同じ歳だからね
「まだ正式な辞令的な物は出ていませんが、本日から見習いとしてノイエの小隊で働くこととなりましたモミジ・サツキさんです」
「モミジと申します。田舎の出なので色々と疎いですが、教えて頂ければ幸いです」
深々と同僚となる二人に向かいモミジさんが頭を下げる。
まだ回復途中でフラフラのイネル君を支えているクレアの表情に締りが無い。夫となる人物を支えていると悦に浸っている様子が丸分かりだ。
「アルグスタ隊長」
「あ~。ここでの『隊長』はお嫁さんのノイエを指す言葉になるので、それ以外で呼んでください」
「……なら旦那様で?」
「色々と面倒臭いことになるので却下です」
「…………でしたらご主人様で」
「普通に名前に様付けでお願いします」
「分かりました。アルグスタ様」
深々とお辞儀をして来る彼女とは、一度何かを徹底的に話し合わねばならんらしい。
「それでアルグスタ様」
「何かね?」
「あのお二人はどのようなご関係で?」
締りの無い顔でクレアがイネル君を席へと運んで行く後ろ姿を、モミジさんが引き攣った感じで見つめている。
君の行いもそこそこ怪しいが、他人にそんな目を向ける良心は残っているのね。
「両家の当主公認の婚約者同士です」
「……」
「爛れた関係にならないように、周りの大人たちが生暖かく見守ることが決まっています」
「……良く分かりました」
とりあえず僕も自分の席に座る。
「基本僕はここで仕事をしているはずです。用がある場合はこの執務室に来て下さい」
「はい」
キョロキョロとモミジさんが辺りを見渡す。
「わたしはどの席を使用すれば良いのでしょうか?」
「あ~。見習いのモミジさんには専用の机は無いのよね。この部屋で机を得られるのは事務専門のあの2人と実務隊の役職持ちだけなんだ」
「そうなのですか」
「うん。だから机はあっちの2人の分と、副隊長の2つしか無い訳です」
モミジさんが首を傾げた。
「隊長となるノイエ様の席は?」
「僕の席を共同で使っています」
「……椅子は?」
「僕の膝の上と言う特等席です」
「……」
何故か軽く引かれた気がする。たぶん気のせいだ。
だってノイエがこの部屋に来たら、嬉しそうにアホ毛を振って座ってくれるのだから間違ってない。
「もしこの部屋に来た場合はそっちのソファーを使って」
「……小さな女の子が寝ているのですが?」
「気にしないでクッションにして良いよ」
「宜しいのですか?」
「うん。まあ正式名称は『次期王妃』と言って新年を迎えると、この国の王妃様になるけどね」
「……」
全力で引かれた。
だが我が執務室では次期王妃がソファーで寝ているとか普通です。それも勝手にお菓子を食い漁って。
「でも今は邪魔だから」
パンパンと手を叩いたら壁の一画が開く。
ギョッとするモミジさんをスルーして、姿を現したメイド長がチビ姫を脇に抱え一礼してから去って行った。しばらくすると悲鳴染みた声が響き渡る。最近は『チビ姫の声に似た鳥でも鳴いているのだろう』と思うことにしている。
「まっこんな感じで事務方は平和です」
「はあ」
「それとここはそこのお菓子を自由に食べて良いので、食べたい物があったらお好きにどうぞ。ただし食べ過ぎて『太った』などの苦情は僕に持って来ないように」
クレアがハッとなって自分のお腹周りを触りだす。隣の将来の伴侶がフォローがてら声を掛ける。
イネル君……そういう時は声を掛けちゃダメだ。ほら涙目のクレアに叩かれる羽目になった。
コントを見せる2人の様子に気づかず、愕然としたモミジさんがこっちを向く。
確かに大型の棚一面にお菓子がディスプレーされているけどね。あっ新作発見。チビ姫が食い散らかしていたのはあれか。
「……あの棚の物、全てですか?」
「はい。それと外で待機しているメイドさんに頼めばケーキも食べられます」
「けーき?」
おや? ケーキを知らない人が居るとは……人生の楽しみをそこそこ失っている。
「なら注文しておくから戻って来たら食べることとしますかね」
「はい」
椅子から立ち上がり彼女を連れて執務室を出る。
「軽く城内の案内をしたら……一応待機所に出向いて自己紹介ね」
「分かりました」
「こちらでお世話になりますモミジ・サツキと申します。田舎の出なので色々と疎いですが、教えて頂ければ幸いです」
「はい。宜しくお願いします」
兵たちが整列して敬礼とかして来る。真面目にやれば出来る人たちだと僕は知ってたからね?
「改めて……私が副隊長のフレアです。主に事務関係と魔法を担当しています。それと貴女のお兄様に追われて王都から逃走した小さくて薄いのがミシュと言う残念な売れ残りよ。あれでも副隊長で現在は拠点防御の担当と言うことになっているわ」
隊長であるノイエが説明とか不向きだからフレアさんに丸投げする。と言うかノイエの調教師だったミシュは新しい担当を得ていたのね。知らなかったわ~。
まあ現在は上からの指示で変態に追われて逃走中だけどね。
頑張れミシュ。たとえ逃げ切っても捕まっても君の運命に変更など無い。マツバさんとの婚姻に関しては、僕が全力で外堀を埋めておいてやるからな!
決して相手を探すのが面倒臭いとかじゃ無いんです。運命の出会いって良い言葉だと思います。
「あの人……お仕事なさっていたんですね」
「ええ。不思議なことにそうなっているわね」
何故か2人してため息を吐き合う。
ミシュと言う存在だけで一体感が生まれるなんて凄いな。
そのまま愚痴に突入しそうなので口を挟むことにする。
「その他大勢は勝手に自己紹介して貰うとして……後はルッテだけ?」
「彼女なら中で仕事中です」
だから居ないのか。ノイエもだけどね。
「良い機会だからモミジさんや」
「はい?」
「あの扉を開けて中に入ってらっしゃい」
「お仕事中と言うことですが?」
「入れば分かります」
「……」
訝しみながらモミジさんが閉じられている扉を開いて中に入って行く。
フレアさんから手渡された書類のチェックをしていると……静かに扉が開いてモミジさんが出て来た。
ツカツカと真っ直ぐこちらに来る彼女の頬を滂沱の如き涙が濡らしている。
「アルグスタ様!」
「ちなみにルッテは君と同じ歳だからね」
「……」
自分の胸を着物の上から確認したらしい彼女は静かに首を振った。
「お兄様の言う通り……大きければ良いという訳では無いのですね」
悟りを得たらしい彼女が遠い方を見つめた。
それから待機所の説明をして城へ戻ると、またチビ姫がソファーを占拠して今度はケーキを食べていた。
メイド長を召喚するのは後回しにして、モミジさんも合流させて初ケーキを堪能させる。
『美味しい』と言って喜んで貰えると何か嬉しくなるよね。
(c) 2019 甲斐八雲
今月15日で投稿一周年を迎えます。
それを機にタイトルの変更を考えています。
なろう受けのするタイトルを……と考え続けて袋小路に陥ってますがw




