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我が兄王よ

「病気と聞いて来てみれば……元気そうでは無いか?」

「ええ。兄上もお元気そうで」

「決まっておろう。ようやく重すぎた肩の荷を息子に押し付けたのだ。元気があり余り過ぎてメイドの尻を追いかけ回していたらリアの奴に怒られたわい」


 ユニバンス王国の東部、王弟領と呼ばれていた領地に前王ウイルモットは来ていた。


 年が変わり王も変わったので、王弟ウイルアムから『王弟』の名が外され、王族ハルムント家と名を改めた。

 今年正式に登録された家名は、ドラグナイト家とハルムント家の二つだけだ。両家共に王族家である。


 前回2人が会ったのは息子の国王就任式と結婚式の時に挨拶程度だったが、今回は弟が病気だと聞き兄であるウイルモットが訪ねて来たのだ。

 こんな風に出歩けるようになったのも代替わりのお陰とも言える。


 領主屋敷……と言っても贅沢を好まないウイルアムの性格を反映し、こじんまりした屋敷の応接間で兄弟水入らずで向かい合い腰を下ろす。


「して……どんな用があって儂を呼んだんだ?」

「お気づきですか」

「ああ。これでも一国の王をしていたからな。勘は良い」


 言って笑いウイルモットは弟を見る。


 家族の大半を失ったショックで一気に老け込んでしまった彼は、自分よりも年上に見える。

 だいぶ肉を失い皮張り出した様子から増々老いて見えるのだ。


「実は……本当に病気なのですよ」

「何と?」

「長くは無いそうです。腹の中に悪い物があって……それが大きくなるたびに私は痩せていく」

「治療は?」


 その問いに弟は静かに首を振る。


「痛みがある時は薬を飲んで誤魔化しはしますが、私はこの病と共に生きて死のうと決めております」

「……そうか」


 あの日から全てを譲り捨てた弟だ。死ぬ時が来たのだとそれを認めたのだろう。


「安心せよ。儂が立派な葬儀を執り行ってやろう」

「ええ。その時はお願いします」

「ならその前にお主の息子に嫁を迎えんとな。いい加減イールアムに結婚するように言っておけ」

「お恥ずかしい。どうもあれは女性を嫌い……恐れているようで」


 苦笑しウイルアムは我が子の不遇を案じる。


「どうもスィークと言う存在を見過ぎたが為に『女性は怖い』と思い込んでしまったようで」

「スィークか。あれが怖いのはあれが怖いからであろう? あんな恐ろしい女はそうそう居らん。今でも何かあると儂をイジメてくるほどだしな」


 自然と声量を落とし、チラチラと扉の方を確認しつつの会話となる。

 メイド長が王都の屋敷に居ると知っていても、突然扉が開いて姿を現すのではないかと不安になるからだ。


 しばらくの間、2人でメイド長の愚痴を言ってその話は終えた。


「最悪養子でも取り家を残すでも構いませんよ。私は来年を生きて迎えられませんし」

「そうか」


 長年宰相として働き、最後は東部で数多くの小麦の品種改良に貢献した弟だ。ウイルモットとしては笑顔で見送ってやりたかった。


「なあ……アムよ」

「その名で呼ぶなど久しいですな。幼少期以来ですか」

「ああ。ここには儂とお前しか居らんしな」


 笑いウイルモットは弟に優しい目を向ける。


「どうしてお前の屋敷からは、こうも血の匂いがするのだ?」


 屋敷に入ってから感じる言いようの無い異臭……それは今までの人生で何度も嗅いで覚えて臭いだった。

 兄の問いにウイルアムは静かに目を閉じた。


「……ええ。片づけをされました」

「片付けと?」

「はい」


 ゆっくりと頷き、弟は閉じていた目を開いて静かに視線を向ける。


「信じて貰えないでしょうが……私は純粋にこの世界を平和にしたかったのですよ」

「それは誰しもが考えることであろう?」

「ええ。ですが私はその方法を間違ってしまったのです」


 苦々しい表情を見せウイルアムは言葉を続ける。


「ロイール領の施設……ご存知ですな?」

「ああ。ノイエが居た施設であろう?」

「はい。あの施設を作ったのは私です」


 流石のウイルモットも驚き立ち上がりかけた。


「ですが施設はあそこだけではない。もう1つ別の施設が存在してます」

「何と。誠か?」

「はい。そこが言わば本命です。私が作りたかった者たちはそこで作られています」

「……何を作ろうとした?」


 静かに問う兄の言葉に、ウイルアムは静かに息を吐いた。


「一騎当千の化け物です。それを30も作れば、この大陸を征服し支配できると思ったのです」

「何と。愚かなことを」


 確かに大陸を支配することは出来よう。だが待っている先は滅亡と言う名の終着点だ。

 それも理解出来なかったのかとウイルモットは弟に対し憤った。


「愚かでした。本当に愚かでした」

「今その施設は?」

「乗っ取られ私の手を離れた。今あそこを支配しているのは『竜人』と名乗る異形の者たちです」

「竜人?」


 その言葉にウイルモットは最愛の妻のことが頭に浮かんだ。

 ドラゴンを『竜』と呼ぶ文化があることを知っていたからこその一致だ。


「本来なら私も協力しその者たちに手を貸すはずだった。ですが病を得て、私は気が引けてしまった。自身が背負い受け入れて行くはずの罪を途中で放り出すと言う現実に……恐ろしくなったのです」


 苦笑してウイルアムは兄を見た。

 自分とは違い必死にもがき苦しみ、両手を血で染めても平和を望んだ偉大なる王をだ。


「私は外され部外者となった。この病のお陰で殺す価値無しと判断され……そして貴方を呼び出す餌とされました」

「そうか」

「はい。申し訳ございません兄上」


 深々と一礼をしてウイルアムは兄に詫びる。

 この屋敷で生きているのはもう自分だけだ。運良く事前に逃げ出し王都に行った姉弟も居るが、あちらは"問題児"や"厄介者"と呼ばれる難敵が保護しているらしいから問題無いはずだ。


「兄上は生きて王都に戻ることは無いでしょう」

「そうか。アムよ」


 膝を叩いてウイルモットは立ち上がった。

 そんな兄を見上げ……弟は笑う。自分の自慢の兄は逆境にこそ強く、そして大きく見えたからだ。


「ならば儂が誰であるかその者たちに見せてやろう。ユニバンス前国王……ウイルモットがどれ程厄介な人物か知らしめてくれるわ!」


 笑い彼は歩き出す。と、足を止めて肩越しに振り返った。


「案ずるなアムよ。お主の葬儀は儂が執り行う。だから死に急ぐで無いぞ」

「……はっ。我が兄王よ」


 深く深く頭を垂れ、ウイルアムは兄の背を見送った。




(c) 2019 甲斐八雲

 作者からの一言


 嵌められたウイルモットは死地へと向かう。過去編以外で凛々しく見える日が来るとはっ!

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