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秘密だらけの僕のお嫁さんは、大陸屈指の実力を誇るドラゴンスレイヤーです  作者: 甲斐 八雲
Side Story 01 追憶① 『愛しき君へ』

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そこのメイドを殴り飛ばせば良いの?

「で、ハーフレン様。この小汚い野良犬は何で御座いましょうか?」

「捨ててあったのを拾って来た」

「おいこらお前ら! このミシュエラさんを野良扱いか!」


 ハグハグと抱えたパンを頬張り怒るチビをメイド長は一瞥した。


「野良が嫌なら家庭内害虫で」

「カサカサカサ~ってご飯が不味くなるわ!」


 フワフワのパンが止められない。ただのパンなのにフワフワで美味しいのだ。

 もう離す物かと抱えつつも少女は飲み込むようにパンを食す。


「で、本当にこれは?」

「たぶん祝福を使う者だ」

「ほう。それはそれは」

「面白そうだからメイド長……少し鍛えてくれないか?」

「おうおうそこの兄ちゃんよ。勝手にわたしの人生決めるなよ。わたしは王国軍に入って騎士になるんだから!」


 プンスカ怒りながらもパンを飲むように食らう。

 美味し過ぎてその手が止まらないのだ。


「お前がその気なら、いずれ騎士に取り立ててやるように計らえるが?」

「人生って楽して目的地に着くことが大切よね! そこのメイドを殴り飛ばせば良いの?」

「……出来るならやってみろ」


 無知なミシュエラの言葉にメイド長の額に青筋が浮かぶのをハーフレンは見逃さなかった。


「メイド長を一発殴ったら……パンに塗るジャムを持って来てやる」

「良し任せろ! このミシュさんが本気になったらこんなメイドの1人や2人っ! あぎゃ~!」


 しばらく二人のことを見つめていたが……吐き気を催して来たのでハーフレンは屋敷の中に戻ることとした。


 まあ真の化け物の存在を知ればあの馬鹿すぎる少女も少しは現実を学ぶことだろう。

 何よりあの祝福を使ったのであろう動きは凄かった。目で追えない速度で動くとは……王城の部屋に残り捜索を継続したはずの兄からの報告が待ち遠しい。


 ただあれでは、住んでいる方角しか判明出来ない。そこからは地道な調査が必要になる。


「今後の課題だな」


 やれやれと頭を掻いて……汚れている衣服に気づく。

 多分来ているであろう妹に会う前に彼は湯を浴びることとした。




 新年の儀式で休校となっていた学院にやって来たフレアは、迷うことなく師であるアイルローゼに手紙を渡した。王族の印が押された手紙に、流石に多少驚きを見せたぐらいで後はいつも通りだ。

 自分の椅子に座り蝋を割って中身を取り出す。


「なるほどね」


 手紙の内容を一瞥したアイルローゼは、便箋を捲り描かれている魔法式を見る。

 毛ほどの変更とは違う確かな研究に基づいた編纂と応用が見て取れる。


「これは面白いわ。こことここを直した方が良いけど……」


 スラスラと新しい紙に修正を加えた物を書き付けてそれをフレアに戻す。


「自重を操作するなんて面白い発想ね。これなら敵の足を止めたりするのに向いてるわ」


 次々とペンを走らせて彼女は新しい魔法式を書いていく。

 本物の天才。余りにもその才能が秀でているから、数十年振りに『魔女』の称号を得るのではと言われているほどだ。


「で、これは……」


 最後の1枚に辿り着いた彼女の手と口が止まった。

 食い入るように紙を見つめるその目はらしく無いほど真剣だ。

 それだけにグローディアも非凡な才能を持っているのだと知り、何故かフレアは嬉しくなった。


 だが最後の1枚を見つめるアイルローゼの視線は険しくなるばかりだ。

 正気の沙汰とは思えない魔法式が描かれていたからだ。

 強いて言うなら禁忌に触れる魔法。だが危険な物ほど興味がそそるのもまた事実だ。


 全てを読み解き……アイルローゼは目頭を揉んで、手に持つ紙を焼いて消した。


「先生っ!」


 突然のことで慌てるフレアに師である彼女が冷ややかな視線を向ける。


「貴女はこの内容を……知る訳無いか」

「何がですか?」

「……良く出来た魔法だったわ。でも世に出さない方が良い魔法もあるのよ」


 答えアイルローゼは机の引き出しから紙を取り出す。

 ペン先をインクに浸し、自動書記を思わせる手つきで文字を書き始める。

 魔法式などでは無く普通の文章にフレアは驚いた。


「何よその顔は? わたしだって手紙の1つや2つ書くわよ」

「でもグローディア様にですよね?」

「ええ。あんな面白い魔法式を見せて貰ったんですもの……返礼の手紙くらいは送るものでしょう? 丁度ここに配達人も居るのだし」

「……分かりました」


 それからしばらく、フレアは2人の手紙のやり取りの手伝いをすることとなる。

 内容などは何も知らずに……ただただ手紙を届けるだけの存在だった。




「あの婆……いつか泣かせる!」


 本日もメイド長にボロ負けしたミシュエラは、自分の部屋……馬小屋に来ていた。

 実家の馬産を継ぐのが嫌で逃げ出して来たのに、住まいが馬小屋なんてどんないじめかと何日か不満を口にし続けた。

 その度にあの化け物メイド長に酷い目に遭わされたのだが。


「でも馬は好きだから……ここでの寝泊まりは嫌じゃないんだけど」


 馬小屋住まいで馬の面倒を見ることが仕事となったが、ミシュエラ的にはその生活に馴染んでいた。

 何よりここは美味しいご飯が食べられる。

 料理長は『孤児たちと同じメニューで済まないが』と言っていたが、実家の食事に比べれば贅沢過ぎるほどの贅沢だ。


「今はこの幸運を味わいながら……あの婆め。明日には1発殴っちゃるんだから!」


 決意を固めてミシュエラは今宵も藁を布団に眠る。

 で、翌日も順調に連敗記録を更新するのだった。




(c) 2019 甲斐八雲

 作者の独り言


 野良犬はこうしてトップブリーダーと言う名のサディストの元へ。

 ハーフレンですら目を背ける惨劇が…その場でどんな酷いことが起きたのかはご想像にお任せします。


 手紙はフレアの手を伝いアイルローゼと言う天才の元へ。

 アルグスタが使っている自重操作の魔法の生みの親と言うことを覚えている人は何人いるのでしょうか?

 で、彼女が灰にしたのは再生魔法に関する魔法式です。

 完成すれば歴史に名を残す偉業ですが、禁忌に抵触する恐ろしい魔法なのです。


 アイルローゼは気付いているのです。治療魔法や再生魔法などの不可能魔法が何故不可能なのかを。

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