掃除……ですか?
部屋を出て行った若き貴族の当主を見送り……初老と呼んで差支えの無い2人は、メイドに命じて紅茶からワインへと飲み物を変えた。
「ウイルモットよ」
「何だ?」
「……ちとあれは問題ぞ?」
幼き頃よりの付き合いである相手だからこそ、呼び捨てなどと言う暴挙を特別に許している。
それに彼はその程度のことを許せるほど、この国に仕え支えて来てくれたことをウイルモット王は知っている。
「お主もそう思うか」
「ああ」
ワインで一度舌を濡らし、彼は言葉を続けた。
「聞いている限りでは野心は無いそうだが……まず頭の回転は良い。何より自然と自分が元王家の一員であったことすら計算し立ち振る舞う。真面目で政治向きのシュニットや活殺自在のハーフレンとは違い、本当の意味で厄介な相手と言わざる得ない」
「ふむ」
グイッと顔を寄せる親友に、ウイルモットは肩を竦めた。
「本当に"あれ"の中身をお前たちが選んだのでは無いのだな?」
「違う。アルグスタの中身に関しては純粋にノイエと結婚出来る者を限定した。結果として"あれ"が釣れてしまった訳だがな」
「ならば不幸中の幸いと言うべきか……はたまた」
クロストパージュ家当主は頭を振った。
「大外れを引いてしまったのかもしれんな」
言って親友から顔を離し、メイドにワインの替えを求める。
聞かれては困る話は終えたので、これで遠慮なく尻を触れる。
「あはは……そう悲観するな。アルグスタは確かに厄介な存在になり得る可能性を秘めている。だが我々が生きている間に彼の思考を少しずつ変えてしまえば良いのだ」
「……言ってることが腹黒いぞ?」
「国王なんてモノは得てして腹黒い生き物なのだ」
両手でメイドの尻を撫で、上機嫌な王は言葉を続ける。
「あれの能力は捨てがたい。確かに危険を孕んでいるが使える。ならば安全に使えるようにするまでのこと」
「出来るのか?」
「するのだよ。それが儂の最後の仕事になるやもしれんがな」
苦笑いしてウイルモットは寄って来たメイドを捕まえて自分の膝の上に座らせた。
この場に居るメイドたちは全て王の誘いを受けている者ばかりだ。何をしても問題にはならない。
(アルグスタの1番の問題は……ノイエを愛し過ぎてしまっている事。それと)
膝に座るメイドで遊び王は思考する。
(器である本来のアルグスタの能力を中身である"彼"が自然と使っていることだ。こればかりは本当に誤算であるな)
クロストパージュ家当主が怒りだすまで、王は思考する振りをしてメイドで遊び続けた。
「これはアルグスタ様。丁度良い所で」
「あれ? メイド長。あの2人は?」
「はい。今はベッドのある部屋で休んでおります」
「……2人一緒とかじゃ無いよね?」
そんな飛び級をお兄さんは許しません。僕だってこの齢になるまで経験は無かったしね。
「はい。不器用ながらご息女が看病していらっしゃいます」
「そっか……なら部屋の方に案内して貰っても良い?」
だがメイド長がふわりと一礼して来た。
「申し訳ございません。急ぎの用がございますので」
パンパンと彼女が手を叩くと、近くの壁の一部が開いてメイドさんが姿を現した。
絶対にこの城の構造は、地震とか来たら危ない気がする。
「この者に案内させますので」
「分かった。……急ぎってチビ姫?」
あの部屋に居るはずのチビ姫が居なかったから捜索でもしているのかな?
「いいえ。別件でして……急ぎますので」
「あっごめん」
会釈してメイド長が足音も立てずに高速で移動して行った。
「……」
あの人は忍者の修業でも受けているのだろうか?
メイド長は不思議な人だと再確認したし2人の元に急ごうかな。
メイドさんに案内をお願いして歩き出して気づいた。
チビ姫以外でメイド長が急ぐ用件って何なんだろう?
「王妃様」
「あらスィーク……もう気づいたの?」
「当たり前にございます。この城のメイドたちはわたくしの支配下にあるのですから」
「あらあら……悪いことは出来ないわね」
コロコロと喉を鳴らし笑う女性は、次期国王の屋敷に住まう王妃ラインリアであった。
ただお忍びで登城して来たこともあり、控えめなドレスにその華奢な体を包んでいるが……漂わせる気配は尋常ではない。
メイド長はため息交じりに普段自分が押さえている気配を開放し、彼女の気配を打ち消して行く。
「腕に自信のある者でしたら王妃様の気配に気づきます。騒ぎになる前にお屋敷に」
「あら? 一応ここも私の家のはずだけれども?」
結い上げた髪に帽子を被せ、その顔を覆うようにヴェールが垂れている。
素顔を隠している王妃は、楽し気にコロコロと喉を鳴らして笑った。
「分かってます。そんなに怖い目で見ないで」
「……王妃様が我が儘を言うからです」
「ん~。だって若い子の恋物語とか見てて胸がキュンってなるでしょ?」
「だからと言ってご無理をすればまた吐血してお倒れになります」
「もう。分かりました。これだから年寄りは小言が多いから嫌なのよ」
プチッと頭の中で何かが切れる音を確認しつつも、メイド長は日々培ってきている"忍耐"を発揮して耐えた。だがそんな彼女の様子に気づいていないのか、王妃は自分の体を軽く揺すって不満げな感じを体現する。
「それ以上駄々を捏ねるなら……こちらにもそれ相応の対応がございます」
「分かりましたって。も~」
体を揺らすのを止め、ラインリアは今日見れた小さな恋物語で満足することにした。
ただ、
「帰宅する前に少し掃除をしていきましょう」
「掃除……ですか?」
「ええ。しばらくこっちに来ていなかったら」
相手が漂わせる気配にメイド長の背筋が凍り付いた。
王妃ラインリアは壁越しに1点を見つめる。
「この城を覗く不届き者が居るだなんて……許せないわ。良い? スィーク」
「はい。王妃様。ご命令を」
スッとメイド長は仕えている主に頭を垂れた。
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