私がしたいから……付き合って
ベットの端に座り、血の気を失っている夫の頬を優しく撫でる。優しく優しく……何度もだ。
随分と長く夫婦をして来たが、平穏を得られたのはここ数年のことだ。
多忙で余り会いに来てくれなかった人だが、会いに来れば時間が許す限り一緒に居てくれた。愛してくれた。だからこそ生きるのが辛い姿になっても生きて来られた。
ラインリアは涙を溢しながら優しく笑うと、自分の唇を噛んだ。痛みと口の中に広がる血の味。いつも吐血して慣れ親しんでいる物でもやはり好きにはなれない。
『命の源が枯渇しているらしい。傷は治せてもそれは治しようが無い』と。
夫を連れて来てくれた息子の言葉に、ラインリアは何となくだが気づいた。
自分の体には人とは違う存在……ドラゴンが宿っている。その溢れ出る生命力のお陰で、自分の体は耐え切れずに傷ついてしまうのだ。
ならばその生命力を渡すことが出来たら?
賭けと言うよりも気休めでしかない。失いつつある夫を少しでも長く感じていたい……自分の欲求。
「でも良いの。私がしたいから……付き合って。ウイル」
そっと目を閉じ妻は夫にキスをする。
自身の口に溜まる血を口移しで飲ませ、それを続けた。
時間が許す限り夫が自分にしてくれたように……愛し続けるのだ。
「ねえ馬鹿?」
「はい?」
「あの本を元に壺を見つけたはずでしょう?」
「はい?」
帰宅の途に着く途中で、ノイエがグローディアに変わった。で言い出したのがそれだった。
あの本とは、いつだかグローディアの指示で入手した本のことだろう。ただ壺の意味が分からない。
素直に告げたら彼女が怒りだした。
「探してないって言うの?」
「ちょっと待って。探すも何も壺って何さ?」
「冗談は貴方の顔だけにしなさいよね」
「ちょっと待て。そっちの記憶が間違ってるだけだろう?」
ナガトの上で一瞬即発な空気を発すると、我が家のマイペース愛馬は勝手に屋敷に向かい歩き出した。
たぶん間違っていない。現物を見て相手を納得させれば良いのだ。
帰宅して机の奥深くに隠してある本を取り出す。
普通こういう場所にはへそくり的な物を隠すはずだが、我が家の金庫は最近どうにか中身が半分になったくらいで、まだまだ余裕があるのさ! 散財してるのは僕ですが!
隠してあった本を手にしてグローディアに投げたら、怒った彼女がそれを受け取り最後のページを開く。
「何よこれ?」
「完全に貼り付いてるね」
「……誰のせいよ?」
「僕は関係ないは、ぐぅっ!」
黒く染まったページが完全にくっ付いて剥がれそうにない感じに見えた。つまり僕は間違っていない。見なければいけないページは見れなかったのだ。
しかし暴君の如きグローディアは、自分の非を認めず畳んだ本を僕に投げつけた。
投げつけられた本が股間にヒットして、僕は前屈みになって震えだす。
ここだけは決して攻撃してはいけない場所なのです。
全人類の男性を代表して言いたい。この痛みは女性の出産の次ぐらいの拷問だと思います。本当に痛いんだから。
「まあ良いわ。なら明日、私の屋敷跡に行って捜索するから。お休み」
一方的にそう告げてグローディアが消えたっぽい。
元の色になってこっちを見たノイエが、慌てて駆け寄って来て必死に僕の体を起こそうとする。
でもねノイエ? 今欲しいのは腰の後ろを叩いてくれることなんです。
「ノイエ」
「はい」
「腰の後ろを叩いて」
「こう?」
「もうちょっと強く」
「こう?」
「うん。そのまま」
しばらく腰の後ろを叩いて貰い、どこかに飛んで行ったかと思った物が無事発見できて一安心した。
登城前に彼女の案内で貴族の居住地区の奥へと進んで行く。
ある一画に辿り着くと、門が鎖で固定されていた。
「ここよ」
「門が固定され……おいナガト?」
うちの愛馬が迷うことなく門に体当たりと言うか突進して鎖を引き千切った。きっと経年劣化していたんだよね。そう思って後でどうにか誤魔化そう。
そのまま突き進むと……廃墟と言う言葉がお似合いの屋敷に出た。
どこか懐かしそうに見上げている彼女に手を貸し、ナガトから降りて貰う。
「あっちの木の下に」
「の前に、少し屋敷の中を見ない?」
僕の発言にグローディアが呆れた様子で息を吐いた。
「あそこはただの殺人現場よ。見たいの?」
「えっあっ……でも、もしかしたら何か残っているかもしれないし?」
「……嫌な物しか残って無いわよ」
呆れながら、彼女が屋敷に向かい歩き出した。
「見るんでしょう? さっさと済ませて帰るわよ」
「あっはい」
でも見るんだ。グローディアって本当に素直じゃ無いな。
廃墟の探索とかって無駄にワクワクする。
あっちの世界に居た頃なんて、たまに廃墟のホテルとか友人たちと探索したな。
8人での記念撮影で9人分の足が映ってた時は本当に怖くなったものだ。あの時の写真ってどうなったんだろう?
などと過去を思い出しながら廃墟探索をサラッと進める。
何故あっさり系と言うと、大半の物が持ち出されていて何も無いのだ。
これが本当のスケルトンハウスか。
「呆れるほど何も無いわね」
「そうだね」
前を行くグロ―ディアの後を付いて進んでいると、彼女がある部屋の中に入っていた。
僕も一緒に入ると、部屋の中心で彼女が立ち止まる。
「何かあったの?」
「……間違いよ」
「はい?」
「ここで間違いを犯したのよ」
ゲシゲシと床を蹴って彼女は辺りを見渡す。
壁に取り付けられている燭台へと進み、それを下に引っ張った。
ガクッと燭台が動き、また彼女は別の燭台を下に引く。部屋に設置されている4つの燭台を全て下に引くと……壁の一部が開いた。
「残っているのはこれだけね」
「何それ?」
「……私の宝物よ」
壁の一部に手を入れ彼女が掴み取った物は、古ぼけた本だった。
「何それ?」
「ん」
突き出して来たので受け取り開くと……絵本だ。
「リア伯母様から頂いた本なの。初めてね」
「それで隠して……」
「どうしたの?」
もしかしてこの本は……。
「グローディア御姉様」
「その下心見え見えな呼び方は腹立たしいわね。で何よ?」
「この本を頂けないでしょうか?」
「良いわよ。好きになさい」
言って彼女はまた歩き出す。僕はその背を追いながらもう一度絵本を見た。
三大魔女に関する絵本だ。
先生に一度は見ておけと言われた物を入手できたのはラッキーだ。
その後彼女の指示した大きな木の下を掘り返したら壺が出て来た。
壺を手にしたグロ―ディアは迷うことなく叩き割ると、その中から鞄を取り出す。
何でも過去にお城の宝物庫から盗み出した魔道具らしい。
って……ここに犯罪者がっ! お巡りさん! この人ですっ!
そもそもグローディアは罪人として処刑されたはずの人でしたね。
あはは、はぁ~。
(c) 2019 甲斐八雲
作者からの一言
命尽きようとしている夫との時間を過ごし可能性に賭けるラインリア。アルグスタに対して、先生と違い徹底して優しさを感じさせないのがグローディアです




