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そんなへっぴり腰じゃアタシは逝かないよ!

 ユニバンス王国内北部街道



 何かもう色々とあれ~な気がする。


 時折休憩でナガトが止まってくれるので、トイレだけは済ますことが出来る。

 だがもう下半身の力は無い。ズボンなんて鞍ズレでズル剥けしたお尻とか太ももとかからの出血でドロドロになっている。


 正直ナガトの背中に自力で上がれないのだけど、こんな時に限ってこの馬は器用に僕の服を咥えて持ち上げやがる。

 咥えられたまま走られるよりかは良いけど。


 一日でバージャルからブシャールへ行くのって無理じゃないの?

 ごめんノイエ。辿り着く前に本気で死ぬかもしれない。


 尻を突きあげた格好で地面の上で伸びていると、休憩を終えたナガトが……本当に僕に対しては激辛な馬だな! また咥えられてブンと首を振って背中に放り投げられる。

 慌てて鞍に掴まり座り直すと、ナガトはこっちの都合なんて気にしないで駆け出した。


 うおお……一瞬だけ戻る痛覚に全身が震えたよ。

 この争いが終わったら、長期で休暇を貰ってノイエとのんびりしよう。


 どうにか手綱を握り痺れで痛覚が消えるのを待つ。


「うわぁ~! ナガト~! 根性出してノイエの元に急げ~!」




 ユニバンス王国内ブシャール砦近郊



 ふとノイエは殴り飛ばしたドラゴンから目を離す。

 ついでに空いている手で背負い袋から干し肉を取り出し咥える。干し肉は硬くて美味しくないから好きでは無いが、早くドラゴンを全部倒さないとここを離れられない。


 食事とアルグスタに会いに行くことを天秤にかけ……ノイエは『会いに行くこと』を最優先したのだ。


 ただ術式の効果が及ばないほど遠くに居るはずの彼の声が時折聞こえる気がして気が気でならない。

 もしかしたら彼の身に何か……思い浮かぶのは、あの黒髪の女だ。


 隙あらば彼の腕に抱き付いて自分より大きい胸を押し付けている。

『胸は大きさじゃない。形だ』と彼はいつも言っているが、何かあればその視線は女性の胸を見ている。


(大きくしたい……)


 一瞬ドラゴンを殴るのを止めてノイエは自分の胸を見た。

 今の鎧では胸がきつくて正直辛い。でももっと大きい方が彼が見てくれそうな気がする。

 ふと頬が熱くなったのを感じ、食い殺そうと咢を広げて襲いかかって来るドラゴンの下顎を蹴り上げて黙らせる。


 何とも言えないモヤモヤがずっと胸の奥に居る。

 彼のことを考えれば考えるほど、そのモヤモヤが強くなって……我慢出来ない。


「胸、大きくしたい」


 声に出して宣言し、ノイエは大きく息を吸う。

 今回の勝負に勝ったら彼にお願いが出来る。最初は『する。いっぱいする』と決めていたが、今はちょっと違う。


『見て欲しい』


 ずっと彼に自分のことを見てて欲しい。

 その想いが強くなって止まらない。


 地面に両足を着き、ノイエは改めて周りの状況を見る。

 まだまだドラゴンは居る。


「もっと頑張る」


 覚悟を決めてノイエは拳をきつく握り締めた。




 ユニバンス王国ブシャール砦内



「あはは! 楽しいね!」


 砲弾よりも威力も大きさもある拳が、ブンッと風を鳴らし襲いかかって来る。

 それを大剣でいなし、ハーフレンはカウンター気味に攻撃を繰り出す。

 小さな傷しか相手に付けられない。相手もまた戦い慣れている証拠だ。


「どうだい王子様よ! 楽しくて仕方ないだろう!」

「どうかな」

「正直に言いな! アタシほど相手をしてて楽しめる女は居ないってさ!」


 愉快そうに声を上げ、また彼女の筋肉が一回り膨らむ。

 動けば動くほどに強くなり大きくなる相手に……ハーフレンは心の中で滾り笑っていた。

 正直に認めるしかない。楽しいと。


「ほらどうした! もっと力強く突いて来なよ! そんなへっぴり腰じゃアタシは逝かないよ!」

「なろう……俺は床上手で有名なんだよ!」


 踏ん張り地面に根を張る大木のように体を固定してハーフレンは大剣を振るう。

 間一髪で回避したトリスシアは、ニヤ~と楽しげに笑う。


「良いね。良いよ! 最高だよアンタ!」

「もっと暴れてみろ! そんなんじゃ俺は満足しないぞ!」

「言われなくても!」


 トリスシアも踏ん張り足を固定する。

 限界の距離で向かい合い、2人は互いの武器を振るい続ける。




「……」


 寒々とした視線を2階の窓から向ける存在……フレアだ。

 ミシュの一撃を受けてこん睡している敵を影で捕縛し終え、調子に乗っている二人の戦いを観戦していたのだが……聞くに耐えない下劣な内容に殺意すら込み上がって来ていた。


「あの馬鹿王子……本当に変わらないんだから……」


 拳を握り締めて頬を紅くしプルプルと震える。

 昔からそうだ。出会った頃は可愛らしい少年だったが、成長するごとに腕白になり……気づけば下品な言葉を口にする男に変貌していた。


 今にして思えばたぶんメイド長のスィークとミシュの師弟が、彼の言葉遣いを悪くさせたのだと分かる。

 お陰で何度となくベッドの上で恥ずかしい言葉を求められて口にしたことか。


 ハッと現実に戻り、激しく頭を振って闇に葬った記憶に封をする。


「もうっ!」


 手出しする気は無かったが、このまま下品な会話を繰り広げられるくらいならと覚悟を決め、フレアは外へと向かい歩き出す。

 あの2人を止めるとなると……チラリと肩越しに自身の背中を見る。


 もう軋んで分解してしまいそうな武器は、これが最後かもしれない。

 そっと自分の肩に触れて思いを傾ける。

『影』が無くなった自分はただの魔法使いでしかない。小隊規模の実力を発揮するなど不可能だ。


(潮時かな……もう)


『引退』を思い浮かべるフレアの目の前に、慌てた様子のルッテが現れた。

 何故か彼女は縄を掴み……その縄は中年男性の手首を拘束していた。


「大変ですフレア先輩!」

「何よ?」



 ドガーンッ!



 突然の大轟音に砦が揺れた。


 揺れに足を取られしゃがんだフレアは、ゆっくりと顔を上げ……外を見て凍り付いた。

 そこには中型のドラゴンが居たのだ。


「……大変ってあれ?」

「あれはあれで大変なんですけど違います~!」


 ボロボロと涙を流すルッテに……フレアは厄介事が増えたと察して頭を抱えたくなった。




(c) 2019 甲斐八雲

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