お子ちゃまにはR指定
(2/1回目)
ゆっくりと瞼を開けると、見慣れない天井だった。
ズキズキと全身が痛み悲鳴を上げている状態で、イネルは頭を動かす。
何とも言えない様子で自分を見つめている存在を確認して……満足気に笑い目を閉じ、
「死んじゃダメっ!」
「痛い痛い」
「あっ……ごめんなさぃ」
慌てて相手の襟首を掴んで揺すったクレアは、その手を放すとまた椅子に腰かけた。
力無く元の位置に戻ったイネルは、うっすらと目を開いた。
「こっちも誤解させるようなことをしてごめん。目を開けるのが辛くて」
「うん……だいぶ顔とか腫れてるから」
「そうなんだ」
「でも安静にしてれば平気だって。ハーフレン様が手配してくれたから、明日あの有名なお医者様に診て貰えるって」
「……アルグスタ様が『あれは新種の拷問だ』とか言ってた人だよね?」
「うん……」
と、会話が途切れる。
本当なら色々と話したいことがたくさんあるのだけれど、お互い自分の心が重く圧し掛かって来るのだ。
好きだからこそ……その口を開けない。
「クレア」
「なに?」
「クレアは平気? 叩かれてたみたいだけど」
「あっうん。大丈夫」
叩かれ慣れていたせいもあってそんなに酷いことにはなっていない。少し赤くなってるくらいだ。
「良かった」
「……」
自分よりも酷い怪我を負った相手の言葉にクレアの小さな胸が押し潰されそうになる。
息苦しくなって空気を肺に送り込むと、一緒に彼の匂いも吸い込んで……何故か頬を紅くした。
「ねえイネル」
「ん?」
「……イネルは……わたしのこと……」
「……」
「違う。言わなくて良いから!」
言って欲しいけど聞きたくない。
その思いが込み上がって来てクレアは慌てて会話を止めようとする。
「……好きだよ」
「えっ?」
「ボクもクレアのことが好き」
腫れた頬を、腫れた顔を真っ赤にさせる相手を見つめ……クレアもまた赤くなった。
案内されて来た場所には先客がっ!
薄く開かれた扉の隙間から中の様子を窺っている次期王妃様を発見。
僕の気配に気づいた彼女は、爛々と輝く目をした顔を向けて来た。にぱっと笑って『早く早く』と手招きするから、急いで合流して縦に並んで確認する。
ベッドの傍に居る2人が、何かすっごく良い感じなんですけど~。
「クレアのことが好き」
「……本当に?」
「うん。でも」
「……」
分かっている。それはお互い分かりきったことだ。
同じ上級貴族でも勝手に結婚相手を決めることなど出来ない。イネルの方がまだ可能性はあるが、嫁ぐことになるクレアは勝手など出来ないのだ。
自身の姉のように両親が納得する相手ならば可能性もあるのだが。
「ごめんね」
「ううん。イネルは悪くない」
「でも」
「悪くない」
「……」
ポロポロと涙を溢してクレアは唇を噛んだ。
悪いのは自分の方なのだと理解している。きっと全て全部自分が悪いのだ。
自分の我が儘で色々な人に迷惑を掛けて、そしてついには好きな人まで傷つくことになった。
今はまだ良いとしても……ここまで話が大きくなったのだから、全ての経緯が両親に知らされる。下手をすれば自分は実家に戻されてしまう。
その可能性が高い。
「……ごめんねイネル。わたしが普通の子だったら」
「違うよクレア」
「でも」
「違うよ」
全身から発せられる引き攣るような痛みに耐え、イネルは体を起こすと……必死に目を開いて相手の姿を見る。
ポロポロと涙を溢している人は……自分が好きになった大切な人だ。
「クレアがクレアだったから出会えたんだ。だから悪いのはボクの方」
「でも……」
言葉が続かない。大好きな人を前に、別れの言葉を続ける辛さ。
胸が張り裂けてしまいそうになって……救いを求めるようにクレアは彼の胸元に飛び込んだ。
「イテテ……」
「ごめんなさぃ」
「平気」
やせ我慢をして根性で笑う。
だがクレアは彼の胸に自分の顔を擦り付けていた。
「わたしはイネルのことが好き。優しくて……優しくて」
「うん」
「わたしの我が儘をいつも聞いてくれて。本当に優しい人で」
「うん」
「……イネルはどうしてわたしなんて?」
顔を上げクレアは相手を見つめる。
少し動けば触れてしまいそうなほどの距離に彼の顔があった。
「クレアは凄く元気で明るくて……何より可愛いし優しいから」
「……ばぁか」
恥ずかしくなってクレアはまた顔を真っ赤にした。
と、少しだけ体を動かしてそっと自分の顔を近づける。
『さっきのあれはやっぱり無しで』と思い、感謝の気持ちを込めて彼の唇に自分の物を触れさせた。
「なぁ~っ! 真っ暗です~」
「お子ちゃまにはR指定なの」
「何ですかそれは~です~。わたしだってもう大人です~。あとでシュニット様とするんです~」
廊下から聞こえて来た声に、室内の2人はハッとして急いで唇を離した。
コンコンッ
「お兄さんとして、それ以上はダメだと思うぞ」
ノックしながら入って来た上司に……真っ赤な顔のクレアが食って掛かる。
「それ以上って何よ!」
「クレアの左手。イネル君の右手かな」
「「……」」
2人は指摘された部分を見つめた。
シーツ越しに彼の股間の上に置かれている自分の手を見て凍るクレア。
ドレス越しに彼女の胸の上に置かれている自分の手を見て凍るイネル。
「キスまでは良いとしても……そっから先はお子ちゃまには早すぎるとお兄さんは思う訳です」
キスすることで必死だった2人は、自分たちの体勢を含め総合的に判断した結果……両者顔を熟れたトマトよりも赤くして静かに離れたのだった。
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