その倉庫の中にヤツは居ないわ!
大陸北西部・ミールトア公国中央街道
「ぬはははは~! 薙ぎ払えっ!」
ゴーレムの頭の上で悪魔がお約束をしている。
あれはビーム兵器的なモノは搭載していません。
ただ持て余し過ぎているほどの巨体で前に向かい直進するだけです。
「フランクさん!」
「ああ」
余りの光景に呆然としていたフランクさんが僕の声に我に返ると、急いで部下を引き連れてダッシュする。向かうは公国軍の食料を積んでいる荷車だ。
敵の物資を奪うのは過去から続く戦場のお約束です。ですが僕は食べ物に対しては寛大な心を持っています。全ての食品を提供しなさい。さすれば武器などは気にしないであげよう。
「ぬはははは~!」
腰に手を当てて全力で笑っている悪魔はどうでも良い。彼女の足元に存在するゴーレムが牽いている荷車の荷物の上でノイエがいつも通りボーっとしている。
現在異世界召喚と呼ばれる異なる世界の何かしらを呼び出すウチのお嫁さんの隠しスキルが発動中である。ただアホ毛がクルクルと回っていて……『あのアホ毛って実はノイエの本体なのでは?』と時折怖い発想が湧くのは僕だけの秘密だ。墓の下まで黙って持って行こう。
「お腹空いた」
ボソッと呟いたノイエの声に反応してクルクルと回っていたアホ毛が回転が遅くなる。
もう限界か? もう少し頑張れ!
本日の異世界からやって来た何かは、昔に共和国でヒャッハーした時に見たことのあるようなヤツである。蜘蛛と象が合体したような造形的に色々と無茶苦茶なあれです。
ただとにかく大きいので敵を蹴散らすにはこれほど向いた存在はない。
『ノイエさま……すごっ』とか荷物の方から声がしたが気のせいだ。
馬鹿な荷物はニクと一緒に大人しくしてなさい。巻き込まれると危ないから。
「お腹空いた」
もう無理か?
回っていたアホ毛が停止寸前だ。どうやら限界らしい。
「終了で」
「はい」
僕の声に彼女のアホ毛が止まる。すると彼女の背後に展開されていた魔法陣が消え、そして前方で大暴れしていた存在がフッと音もなく消えた。
どうやらノイエの異世界召喚は召喚であって召喚ではないという部分があの消え方に関係しているのだろう。詳しいことは知らん。
「最後は腐って崩れ落ちないと~!」
ゴーレムの頭の上で馬鹿が膝から崩れてそんなことを言い出す。
「どうせ過去にやったんだろう?」
「ま~ね」
「したのかよ?」
「……」
僕の問いに馬鹿がペロッと舌を出す。
「わたちぽーらごさい。さいきんひとりえっちを、」
「皆まで言わさん!」
「ありがとうございますっ!」
ハリセンチョップを相手への虚言と過去へ戒めとした。
「まさかその辺を掘り起こしたら繭とか出て来ないよな?」
確認は大事である。故に僕は……おい悪魔? 何故全力で視線を逸らす? この時期に蝶々などはいないぞ? 見えない蝶を追うな。何より全力で張り倒すぞマジで!
「あはは。兄さま? いくらわたしたちでもそんな杜撰なこととかしないわよ?」
ですよね?
「地殻変動で隠し倉庫の何個かがどこかに消えてしまっているけど」
おひ?
「その倉庫の中にヤツは居ないわ!」
ポーズ付きで悪魔がそう断言した。
「で、ヤツ以外は?」
「さあ姉さま。ご飯の時間ですよ~」
軽い足取りで悪魔が逃げて行く。
あの馬鹿は後で一回ノイエの手によって打ち上げの儀式を行った方が良いのかもしれない。
「姉さま?」
「はい」
荷物の上へと移動した悪魔がエプロンの裏からまるごと食パンを取り出す。
スーパーとかであれを売っているのを見ると『誰が買うんだろう?』といつも疑問に思っていたが、ここに居ました。そして菓子パン感覚でモグモグしているのです。
「パンで大丈夫? 兄さまのバナナが良いなら準備するけど?」
「まだ平気」
そっか。まだ平気か……まだ? それって後で食べられますか? 食べますか?
モグモグしながらノイエがアホ毛を回す。
「お肉が食べたい」
「兄さまのフランクフルト?」
「それは食べたらもっとお腹が空くからダメ」
「なるほど。深い」
何が深いの悪魔さん? 僕としてはお嫁さんの発言にお尻の穴がキュッとしてるよ?
「でも兄さまのフランクフルトを治すのは魔力でしょ?」
「……はい」
たぶん何となくでノイエは頷いたぞ?
「ん~。この辺の線引きはたぶん間違えていないと思うんだけどね~」
言いながら悪魔は3本目のまるごと食パンをノイエに手渡す。
「お肉は?」
「それを食べたら兄さまのでも舐めて我慢して」
「はい」
頷かないで~! 今の会話からしてちょっと怖い感じになっているから~!
「アルグスタ様~」
フランクさんたちと一緒に略奪に向かっていたテレサさんが荷物を抱えて戻って来る。
うん。貴女は荷物を抱えていますか? 荷物で自分の胸を押さえていますか? どっちですか?
「たくさんのお野菜が」
「要らない」
「否定されましたっ!」
ノイエの野菜嫌いを知らないテレサさんとしては確かにショックであろう。
「でも野菜は貴重なんですよ! 美味しいし!」
「……」
どうやら野菜が詰まっているらしい箱を抱えてテレサさんが力説する。
が、クルンとノイエはアホ毛を回すとそんな彼女に視線を向けた。
「お姉ちゃんが言ってた」
「はい?」
「野菜好きは変態だって」
「そんなことないですからね~!」
至極まっとうな否定をテレサさんが口にする。
「食べないで別のことに使うって」
「別のことに使ったりしないですからね~!」
全力の否定だ。否定のはずだ。
ただ否定してから抱えている野菜を見つめテレサさんが困った様子で辺りを見渡す。
悪魔よ。救ってあげなさい。
にんまり笑って悪魔がテレサさんの元へ。どうやら彼女は僕が思っていた通り、野菜の別の使い方が分からなかったのだろう。すると悪魔は彼女が抱えている箱の中から太く立派なズッキーニのような野菜を手にした。そして耳元に口を寄せて……見る見るテレサさんの顔が真っ赤になった。
「これを挟むんですかっ!」
「それから」
何故か悪魔が追い打ちを。
「ふえっ! これを……」
表情を失ったテレサさんの顔が僕を見る。何故か僕の股間を見る。いやん。
「はわわっ! はわっ!」
驚きおののき数歩後退したテレサさんが抱えていた箱を放り投げた。
「不潔なことはいけないと思います~!」
脱兎のごとく逃げて行った。
「まさか異世界で天然のあのセリフを聞けるとは」
箱をキャッチした悪魔が僕の元へ来る。
「有名なの?」
「一部には」
どうやら僕はその一部では無かったらしい。知らないしね。
「で、状況は?」
「ん~」
悪魔が荷馬車の上に移動して辺りを見渡す。
突然沸いた異世界のあれの大暴走で、街道を封鎖していた公国軍の人たちは蜘蛛の子を散らすかのように逃げた。まあそれは仕方ない。あれを相手に踏ん張って時間を稼げとか無理だ。
「戻ってくるまでにしばらく時間はかかると思うけど」
5本目のまるごと食パンをノイエに投げつつ、悪魔は辺りを見渡す。
フランクさんたちが公国の荷物を漁ってとにかく食料を集めている。
食料だけだよね? それ以外は集めてないよね? 集めたところで何か問題あったっけ?
「悲しいけどこれって戦争なのよね」
「戦争にしたくなくってこうしたんじゃなかったっけ?」
「……」
ポーズを決めて何やら呟いた悪魔が恥ずかしそうにまた観察に戻る。
「うん。たぶん大丈夫?」
「ノイエ~」
悪魔の結論を聞いて僕はノイエを呼ぶ。彼女は居車の荷の上で座ったままだ。
「何か嫌な感じはする?」
「する」
「悪魔さん?」
「……」
ノイエの声に悪魔が額に手を当てて今まで以上に真面目に観察し始めた。
「で、どんな風に嫌な感じ?」
「……」
モグッともぐもぐしていた食パンを完食したノイエが立ち上がる。
「こんな感じ」
右手を前に伸ばしノイエが身構える。けれど一瞬にしてノイエの上半身が凍り付いた。
「って、はい?」
突然のことに僕は戸惑いの声を上げた。
あのノイエが抵抗することなく上半身を氷漬けだと?
「あ、あれ~?」
そして悪魔が隣で何とも言えないトーンで戸惑いの声を上げた。
お前か? やはりお前が関係しているのか? 『あれはあの子が全部封印して……あの倉庫ってどこに埋めたっけ?』とかの呟きが聞こえていますが?
「むぅ」
凍ることを避けていたノイエのアホ毛が動き出し、彼女の氷を叩き割る。
「冷たい」
「凍ってたし」
「はい」
頷かれてもね。で、逃げようとしている悪魔の首根っこを捕まえた。
「説明を聞こうか?」
「あはっあははっははっ」
引き攣った笑みを浮かべて悪魔が全力で笑い出した。
それも結構壊れた感じで……つまりこれから良くないことが起きますか?
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これから良くないことが起きます。
間違いなくとんでもなく良くないことが起きます。
大丈夫か? まだ間に合うぞ? 引き返すならここだぞ作者?




