも無く飛びついてきた。
次に実家についてね。
勝手に婚約を決めていたクソ親父は論外。お母さんのおかげで国内でそれなりの地位を築いたくせに、お母さんがいなくなったら新しい女を作って結婚。
自分の私腹を肥やすために私を材料に王家に取り入ろうとしたんだから。王子がクズなら国王もクズ。大体、賭けポーカーの景品に自分の子供たちを賭けるんじゃねーよ。そんなんだから国王は配下の貴族の不正を見逃している。
こんな奴らのせいでどれだけ迷惑だったことか。
継母と義弟、義妹たちから離れられて清々した。
継母は化粧が濃ゆくて地位や金にうるさいし、ヒステリックで自分より美しい私が嫌いだった。
義妹は自分がブスなのに私に嫉妬してきて身の程知らずだし、他の家の令嬢に私の良くない噂を流していた。きっと、私に友達ができなかったのはこいつのせいだ。
義弟に至っては寝ている私のベッドや入浴中に事故を装って入ってくる始末。一度は関係を迫ってきたほどだ。
身の危険を感じたわ。使用人の中には家の機密や装飾品を持ち出すバカもいたし。主人が主人なら仕える連中もアホよね。
本当に、あんな環境の中でも私に味方するカナンが聖母に見えた。流石、お母さんが見込んだ女性だ。
「あーあ、カナンも一緒に連れてこれれば良かったのに」
「それについては準備を進めていますから、もうしばらくお待ちを」
「で、セバス。私のダーリンは何て?」
「『船上クルージングでリフレッシュしながらこっちにおいで。式の用意は済んでるから』とのことです」
「さっすがダーリン。仕事が早い!」
「では、我々も式の挨拶やドレスの打ち合わせをしましょうか。お嬢に似合いそうな服を大陸中から集めてますんで」
***
数日後。私を乗せた船が港に着くと、大勢の騎士団が私のことを待ち構えていた。
そして、案内された馬車に乗ると、一人の男性が手の甲にキスをしてきた。
「会いたかったよハニー。何年ぶりかな?」
「私が十二の時だから顔を合わせるのは五年ぶりかしらダーリン。……いいえ、皇帝陛下」
「もう。プライベートくらいダーリンでいいのに。そんな他人行儀に呼ばないでくれ」
もうすぐ三十代になるというのに、子犬のように悲しそうな顔をする男性。せっかくの凛々しいお顔が勿体ない。
第四十九代目の皇帝、シビル・ユーバッハ。
ちっぽけな島国だった故郷の数十倍の大きさの大陸中に名を轟かせる帝国の現皇帝。他国からは覇王と呼ばれている人である。
そんな私と彼がどうして恋人であるかというと、五年前に遡る。
あの頃の私は日に日に迫り来るクズ王子との結婚に怯えながら辛い花嫁修行をしていた。
何度、自らの命を断とうとしたことだろうか。
ある日、王城に呼ばれた私はコリンの相手をするのが嫌で城を抜け出そうとしたことがある。
その時に間違えて私はシビルの部屋に入り込んでしまった。見張りの交代中だったみたいで、部屋の入り口に誰もいなかったからだろう。
そこで私は初めてお母さんと自分と同じ、それ以上に美しい者と出会った。
彼は涙目だった私を心配して話を聞いてくれた。自身の半分以下の歳の少女の話をだ。
「あぁ、なんて可哀想に。君は産まれてくる国を間違えたんだね。僕の国に産まれていれば君は引く手数多の美しく令嬢になれていたのかもしれないのに」
「そうね。わたし、この国に未練なんてないから皇帝様の国に行ってみたかったわ」
私がそう言うと、シビルは「じゃあ、うちにくるかい?」と言った。
私は冗談だと思っていたのだが、王城から実家に戻った後にセバスと名乗る執事が会いに来たのだ。
なんでも、皇帝陛下はあなたを大層気に入った。よければ妻として迎えいれたいと。
ロリコンだと告げると、セバスは爆笑した。その通りです。我が皇帝は初対面の少女を妻にしたいと駄々をこねるロリコンなのですと。
後から聞いた話では、シビルはかつて大好きだった貴族の令嬢がいたそうなのだが、その人は他国に政略結婚させられたとか。そして数年後に亡くなった。
あの時、自分が無理を言ってでもその令嬢に告白していれば……と後悔したらしい。
歳が倍近く離れていても関係ない。想いさえ通じればいいのだと。
まぁ、そのシビルが愛した令嬢の名前がお母さんだった時にはビックリしたけど。
「ねぇ、ダーリン。もう一度聞くけど、ダーリンは私がお母さんの娘だから求婚したの?」
「いいや。君があの人の娘だと知ったのは求婚した後さ。一目惚れしたって言ったら怒るかい?」
「いいえ。私も一目会ったときからあなたに恋していたし、変じゃないわ。でも、それだけで他国の身分も地位もなくなった女を娶る理由がないでしょ?」
「まぁね。決め手になったのは君が出した条件のおかげかな。まさか、あんな少女がこんなことを言うのかって驚いたよ」
そう、セバスに私は伝言を頼んだ。もしも、本気で皇帝様が私を妻にしたいなら私はこうしますと。
『王子から嫌われて、国にも居場所がなくなった悪役令嬢になったわたしでもいいなら妻にしてください。その代わり、いつかこの国全員を見返してやりたいので協力して下さい』
そう。この時をキッカケに私の盛大なる計画は始まっていたのだ。
「策略舞う帝国だ。これくらい腹に逸物持ってるくらいじゃないとね? って」
「ご期待には添えるわ。そろそろ、実家の不祥事が世間にバレてる頃だし、潜り込んでいる帝国のスパイたちが王城から機密文書を持って帰ってくるかしら」
「おぉ、怖い。それでこそ僕の妻に相応しい悪役令嬢だ」
「今は身分も地位も戸籍すらないただのアリシアよ。ダーリンの方こそ私の受け入れ準備は大丈夫なの?」
「勿論。親族は説得済みだし、文句を言う家臣は黙らせた。みんな、君を妻にした暁には海の向こうの島国を帝国の領土にしてやると言ったら大喜びさ」
「なら良かったわ。これからよろしくね。ダーリン」
「僕の方こそ。愛しているよハニー」
どちらからとなく近づき、私たちは長い接吻を交わした。
***
一年後。小さな島国は大陸を統一した帝国の従属国となった。
王族を始めとした貴族たちの不祥事が次々と明るみに出て、島国が他国との条約を無視していた機密文書が市民にばら撒かれた。
唯一、帝国と繋がりのあった貴族は既に取り潰されていたこともあり、市民たちの怒りは爆発。力を無くした貴族たちは無敵の帝国兵団相手に完敗した。
戦争の犠牲者も少なく、今までよりも良い統治が始まったことで島国の経済は活性化した。
取り潰されていた貴族の使用人が帝国で雇われたという話もある。
一方で、捕虜にされた王子が皇帝とその妃にあった時に激怒したという報告もある。
「ざまぁみろ」
そう妃が言ったところ、王族と、かつて帝国と繋がりのあった貴族一家は全員、慟哭し、皇帝と妃は満面の笑みを浮かべたという話もあった。(この話については校閲により規制が入っている)
こうして、帝国繁栄は最盛期を迎えた。現在でもこの時の皇帝と妃の肖像画は帝城に飾ってあり、それはそれは美しい夫婦が仲睦まじく描かれている。
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「転生したらモブキャラだったので推しキャラCPを幸せにして眺めたいです!」という連載もやってますので作者マイページからどうぞ。
こちらは甘い学園ラブコメを目指してます。
「最悪な悪役令嬢と婚約しました。誰か助けて下さい!」
こちらは婚約破棄や悪役令嬢が登場する恋愛ものになります。