今日は何が食べたい?
「ユーリカ?」
「……」
壁に寄りかかり膝を抱えて身動き一つしない存在にカミューは息を吐いて頭を掻いた。
彼女たちが戻って来てから3日が経った。
ある意味戦えるようになったのであろう少女を全員が元に戻そうとしている。
そしてその少女を壊した張本人は……無気力なまま少女以上に壊れていた。
カミューの目から見てユーリカはもう終わっている。心が死んでいるのだ。
息を吸って吐くだけの置き物だ。
あとは死ぬ時が来るのを待つだけの存在だ。
「お前が望めば喜んで殺してくれる人だらけだ。だから死にたくなったら言え」
「……」
「それかもしここから逃げ出したいのなら、ノイエを連れて出て行け」
ゆっくりと桃色の髪が動いた。
「ホリーが隠し通路を掘った。あれを使えば外に出られる」
「……」
「だからもし逃げ出したいのならノイエを連れて出て行け」
告げて立ち去ろうとするカミューに対し、ユーリカは慌てて口を開いた。
「どうして?」
「当たり前だろう? ノイエを壊したのはお前だ」
足を止めカミューは、そのどす黒い殺意を相手に叩きつける。
「壊したのに何もせず逃げるな。壊したのなら治せ」
「……無理よ」
「何故?」
「……」
開きかけた口を一度閉じてユーリカは小さく息を吐いた。
認めたくは無かった。けれどそう考えるのが自然だった。
「ノイエが望んだから」
「あの子が? ふざけるなっ!」
ズカズカと中に入りカミューは座るユーリカの髪を掴んで顔を上げさせた。
「あの子がああなるのを望んだと言うのかっ!」
「そうよっ!」
泣き叫びユーリカは胸の内を暴露する。
「あの子に魔法施した時に見えた。あの子の心の一端が見えたの!」
「……何を見た?」
「絶望よ」
弱々しい声でユーリカは呟く。
「みんなの絶望よ。あの子はここに居る全員の絶望をその心に宿していた。分かる? 真っ白だったノイエを私たちの絶望が真っ黒に染めていたの!」
「……」
「あの子はああなるように望んだわけじゃない! ただああなるように仕向けたのは私たちの絶望なのよ!」
カミューは彼女の髪から手を離す。
涙をこぼすユーリカは、顔を相手に向けて言葉を続けた。
「私たちの絶望がノイエを変えてしまった。そしてその絶望を形にしてしまったのが私の罪なのよ! 何もかもが間違っていたのよ! 私がこんな魔法を使えることも生きていることも!」
言葉を切ってユーリカは、ただただ涙を落とす。
「全てが間違っていたのよ……私は間違って生まれたのよ……」
「そうか」
カミューは吐き捨てるようにそう言うとその場を離れた。
ユーリカに優しい言葉を掛ける気も起きない。
ここには間違えた者しか居ないのだから。
だから歩きながら思考する。
今、魔女たちがやっていることは無意味なはずだ。
彼女は変えられたのではなく、変わることを望んだのだから。
《だったら》
騒ぎになっている場所には目も向けず、人が寄り付かない場所を探す。
隅に居るのはファシーのはずだから……しばらく茂みを捜索すると、カミューは隙間から覗かせている人の足を発見した。
「起きろエウリンカ」
「ふぁいっ!」
軽く指を鳴らしながら声をかけると馬鹿な女が目を覚ました。
顔面が崩れれば良いと殴ったはずなのに……彼女の顔は元に戻っていた。
それはそれで何となくイラッとする。
「何事かね?」
「黙って殴られろ」
「もう許してくれ!」
足に抱き付き必死に命乞いをして来る相手にカミューは苦笑する。
「なら交換条件だ。お前に頼みたい仕事がある」
「……詳しい話を聞いても良いかね?」
「ああ。説明する。ただし」
ジロリと相手を睨んでカミューは口を開いた。
「失敗したらその時がお前の命日だ」
結果としてエウリンカの仕事は成功した。
問題はユーリカが死を望み……当初の発注とは別の内容になったぐらいだが。
「カミュー?」
「どうしたノイエ?」
触覚のようなひと房の毛を震わせ、ノイエは目の前に居た姉に抱き付く。
甘えているのに少女の表情は動かない。無表情のままだ。
「ユーは?」
「……ああ」
一瞬誰か分からなかったが、カミューは理解し少女の頭を優しく撫でた。
「彼女は仕事で別の場所に行った。しばらくは戻らんよ」
「はい」
「分かったのか?」
「はい」
言葉数が減り『はい』が増えた少女……カミューはそっと相手を抱き上げるとその頬に自分の頬をくっ付けた。
「心配するなノイエ」
「はい」
「お前は私が守る。今度は必ずな」
「はい」
コクンと頷いて寄こす相手が本当に理解しているのかは分からない。
けれどカミューは少女を信じた。
この子は本来決して馬鹿な子では無いのだから。
だから余計に怖い。
本当は全てを知っていてこっちを試しているのではないのかと……そう思ってしまうのだ。
「さあノイエ。夕飯の準備を始めるぞ」
「はい」
「今日は何が食べたい?」
「お肉」
「そうか野菜か」
「……お肉」
「野菜だな?」
「……はい」
相手の圧に屈してノイエは渋々従う。
グシグシと少女の頭を撫でてやり、カミューは少女を連れて夕食の準備を始めた。
「どういうことだっ!」
留守にしていた監視は戻るなり自分の知らない実験の結果を知ることとなった。
「黙りたまえ。アルフレット」
「ゾング……?」
隠そうとしない殺気に椅子に座る男が忙しなく組んだ指を動かす。
「実験は成功したのだ」
「成功だと? これの何処がだっ!」
適当に書かれている報告書に彼は声を荒げる。
余りにも酷過ぎる。
自分が留守にしていただけで、何人の者たちが命を失った?
そして2人も精神を壊され放置されているのだ。
「今後は一切許さんぞ?」
「許さないだと? 何を言っている?」
怯えているのに必死に虚勢を張るゾングは相手を睨んだ。
「ウイルアムが完全に手を引いたと知らない訳ではあるまい?」
「……彼は引いていない」
「だがもう発言権は無いのだ!」
騒ぐ馬鹿はある程度理解しているのだと彼は気付いた。
自分たちは……元宰相派は完全に邪魔者と化したのだと彼は理解した。
「今後は向こうからの指示で動く。良いな!」
「そうか……分かった」
その瞬間彼は見限った。全てをだ。
クルリとゾングに背を向け彼は歩き出す。
「何処に行く?」
「監視だよ」
足を止めて彼は肩越しに相手を見た。
「それが俺の仕事だ」
(c) 2020 甲斐八雲
心の傷を癒すために奮闘し続けたノイエは自分の心を病んでいた。
結果…ファシーの声とユーリカの魔法がトリガーとなって壊れた。
だったら記憶を消せば良い。それがカミューが下した結論だった。
記憶を消すことでノイエから絶望を取り除くと言う方法で、若干回復したノイエ。
それでも感情と表情は失ったままだけれど…




