第六節『デート、その一』
「ロプトさん! どっちがいいですかね?」
日が暮れ初めた頃、エテルノの繁華街の一角では一人の少女がいままでに見たことの無いキラキラした目で俺に迫っていた。
「ねぇ! ロプトさん! 聞いてますか? やっぱり青のワンピースとか可愛いですよね! それともこの赤のブラウスがいいでしょうか! どう思いますか? ロプトさん!」
蒼眼の瞳を大きく広げて上目遣いで訪ねてくるエイルに気圧されそうになる。
エイルのテンションに完全について行けてない。
「その……とりあえずそのキラキラした目はやめてくれ、眩しいから疲れる」
「ひどいですロプトさん! せっかく服を買いに来たんだからいいじゃないですかーーじゃあこの赤のブラウスを着てみますね!」
そう言ってエイルは試着室に駆け込んで行った。
「はぁ、疲れた……」
元の俺は運動はあまりしなかったのだろうか?この短時間でどっと疲れが溜まった気がする。
いや、これはエイルのパワーに負けているだけかもしれないが……
エイルという名の嵐が去り、少し思考に浸っていると大きな鐘の音が響き渡った。
「――あぁ、確かこれは夕刻の鐘。もうそんな時間か」
空を見上げると空が紅く染まり、夜の訪れを物語っていた。
「それにしても、なんで俺はこんな所にいるんだろうなぁ……」
エイルが着替えている間、俺は静かに今日を振り返っていた。
一日前
「さぁ、行きましょう。ロプトさん」
「――行くか」
森から抜けた俺たちはエテルノの城壁まで辿り着いた。
エイルの険しい表情に少し驚いていたが、気を取り直し進んでいく。
エテルノは強固な城壁に囲まれていたが、門は普通に空いており、門番もいないのであっさりと入ることができた。
「エイル、なんでここには門番がいないんだ?」
「簡単な話です。ここは魔法の町、魔獣は結界で入れないし、南の森からくる人間は一度北の門を通っているため、確認する必要がないんですよ」
「俺たちは北の門を通ってないんだけど……」
「まぁ、私たちは例外ですね」
エイルはそそくさと道を進んでいく。
必死にエイルについて行っていると、いきなりエイルは立ち止まり、こちらを見つめてくる。
「え、どうした?」
すると、ぐぅ〜とエイルの腹から音が聞こえた。
「ロプトさん……お腹すいてませんか?」
エイルは薄く頬を赤らめながら訪ねてきた。
「え、俺は……」
そう言われて、お腹に意識を向けるとエイルと同じようにぐぅ〜と、音が鳴る。
まぁ、言われてみれば目覚めてからまだ食事を取っていない。
腹が減っているのは当然だ。
「ロプトさんもお腹がすいているみたいですし、夕食にしませんか?」
「ああ、いいけどその、お金とか持っているのか?」
「あっ、そういえば家に置いていたお金で最後でした。家は壊れてしまいましたし……」
「おいおい、大丈夫か?俺たちまさか、のたれ死んだりしないよな?」
エイルは頭を抱え、う〜んと唸っている。
大丈夫か?これ。
「あっ」
唸っていたエイルが突然顔を上げ、なにか閃いた表情をしている。
「どうした?」
「そういえば! 一つだけアテがありました!!」
そう言うと、キラキラした目で見つめてきた。
「アド爺〜久しぶりです! 生きてますか?!」
「残念ながらまだ生きてるぞいエイル。久しぶりじゃの。今日はどうしたんじゃ?」
ここは、さっきの場所から少し離れた商店街の一角の古物屋である。
どうやら、エイルはここの店長と面識があるらしいので、訪ねることになった。
訪ねてみると、中から小さなおっさんが出てきてびっくりした。
ドワーフ族という人種らしく、ドワーフでは低身長は普通らしい。
身長が低いせいか、少し険しい顔立ちのこの老人も、すごく優しそうに見えた。
「アド爺、実は頼み事があるんですけど……聞いてくれます?」
「まぁ、お前さんの頼み事なら聞いてやってもいいぞ?言ってみなさい」
「実は……」
それから、エイルはさっきまでの経緯を説明した。
その説明にアド爺たる人は、数回頷き、真剣な目でエイルに向き直った。
「そこまではわかった。金がないならそれなりにやるし、宿がないならここにある部屋を好きに使ってくれて構わん。じゃが、そもそもその小僧とお前はなぜここにいるんじゃ?」
「それは――」
すると、急にエイルが口を噤み、下を向く。
心配で声をかけようとするが、アド爺が俺を止めた。
アド爺は自分で言わせたいのだろう。
ようやく決心がついたのか、エイルは再び声を紡ぎ始めた。
「ロプトさんが、一度死んでしまったからですよ!!」
目から涙を零しながらエイルは叫んだ。
「は、ぁ?」
意味がわからない。俺は今ここで生きている。
エイルが言っている事が何一つ理解できなかった。
「――そうか、よし事情は把握したわい」
そう言うと、アド爺は立ち上がり、後にあった扉を開けた。
「とりあえず今日は休みなさい。服は部屋にあるやつを適当に使ってくれていい。あとで飯も持っていってやろう。今日は疲れたじゃろ?」
「――はい」
よっぽどさっきの発言で体力を使ったのか肩で息をしながら、エイルは立ち上がり、扉に入っていった。
「え、ちょっと待てよエイル――」
流石に置いていかれるのは嫌だ。
エイルについて行こうとすると、アド爺が俺に声をかけた。
「小僧、あの子をあまり悲しませんでやってくれ。」
「――」
もちろん俺はエイルを悲しませた記憶なんてない。
だがアド爺の真剣な顔に気圧され、俺はアド爺にお辞儀をすると今度こそエイルの後を追って部屋に入った。