お城が呼んでる
お城を見たノイエが『ざわざわする』と言うのだから、僕らは迷わず直帰することにした。
彼女の勘が正しいのであれば、絶対に行っちゃいけないフラグだ。
僕は基本、面倒臭いことから全力で逃れる人間でありたいと思う。
何故なら迷わず死地に飛び込むのは、物語の主人公かマゾだと決まっている。そのどちらでも無い僕は、全力で回避するのが正しいのだ。
帰宅してお風呂をしてから食事とする。
で、お屋敷で働く人たちの給金的な物をそろそろ準備する日だったので、1人で金庫に行って金貨を袋に入れておく。分配は年長者のメイドさんに丸投げだ。
この世界には無い『給与明細』を発行する我が家では、中抜きは出来ないので問題は発生しない。
その明細の確認にも、今日はたっぷりと時間をかけた。
決してノイエと2人で居る時間を恐れた訳ではない。たぶんきっとお姉ちゃんなら話せば分かる。最終的には『巨乳最高!』と耳元で連呼し続ければ許してくれる。ホリーのチョロイン属性に感謝だ。
色々と覚悟を決め……寝室へやって来ると、ノイエはベッドの上に座っていた。
膝を抱えてジッとこっちを見ている。栗色の髪の色をして。
「うふ……あはは」
「ちょっと待って! 話し合おうかファシー!」
慌ててベッドに飛び乗りその勢いで彼女に抱き付き、勢いのまま押し倒してそっとキスして後は全力で背中を撫でる。フニャンと表情を柔らかくしたファシーが甘えて来た。
こうなれば安心だ。何よりフニャンとしたファシーは可愛いくらいだから好きだ。
しばらく彼女の背中を撫でていたら、ファシーが顔を覗かせ控えめな視線を向けて来た。
「アルグ、スタ、様」
「なに?」
「……ホリー。ズルい」
「ん?」
甘えた彼女が僕に体を寄せて来る。
普段のノイエとファシーは近しい感じで甘えん坊だから本当に可愛い。
もしかして僕は甘えん坊に弱いのか?
「何がズルいの?」
「……お嫁、さん」
「……」
あ~。それか。それは何とも言えないな。
ぶっちゃけてしまうと、ホリーのあの言葉ってどうなんだろう?
彼女の場合は自身が家族と認識した人に対しては激甘だから、僕がいくらでも甘えて良いように免罪符をくれたような気がしなくもない。
でも本気だったら……ノイエなら許してくれるかな? 相談できないから困るが。
「ファシーもお嫁さんになりたいの?」
「……うん」
素直に頷いて甘えて来る。
腕で抱き付いて足まで絡めて来て本当に可愛いな~。
これで笑わなければ結構危ない存在だ。ファシーなら本気で浮気してしまうかもしれない。
「でも良いの? 僕なんかで?」
「うん」
小さく頷いて彼女が僕の顔を見つめて来る。
何処か泣き出してしまいそうなほど怯えて見えた。
「私たちは、いつ消えるか、分からない、から」
「え?」
「ノイエの中、居れるの、奇跡、なんだって」
結構頑張ってファシーが話してくれる。
たどたどしい口調だけど、それでも普段以上に頑張ってくれている。
「だから、叶えたい。私も、お嫁さんに、なりたかった、から」
「そうか」
改めて僕は、ノイエのことをまだ知らないのだと痛感した。
違う。ノイエたちのことをまだまだ知らなかったんだ。
優しく彼女を抱きしめてその耳元に口を寄せる。
「ならファシーもお嫁さんになる?」
「……良い、の?」
「うん。ファシーがそうしたいならね。でもノイエが許してくれたらだけど」
「……嬉しい」
甘えた声を出して彼女が抱き付いて来た。
ただこれってどうなんだろう? ファシーに対する同情なのかもしれない。
それでも素直に甘えて嬉しがる彼女を見てると、それでも良いかなって思っちゃうけど。
それにあれだ。
いつだか先生に『あっちこっちを見て回るのも良いかも』的なことを言った時に、中途半端な返事を寄こしたのはこれが理由だったのかな。
先生ならこの手の秘密は絶対に口にしないか。……ファシーは大丈夫だろうか?
よしよしとファシーの頭を撫でてたら、怯えた感じの彼女がまた甘えだして来る。
恋人と言うよりも子供を相手してる気分に陥るのは何故なのでしょうか?
まっでも良いか。ノイエの家族が喜んでくれるなら、僕はハーレムの主になってやろう。
「アルグ、スタ、様」
「なに?」
「うん」
そっと彼女が体を動かすと、何故か馬乗りして来た。
「ファシー?」
「だい、じょうぶ」
「何が?」
「見てた、から」
「だから何を?」
そっと頬を紅くしてファシーが伏目がちに言う。
「ホリー、との。だから、今日は、私が、頑張る」
「えっとファシーさん? あれれ?」
エッチくなったファシーさんが、肉食獣化し始めた? 違うそんな訳ないじゃないか。
ってファシーさん? それはお姉ちゃんもしてないって、マジかぁ~!
ユニバンス王国の王都は城塞都市だ。街を壁で囲う防御に優れた造りをしている。
夜間などには城門が閉じられ、入りそびれた者たちは守衛の者たちに愚痴を言いながら夜が明けるのを待つのが常だ。
今日は違った。
東から馬を駆けてやって来た騎士は、完全に馬を使い潰す覚悟だったのだろう。
最後は城門前で人馬ともに転がり、それでも騎手は必死に声を張り上げた。
「クロストパージュ領より至急の報である! 大至急国王陛下にこの手紙をっ!」
全身から汗を噴き出し必死に吠えるその声に、守衛の者たちは慌てて彼に駆け寄り手紙を受け取った。
ふと目覚めたノイエは、ベッドの上にしゃがむように身を起こすと両手を広げ扉を見つめる。
部屋に来た時は服を着ていたはずだが……それは後で彼に言えば良い。きっと頭を撫でてくれて、と考えている隙に扉が開いた。
「旦那様。奥様。夜分に申し訳ございません」
「……なに?」
ベッドの上で構えているノイエに少し驚きながらも、飛び込んで来たメイドは彼女に向け言葉を続ける。
「王城より緊急の招集にございます。急ぎご仕度を」
「はい」
頷きノイエは自分の背後に居る彼の方を向くと、手を伸ばし揺り起こす。
「アルグ様」
「……ん?」
「お城が呼んでる」
「……なかなかの恐怖話だ」
寝ぼけながら起きた彼は、背伸びをしてからノイエを抱き寄せてキスし始めた。
ちょっとう嬉しそうにキスをされながら、ノイエは彼がまだ寝ぼけていると気付いたが……それでもキスを優先した。
(c) 2019 甲斐八雲
作者からの一言
最終兵器ヒロインと陰で呼ばれているファシーがある意味で本領発揮。何よりポロッと重要なことを口にしているのでした




