尻が死ぬ方が後で面倒だと思うけどね
ユニバンス王国・王都北部ゲート街
「ん~」
準備された荷車を見ててふと思う。
『ウチのお嫁さんとのラブラブ用馬車を清掃したのにそんなに使用しなかったな~』と。
はい? あれからフル清掃を3回とシート交換を1回しているですと? あはは。妹くんよ? 流石の僕もその手の冗談では笑えんよ? 今の笑いは愛想笑いだよ?
そんな酷い状態になるほどの行為をした記憶がありません。本当です。全くありません。だってお城から帰宅する時は馬車に乗るともう自宅なんだぜ? 寝落ちが凄すぎてビックリだ。
ただこの話をしていると全身から冷たい汗が止まらなくなるのは何故だろう? 気のせいです。気のせいだよな? 僕の記憶が飛ぶほどのことをノイエにされていたのだろか?
そんなお嫁さんはノワールを抱いてあやしている。ノワールは留守番なので仕方がない。セシルと一緒にセシリーンが確りと面倒を見てくれるから安心だ。
それと念のために遺言書というか相続に関する書式は一式整えてある。
僕らが帰ってこれない場合はセシルを後継とし、セシリーンは彼女が成人するまで後見人とする。
本当ならノワールの方が後継としては正しいのかもしれないが『捨て子』と言う部分がどうしても良くなかった。
まあ何かあればノワールは妹を面倒見てくれるいいお姉ちゃんとなることだろう。
「兄さま」
「ほい」
最終確認を任せておいた妹様がこちらへ来た。
「ポーラさんや」
「はい」
僕の前で立ち止まった妹様を再確認する。
「やっぱりメイド服で行くの?」
「メイドですから」
「……」
僕の問いに彼女の返事は本当に迷いがない。
何故か周りに居るハルムントのメイドさんたちが感極まってハンカチを手に取り目頭を押さえている。
このままではなし崩し的にポーラはメイドになってしまうのではないか?
ただ世間的なあれからするとポーラはドラグナイト家の令嬢ではなく優秀なメイド扱いだ。
つまりこれが正解なのか?
「ポーラさんや」
「はい」
ちょっとした実験を。
「仮にメイドを辞めたら僕の側室にしてあげると言ったら」
「今を限りにメイドを辞めます」
僕の言葉に彼女の返事は本当に迷いがない。
周りに居るハルムントのメイドさんたちが全員膝から崩れ落ち……地面に呪いの言葉を書くでない。その呪いの相手は僕か? 僕なのか? ノイエを呼んで来て強制的に払うぞ? というか今回の荷は呪いをどうにかする物なのだからそれを撒くぞ?
「まあ冗談だけど」
「そうですか」
頭のカチューシャを外そうとしていたポーラの手が止まった。
そのカチューシャはあれですか? アイドルで言うところのマイクか何かですか? それを置いたらメイドは引退する物なのですか? こわっ!
「ノイエの面倒を見るメイドさんはまだ必要だしね」
「はい」
妹の頭を撫でてこの話はここまでにする。
何故か殺意を帯びたハルムントのメイドさんたちが集合し始めているしね。
全員がエプロンの裏に手を入れてあれは絶対に何かあれば飛び掛かってくる感じでしょう? 流石のノイエもあの数を捌くのは難しいかな?
「それで僕の冗談で話があれしちゃったけど何か用?」
「そうでした」
彼女は僕の元へ報告に来たのだ。たぶん。
「先生が言うには北西部への情報の拡散はほぼ終わっているとのことです」
「つまり僕らが本日ゲートを通過してユーファミラ王国へ行くことは完璧に伝わっていると?」
「間違いなく」
そうでなければ困るのです。その為に出発を少し遅らせたんだからね。
「ならゲートを潜ってからが本番かな~」
「そうなりますか?」
「だろうね」
この件に関してはほぼ間違いなく確定だ。
僕はポーラを連れて荷車へと向かう。
現在荷車はユニバンスの国軍が警備しているが、動き出したらユーファミラ王国側へと引継ぎされる。ゲートを潜った時点で完全にユニバンスの手を離れている状態だから、これが襲われて荷物を奪われてもユニバンスとしては『もうあげた荷物なんでウチは知らないです』となる。
つまり盗まれた方が悪い理論だ。
「なら普通ゲートを潜って来たら襲うでしょう?」
「ですね」
「そこで」
僕は荷車に掛けられている真っ白な布を、シート代わりの布を軽く捲って中身をポーラに見せる。
覗き込んだ妹様は……その目をフラットにさせ無表情になった。
「兄さま?」
「何でしょう」
深いため息を口にしてポーラが心底呆れている。
「……本当にこの手の悪戯が好きですね」
「はい」
大好きですが何か?
思わず笑いだしそうになるのを我慢して、僕は荷車のシートを戻す。
「当たり前だけど誰が普通高価な荷物をこれ見よがしに送ります?」
「外交上ではそれらの行為が必要になる場合もあると学びましたが」
「まあね」
それだってあくまでポーズで十分だ。
本当にわざわざ貴重な薬を荷車で運ぶ必要が何処にある?
「それなら確実で安全な方法を使用すれば良いのです」
何よりノイエが一緒に居るのだから問題はない。
「これはあくまで餌ですから」
ポンポンとシートの上から荷物を叩いた。
「そんな訳でさっさと行け」
「おい馬鹿兄貴」
「あん?」
出発式的なモノが始まって直ぐに終わったので思わずツッコミを入れてしまった。
「正式のモノは昨日やったろう?」
「まあね」
相手の言いたいことは分かる。
昨日お城で正式な式典は実行済みだ。その足でゲートを潜って出発していれば問題無かったのだが、珍しく近場で中型のドラゴンが姿を現したのでノイエが喜び勇んで向かってしまった。
おかげで一日延びました。僕は気にしてないけどね?
「行って好きなだけ暴れて来い」
「僕らを何だと思ってます?」
「動く災害の類だな」
良しノイエ。この馬鹿に高い高いをしてあげなさい。
はい? フレアさんにミルクをいっぱい貰ったから、それをしたらノワールが怒る? ウチの娘は慈愛の塊かっ!
ならば仕方ない。今日の所は我慢してやろう。ウチの天使に感謝するんだな。
「それでアルグスタよ」
「ほい?」
馬鹿兄貴が僕らの様子を確認してくる。
ほぼ全員が防刃用のマントを羽織っているのはある意味でお約束だ。
装着していないのはノイエとポーラぐらいかな?
「襲われる気満々だな?」
「ま~ね」
だって僕らはこれから公国に行って公国と喧嘩して……うん。喧嘩する理由はあったな。コロネの恨みを晴らさなければいけない。
「公国が使い方も良く理解していない呪いなんてモノを使ったからみんなが迷惑したのです。ウチのコロネだってあんなに若くしてお尻で快感を覚えるような性癖に目覚めることは無かったのです。僕は彼女の保護者として公国のお偉いさんたち全員にお尻で快感を覚える苦しみを体験していただこうかと思っています」
拳を握り締めて僕は遠い空にそれを誓う。
ガタガタと荷車から苦情を訴えかけるような振動が伝わってきたが知らん。荷物は荷物らしく大人しく荷物していなさい。
「まあお前が何をするのかは任せるが、一つだけ忘れるな」
「へいへい」
これに関してはきつく言われている。
特に陛下から言われているが僕らはそこまで野蛮人ではありません。
「公国の公王たちの尻に一発決めるのは良いけど殺すなよ。後で面倒だ」
「尻が死ぬ方が後で面倒だと思うけどね」
特にコロネはしばらく死んでいた。
お手洗いに行くたびに絶叫し、その苦痛がまた新しい扉を開いてしまったわけである。
「だから性癖に関してはどうでも良い。ただ殺してしまうと復讐の連鎖が止まらなくなる」
「ま~ね」
そうなるとユニバンスは公国と戦争になるが、ユニバンスと公国とでは距離に難がある。
むしろノイエという存在が居る分ユニバンスの方が有利な可能性すらあるのだ。
「それとお前が捕まってもウチからの援護は無いと思っておけよ」
「はいよ」
それは当然である。
そもそも今回の件は僕が行く必要はない。必要はないがノイエのために強行した。
結果として僕が行くしかないのだが……今回に関して本当にビックリするほど貴族たちからの反対意見が出なかった。むしろ全員して『逝ってきてください』な感じだ。
“逝って”の字があっちな感じに思えた。
「これでもかってほどの餌は準備したんだからそっちもちゃんとやってくれよ」
「おう。任せておけ」
ガハハと笑い馬鹿兄貴が握り拳を作る。
「良い機会だからグローディア派を一掃してやるよ」
「ついでにその神輿も一緒に潰してくれると嬉しいんだけどね」
「そりゃ無理だ。諦めろ」
言って馬鹿兄貴は僕から離れて行った。
© 2025 甲斐八雲
アルグスタが居ない…ノイエとポーラが居ないドラグナイト邸は何て襲いやすい場所でしょう?
リスクはありますがリターンが大きい場所です。つまり反国王派が動くとしたら今がチャンスです!
あの屋敷に存在するというグローディアとアイルローゼの連絡手段をゲットすれば…って、すること全てが国王たちに知られているのにそれでも動くとか正気か? 何か方法があるのか?




