詰めてたのか
「少し仰々しく無いか?」
「大丈夫です。似合っています」
今朝は早くから押しかけて来たフレアの手を借りながら、ハーフレンは真新しい鎧に身を包んだ。
年が明けて15歳となった彼は正式な騎士となる。
叙任式は去年済ませているので、肩書から『準』が取れ『騎士』と名乗れるようになるだけだ。
決まりにより騎士になれば2人の従者を置くことが出来る。
ハーフレンはそのうち1人をどちらにするのか悩んでいた。
付き合いが長く信用の出来るコンスーロは外せない。そうなると残るは1席。
「お似合いです。ハーフレン様」
「ありがとう」
甲斐甲斐しく手伝いをしてくれる彼女は、正室候補の1人と言うよりもどこか付き従う従者のようだ。
ただこの1年で身長が伸び出した彼女もどこか大人びて見える。
もう何処に出しても恥ずかしくないほどの娘になって来た。
淡い青色のドレス姿の少女が手を伸ばし彼の鎧の汚れを拭き取る。
この日の為に少々高くついたが購入した一品だ。馬も馬鹿の実家に出向いて手頃な駿馬を得た。
「完璧です」
自分の作品に対して誇らしげに胸を張る少女……ハーフレンはふと疑問に思って首を傾げた。
3日前より確実に胸が膨らんでいる気がするのだ。
「フレア」
「はい」
「ちょっと来い」
「……何ですか?」
少しだけ頬を赤らめて少女が歩み寄る。
ハーフレンが相手の肩に手を置くと、上目遣いで見上げて目を閉じてくれた。
クイッとドレスの胸元に指をかけ軽く引っ張ると謎が解けた。
「詰めてたのか」
「……ハーフレン?」
ブチっと何かが切れたような音がして少女の形相が危ない方へと向く。
『極端』
この数年の間ハーフレンが彼女を観察し結論を出したのがそれだ。
バローズの魔法で壊した彼女は、感情の起伏が激しくなった。
普段は物静かなのに何かの拍子で発火する。その性格を『彼女』と思えば違和感はない。
過去を知りさえしなければ、ある意味面白い相手なのだから。
ドレスの胸元を両手で押さえ激怒する少女の目が座っている。
軽く笑ったハーフレンは、攻撃して来る少女を捕まえて抱きしめた。
抵抗など許さずに唇を合わせて……しばらくそのままで居る。
ゆっくりと唇を離すと、顔を真っ赤にしたフレアがぽ~っとして棒立ちになる。
「どうした? これ以上がお望みなのだろう?」
「……ばか」
小さく呟いてフレアは彼に抱き付いた。
ハーフレンも相手を抱きしめ返して……震えそうな自分を制する。
やはり大切だからこそ彼女を危ない目などに合わせたくないのだ。
「フレア」
「はい」
「従者の件だが……今回は我慢してくれないか?」
「えっ?」
心底心外だと言わんばかりに少女が顔を上げる。
泣き出してしまいそうな顔を見ると胸が潰れそうに苦しくなるが、それでもハーフレンは唾と一緒に感情を飲み込んだ。
「どうしてですか?」
震えて紡がれる言葉にハーフレンの心が折れそうになる。
「次だ次。俺は騎士で止まらないからな。騎士長になれば専属の従者が3人まで許される。そうすれば魔法使いを入れたりする者も居るらしい。今回はまだ早いってだけだ」
「……」
「そんな顔をするな。直ぐに出世してお前を従者に加えるからな」
「……」
納得してくれないフレアはただ黙ってハーフレンの顔を見つめていた。
彼女の機嫌が直るまで……流石に城へと行く時間となり、ハーフレンは少女を屋敷に残して出掛けたのだった。
「お断り」
城での仕事を終えて兄の家となった屋敷に訪れたハーフレンは、馬小屋に住む少女に『お前今日から俺の従者な』と言った返事がそれだった。
「良し分かった。たまには殴り合うことも大切らしいな」
「そうかいこの馬鹿王子。説明も聞かずにそっちを選ぶんなら全力でお前の股間の物を潰してやる」
「出来るならやってみろ。出来なかったら……お前の胸に丸めた布でも入れて大きくしてやろう」
「ぶっ殺す!」
涙ながらに突撃して来る少女としばらく殴り合いをし……『騒がしい』と途中乱入して来たメイド長に2人は鎮圧されるのだった。
「この馬鹿犬はもうしばらくわたくしが預かります」
「訳を言え。これの飼い主は俺だぞ?」
「ええ。ですがこちらにも都合がありまして」
軽く一礼して来るメイド長は、横になって話を聞いている馬鹿犬に容赦ない制裁を加えた。
「その様子ですとまだあの種馬国王……馬鹿王からお話を伺っていませんね?」
「言い直してもけなしているぞ、それ」
「心の中で敬愛しているから問題ありません。ええ……半面的な存在として尊敬しています」
「……」
メイド長の言葉に全くの迷いが無いのでハーフレンは口を噤んだ。
黙った王子を見てメイド長は言葉を続ける。
「実はハーフレン様を密偵の長とすると言うお話がございます。ですのでこの馬鹿犬を一人前の密偵にするべく現在修行を科しています」
「具体的には?」
「貴族の屋敷程度なら1人で鎮圧して皆殺しに出来る程度に」
「密偵だよな? 誰も暗殺者を育てろとは言っていない」
知らない間に教育方針が変更されていたらしい。
当初ミシュを……一人前に育ててくれと言ったような気がしなくもない。
何と言ってメイド長に押し付けたのかぶっちゃけハーフレンは思い出せなかった。
「密偵も暗殺者も強姦魔も等しく同じでございます」
「違うだろう?」
「いいえ同じです。他人の領域に押し入り滅茶苦茶をするのですから」
「密偵は違うと思うぞ?」
「大差ございません」
そう言い切られると何も言い返せない。
そもそもメイド長に口喧嘩で勝ったことの無いハーフレンだ。諦めが早かった。
「いつ仕上がる?」
「近いうちにでも」
「なら仕上がったら言ってくれ。そうしたらこれを従者にする」
「はい王子」
やんわりとメイド長が一礼をして来た。
「立派な暗殺者に育ててみせましょう」
「せめてお前と同じ護衛にしろよ」
呆れながらハーフレンはそう言うことしか出来なかった。
(c) 2019 甲斐八雲
作者の独り言
自分では『ハーフレン様の正室候補』と言いながら彼の部下になることを望むフレア。
彼女自身、どこかでそれに気づいているのでしょうね。
ですがブシャールでのこともあって彼女を部下にしたくないハーフレンなのですが、部下にすれば常に手元に置いておけると言うジレンマもあって苦悩しています。
で、トップブリーダーの手で間違った方向に仕上がりつつあるミシュです。
正直暗殺に適した能力のミシュは護衛よりそっちの方が光り輝けます。
裏方仕事の暗殺仕事ですけどねw




