ふざけるのも大概にしてください
「めずら、しい」
「あら? その声はファシーね」
「は、い」
「ん~。あら? 貴女も心地の良い心音をさせているわね」
クスクスと笑うセシリーンは、入り口から顔だけを覗かせ様子を伺って来る小柄な相手に顔を向ける。
「まだ雑音が酷いけど、でもここ最近だと思い出せないくらいに穏やかよ。それも彼のお陰?」
「は、い」
「あら? そんな嬉しそうに胸を震わせるなんて……ファシーも女の子ね」
笑うセシリーンに警戒しながら、ファシーは中に入り彼女に近づく。
余り近付き過ぎないようにするのはファシーの癖だ。
もし笑いたくなってしまったら、相手を傷つけてしまうから。
「どう、して?」
「私がここに居るのは不思議?」
「は、い」
「今回だけよ」
言ってセシリーンは見えない目を外に向ける。
可愛いノイエは空腹を紛らわせるために食事中だ。お風呂と食事は食事を優先したらしい。
次いでセシリーンは耳を澄まして彼の音を探す。
兄との対話を終えた彼が、ニタ~と悪い感じで笑っているのが伝わって来る。
彼らしい悪だくみでも思いついたのだろう。ならやはり最後まで関わって居たい。
「自分が携わったことだから、最後まで付き合おうと思ったの」
「そ、う」
「それに」
クスクスと笑い、セシリーンは顔をある一点に向ける。
ファシーもつられて視線を動かし、それを見てギョッとなった。
アイルローゼが頭を抱えて、額を床に打ち付けているのだ。
何をどうしたら、あの絶対君主である魔女をあそこまで追いつめられるのか?
「アイル"で"遊ぶのは楽しいから」
「……だから、誰も、居なかったん、だ」
「ええ。アイルの可愛い姿が見れるのにね?」
クスクスと笑って居られるのは彼女ぐらいで、大半の者はその後の魔女の仕返しを恐れたのだ。
ファシーは少しの間だけ悩むと、その場所から逃げ出し……離れた場所で床に座り膝を抱いた。
『彼がお嫁さんにしてくれた』
その事実だけで胸がいっぱいで、幸せな気分で居られるから……しばらくは表に出なくても良いとさえ思った。
結局セシリーンは、しばらくの間アイルローゼを玩具にするのだった。
執務室を出て行く馬鹿兄貴を見送り、僕もソファーから立ち上がった。
次の準備が必要だ。出来たらホリーお姉ちゃんに手伝って欲しい気がするけど、お姉ちゃんに頼むとその後の請求がキツイ。具体的には搾られる。根こそぎ搾り尽そうとして来る。
出来るだけ1人で頑張って、最後に確認がてらチェックして貰おう。そうすれば1回で済む。
「とりあえずキシャーラのオッサンと話をつけないとダメか」
軽い足取りで向かう先は迎賓館だ。
うちのモミジさんを拉致して勝手に連れていった落とし前は、ちゃんと付けないといけません。
具体的に言うと……拉致した相手をモミジさんじゃ無くてフレアさんにして貰うだけのこと。
(彼女が最初から王都に居なかったと言うことになれば、今回の騒動の根底がひっくり返るはずだ)
それでも勝手に王都を出て行ったことは問題になる。
どっちに転んでもフレアさんにはそれ相応の罪を背負って貰うことになるなら……少しでも軽い罪にするのが上司としての務めだろう。再雇用先はメイド長と相談かな。
あ~。ノイエが復活する前に終わりにしないと。
「何かご用です~?」
共和国の駐在大使から謁見を求められ、キャミリーは珍しくちゃんと王妃をしていた。
畏まり膝を着く大人たちを見ながら、ブラブラとはしたなく両足を振るっているが。
「はい。キャミリー様」
「何です~?」
「実は本国からこのような書状が」
大使が大切そうに懐から取り出した手紙を、王妃はメイドに命じて持って来させる。
流石に大切な手紙をただのメイドに手渡すのを一瞬嫌がった彼だが、直接渡す無礼も出来ず仕方なく長身のメイドに預けた。
「ふむふむです~」
受け取った手紙を開いて少女はその中を見る。
内容は……本国の"馬鹿"共らしい言葉が並んでいた。
「現在ユニバンスは内部的に混乱状態にあります。ですから我らはこの機に乗じて、ユニバンス王都の制圧を命じられました」
畏まり告げて来る大使に、キャリミーは可愛らしい笑みを向けた。
「無理です~」
「無理ではございません。こちらには信じられないような強さを誇る化け物が居ます。それを王都内で暴れさせ、その隙に現国王とその弟たちの首を取れば」
「確かに出来るかもです~」
バタバタと足を振ってキャミリーは認めた。
確かに出来るかも知れない。ただ彼らは知らないのだ。この国の強さを。
「成功した折には、キャミリー様が一時的に王位を継ぎ、後に本国から相応しい者を遣わします。すればこのユニバンスは共和国の物です」
「あはは~。夢物語です~」
「何を言います? 必ずや達成します」
大使は何度も本国と打ち合わせをし、成功すると踏んでの行動だ。
不安があるとすれば、一時的に女王とする少女が……余りにも知恵が足らないことぐらいだ。
今も謁見中だと言うのに足を振ってはしたない行動をしている。これが国家元首の血を引く者とは、母親が悪かったとしか言いようがない。
「何より本国からの、ご家族からの命令ですぞ?」
「家族……です~」
ブラブラとしていたキャミリーの足が止まった。もう十分と判断したからだ。
『こほん』と小さな咳払いが響くと、椅子に座っていた少女は……本性を見せた。
「……ふざけるのも大概にしてください。私の家族はこの国に居ます」
「なっ!」
相手の突然の変貌。
大使も、共に来た部下たちも、それを初めて見る。
ピンと背筋を伸ばし、その表情を正したキャミリーは微塵も隙など伺わせない。
どこに出しても恥ずかしくない令嬢……王家の者としての振る舞いと威厳が、それとなく醸し出ているのだ。
彼らは目の前で座するのが、ユニバンス王国の現王妃であると言うことをようやく理解した。
「共和国の家族? 出産時に私の命とお母様の命を天秤にかけ、『ユニバンスに対して使うのだ』と言う理由だけでお母様を見殺しにした人達のことですか?」
冷ややかな目。冷たい口調の少女に、大の男たちの背筋が凍える。
「自身の命を捨てて私を産んで、笑って抱きしめてくれたお母様を……私はずっと見ていた。ずっと。死ぬまで、死んでもずっと」
軽く椅子を蹴って立ち上がった少女は、跪いている者たちを見下す。
「信じられないでしょうが、私は生まれた瞬間から全てを見聞きし理解していた。乳飲み子の時から私はあの国の醜い企みをずっと聞かされ、あの国に絶望していた。
でもここは違う。この国は違う。私を本当の娘のように迎え入れて愛してくれる」
優しく少女は笑う。
「私は人です。心もあります。受けた恩を仇で返す醜い存在ではありません」
言ってキャミリーは、メイドに視線を向け指示を出す。
命令を受けた長身のメイドは部下を配置して行く。
「はっきりとこの場で宣言しましょう。私はユニバンス王国の王妃キャミリーです。
何故そのような存在がこの国を裏切るとお考えか? 裏切りと計略だけで国を成して来た共和国ではそれが通じても、ここでは通じません」
「何をするっ! 離せっ!」
メイドの指示で配置に着いた密偵たちが大使たちを拘束して行く。
それを見つめ……キャミリーは言い放った。
「ふざけるのも大概にしてください。私はこの地でようやく家族と巡り会えたのです。この幸せの邪魔をすると言うなら……共和国は私の敵です。全力で滅ぶよう努力しましょう」
椅子に座り、また少女は可愛らしく足を振り出す。
「全員連れて行ってください」
冷ややかな声で有無を言わさない命令が放たれた。
引き摺られて行く大人たちの姿が居なくなり、少女の『こほん』という咳払いが響いた。
「後でアルグスタおにーちゃんにケーキを貰うです~。お仕事したです~」
「そうですね。王妃様」
恭しく長身のメイドは、王妃に対して一礼をした。
(c) 2019 甲斐八雲
作者からの一言
実は『超』が付くほどの天才児キャミリー。ですが本人は今の生活に満足しています。だってユニバンスの家族は、彼女から見て……優しくて暖かでとても楽しいですから




