戦死したそうだ
「どれもパッとしませんね。先生」
「上級貴族の子弟が揃って求婚して来ているというのに……本当に私の弟子は恐ろしい娘だな」
カラカラと笑う学院長は、赤毛の弟子が投げて返して来た見合いの申し込みを記した書類をゴミ箱へと放り込んだ。
「地位だけでは私の琴線を震わせることなど無いのです」
「だろうな。ならばお主はどんな異性に心を震わせる?」
「さあ……今までに一度として震えたことが無いので分かりません」
正直に答えてアイルローゼはカップを手にすると紅茶で喉を潤した。
国境近くでは兵たちが死に物狂いで戦っているというのに、王都に残っている貴族の子弟は頭の中で花畑でも作っているのか……武器となる魔道具を作っている魔女に対して求婚して来る日々なのだ。
最悪なことに地位だけは高いので、返事は近々にと言う言葉まで付いて来る。
お陰で作業の時間を減らされ、アイルローゼはこうして見たくも無い物を見せられるのだ。
心ここにあらずと言った様子の弟子を見つめ……バローズはその口を開いた。
「疲れた顔をしているなアイルローゼ。ちゃんと寝ているのか?」
「そのお言葉は先生にお返しします。私以上にやつれて見えますが?」
「仕方あるまい。二方向から兵が進んで来て国を奪おうとしている状況だ。陛下からの呼び出しがあれば王城に出向いて話を聞かねばならない。それに……」
彼は苦い表情を浮かべて息を吐いた。
「学院に居た者が戦場に出て死んで行くのだ。これほど辛いことは無い」
「……そうですね」
呟いてアイルローゼは両手で持つカップを降ろした。
「お前の所の彼女も?」
「はい。婚約者を亡くしそれ以降……学院にはあまり来ていません。たまに顔を覗かせますが、今にも死んでしまいそうな表情で」
「それが今のこの国の現状だ。若者が死に、希望も何も無い。本当に辛い時世だ」
「はい」
軽く頷いてアイルローゼは窓の外へと目を向けた。
自分がこの学院に来た頃は、数多くの実験が毎日のように行われ……それこそ幾重にも窓から煙やらが立ち上っているのが普通だった。それが今では窓などは硬く閉じられ、空室が目立つようになった。
魔法を教えるべき教員や講師も戦場に駆り出され、何より学院生も従軍を余儀なくされているのだ。
「……先生。私はそろそろ」
「悪かったな。仕事の邪魔をして」
「いいえ。ある意味これも仕事の一環だと理解していますので」
軽く会釈をして、アイルローゼは師である彼に背を向けた。
ゆっくりと歩き扉のノブに手を掛けると……どこか疲れた様子のため息交じりの声が響いた。
「お前はポーパルと知り合いであったな?」
「……はい」
足を止め扉を見たままアイルローゼは息を止めた。
「戦死したそうだ。敵陣の偵察に出向き罠にはまって」
「……そうですか」
答えてノブを捻って魔女は外へと出た。
早く戻らなければいけないと分かっていた。
だがアイルローゼは中庭の椅子に腰かけただ空を見上げていた。
ポーパルが死んだ。
彼との出会いは女子寮を覗かんとする一派との戦いの最中だった。
毎日のように玉砕しては、女子たちにリンチ……罰を受け続けていた大馬鹿者たちだった。
自分が防戦に加わるようになってからは、望遠の魔法の研究を続け……遂には屈折させて覗くというとんでもない魔法を作り出したのだった。
余りにも鮮やかな魔法だったから、アイルローゼはしばらく入浴を控え彼らの好きにさせた。ただ調子に乗って男子たち総出で覗きを始めたから明かりの魔法での目くらましで地獄を見て貰ったが。
そんな馬鹿をした彼はもう居ない。この学院にも、この王都にも、もう居ない。
「私だっていつかは死ぬのだろうけど……」
人である以上いつかは必ず『死』は迎える物だ。
それでも自分がどこでどんな風に死ぬのかなど分からない。分からないからこそ必死に生きるのだ。
「あはは~。アイルローゼ~ど~したの~?」
「シュシュか」
「ほ~い」
いつもと変わらずフワフワなシュシュが踊るようにやって来た。
彼女と幼馴染のミャンは徴兵を免れている魔法使いだ。王都での決戦に備え、護りに適した人材を失いたくないという貴族たちの判断でだが。
「ミャンは?」
「ん~? 何か~真面目に~魔法を~教えてる~」
「そう」
フワフワと揺れるシュシュは、クルッと回って足を止めた。
「どうか~したの~?」
「ポーパルが戦死したそうよ」
「……そっか~」
またフワフワし始めたシュシュも空を見上げた。
「みんな~先に~逝っちゃうね~」
「そうね。でも仕方ないわ」
「ん~?」
「私たちはこんな場所に居て生かされている。でも彼らは戦場に出されて戦っている。どっちが先に死ぬかなんて分かり切ったことだわ」
「だね~」
フワフワと風に揺れて……シュシュはまた動きを止めた。
「もし~」
「……」
「もし~わたしに~アイルローゼ~ぐらいの~才能と~力が~あったら~」
「どうするの?」
「決まってる~」
ポロッと涙を溢して、シュシュは笑った。
「きっと~恐ろしい~魔法を~作って~しまう~かも~」
「……馬鹿ね」
「うん~。わたしは~馬鹿~だから~」
止めていた足をまた動かし、シュシュは流れるようにその場を離れていく。
軽く額に手を当てたアイルローゼは……深く深く息を吐いた。
「気づいているのかしら? まさかね」
自身が研究している終末魔法……そのことをシュシュが言っているのなら、たぶん今の言葉は警告の類なのかもしれない。
それでもアイルローゼは作ると決めていた。
ゆっくりと椅子から立ち上がり……魔女はそっと中庭を見渡す。
この場所で披露できる類の魔法では無いと自覚しながら。
(c) 2019 甲斐八雲
末期状態のユニバンス王国時代のお話ですね。
これから間もなくアイルローゼはあれを作り出し幽閉されます。
そしてあの日を迎えて…結果として戦争は終結するんですけどね。
ただ仲間たちが死んで行く日々って言うのは…書くことは出来ても想像出来ないですね




