納得しなくとも理解しろ
ユニバンス王国・王都北部ドラグナイト邸の近く
「は~い。全員集まっていますか~?」
僕の声に集められた人たちが口を閉じる。
本日は先日陛下たちに告げたプランの説明会です。
ただ集めるメンバーも特殊なので今回に関しては夕方から開始します。
はいそこっ! そこのオーガっ! その酒樽はまだ早い!
「アタシは真面目な話は、」
「黙って座ってください」
「……分かったよ」
掴んでいた酒樽を地面に戻したオーガさんがその場にドカッと座り込む。そんな彼女が置いた酒樽にまた手を伸ばさないようにポーラが腰に手を当てて見張りだす。
何故かあのオーガさんはウチのポーラに対して甘々なのである。何と言うかダメな大人を叱る子供のような感じに見えて見ているこっちとしてはほっこりする。ただ場の一画を占めているハルムント家のメイドさんたちがうっとりとした表情で熱い吐息を溢しているのは……見なかったことにしよう。うん。僕は何も見ていません。
「最近のハルムント家のメイドさんって、好みというか性癖に難があるような気がしてならないんだけど大丈夫かね?」
「畏まりました。ドラグナイト家当主からの苦情として先生にお伝えしておきます」
「あはは。冗談だよ?」
「わたしもです。アルグスタ様」
傍に居る二代目メイド長の笑っていない瞳が僕を貫いて来る。
これです。これぐらいの冷たい感じの視線が良いです。これこそが『侮蔑』です。視線で人が殺せます。
「段々アイルローゼに似て来たね」
「……まだまだです」
若干頬を赤くしてフレアさんは僕の視線から逃れた。
やはり意識して師であるアイルローゼの立ち振る舞いに寄せているのだろう。
ただ最近のアイルローゼは冷酷な魔法使いでは無くて、焦って可愛い感じになって来てますが大丈夫ですか?
まああの姿を見せるのは僕らにだけだから知られていないのか。
「おにーちゃん」
「何よ?」
何故かまたメイド服姿で参加しているチビ姫が騒ぎ出した。
最近の君はそれを着ていれば自分の正体がバレないとか思っていないか? それに何故ドラグナイト家のメイド服を着ている? はい? それが一番着やすいの? 各所に動きやすい細工がされていて凄く良い感じなの?
あ~。それはウチの悪魔がデザインからこだわって作ったモノだからね。というか自分が着るからこそのこだわりだろう。妥協など一切していないしな。おかげで一着辺りの単価は他所のメイド服の倍ほどの値段になっている。ただウチは古着屋を運営している伝手で価格を半分に抑えることが可能だ。つまりプラスマイナスゼロなのである。
「早く始めるです~」
最もな意見をチビ姫に指摘されてしまったな。
「は~い。良いですか~」
長くもない髪の毛をかき上げて改めて場に居るメンバーを見渡す。
叔母さまからはハルムント家の武装メイドが送り込まれる。現場の経験が少ないけれど実力者揃いとの売込みだ。そしてそれを指揮するのは二代目メイド長だ。こっちは馬鹿兄貴が派遣してきた。ある意味であの兄貴が送り込める最強の手駒だろう。それ以外の駒を送り込めないからこその最終手段だ。そう言うことにしておく。僕は振り返らない。最も強力な手駒の存在なんて僕は知らない。
それに当初屋敷の外周には近衛騎士が配置されるはずだったが、前回のグローディアの一件を持ち出した大将軍が意見具申して来たとかで、今回は国軍の精鋭が務めることになった。
近衛内の大掃除をした手前馬鹿兄貴も強く言い返すことができず、また大将軍の方も僕との友好的な関係を維持したいとの手前もあって陛下が受諾した。
屋敷の外周はそんな感じだ。内側はメイドさんの職場である。
ハルムント家の武装メイドを指揮する現場司令官はミネルバさんだ。彼女は今回フレアさんの指揮下でより実践的な戦闘方法を学ぶことが叔母さまから命じられている。より実践的……もう本当に好きにすれば良い。というか各所経費は僕の財布からだと思って、ここぞとばかりに人を集めて鍛錬する気満々だろう?
分かった。僕も覚悟を決めた。
あ~コロネくん。屋敷に行ってくれるかね? 行けば分かる。大丈夫。
僕の傍に居た自称護衛のコロネが良く分からないままで屋敷に向かい走って行く。
気にするな。向こうにはもう『説明済み』だから。このくらいの距離なら難なく届くしね。
「今回ここに集まって貰った人たちにはウチの屋敷を守っていただきます」
何せこの国一の資産が集まっていると言われるドラグナイト家だ。確り守って貰わないと困る。
「この屋敷には金銀財宝がゴロゴロと存在しています」
事実です。換金不能な宝物などが廊下に適当に置かれていたりする。壁に掛けられた絵画がとんでもない値段だとか結構有名な話だ。
だが知らん! 僕に絵画の価値など聞くだけ無駄だ!
「そして重要なことですが、この屋敷にはグローディアとの連絡手段が隠されています」
そう言うことになっています。
「それはアイルローゼとの連絡に使われる物です」
とても重要です。それが盗み出されたらもう二度と連絡は取れません。はい? それが座標のあれやこれやをあれしているから、それが動くと転移とかできなくなるんですよ。たぶんきっとそんな感じです。
「形状は明かしませんが、まあそこそこ大きなモノなので、それっぽい物を抱えて逃げようとする人は容赦なく処刑してしまってください」
厳密に言うと人ほどの大きさかな? ぶっちゃけた言い方をすればノイエがその魔道具とも言えなくはない。故にノイエを盗み出せる猛者が居ればだけれどね。
「そして僕らがこの屋敷を離れている間は貴賓がご宿泊されます」
「わたしですぅ~!」
僕の前に来たチビメイドに一瞬全員が『誰?』といった表情を浮かべた。
「わたしですぅ~! キャミリー・フォン・ユニバンスですぅ~! この国の王妃ですぅ~! 正妃ですぅ~!」
周りのリアクションに涙目になってチビ姫が必死に弁明する。
『ああ。そんな人も居たな~』といった感じで全員が納得した。
「良かったですぅ~」
チビ姫もない胸を撫で下ろした。
というかこれで良いのか? この国の王妃よ?
「まあこんな馬鹿はどうでも良いけど」
「良くないですぅ?」
黙れ。
チョップ一発で自己アピールしてくる『貴賓』を黙らせた。
「貴賓が滞在しますのでその間確りと守っていただきたい。宜しいですか?」
『のぉおぉ~』と貴賓らしい存在が頭を抱えて蹲っているが僕は気にしない。周りの人も気にしない。本当の貴賓は違う。決して表に姿を現すことのできない人物が、僕らの留守中滞在することになった。
全力で断ったが、国王命令でそうなった。というか最後は交換条件でそうなった。
『国外にノイエを連れて行くのであればこの条件を飲め』とだ。何でも兄さまも大変だったらしい。頑張ってくれたらしい。でも孫を見たい祖母のパワーに息子の抵抗は脆かった。
つまりお義母さまが来る。来てしまう。その隠れ蓑としてのチビ姫は本当におまけだ。コンビニ弁当の緑のあれだ。よくポテトサラダが乗っている皿代わりのあれである。
「そして貴賓よりもっと守っていただきたい存在が居ます。我が家の可愛い存在です」
大切です。これは大切です。何せドラグナイト家の大切な存在です。
コロネに手を引かれてやって来た存在に皆が息を飲む。
目を閉じながらもまっすぐ歩いて来た彼女の胸には、我が家の愛娘であるノワールが抱かれている。
分かるかね? 君もその存在が素晴らしさが分かったかね?
「我が家の大切な愛娘であるノワールを悪しき存在から守っていただきたい」
「「……」」
あれ? おかしいな? どうした皆の衆よ?
ここは展開的に盛り上がるところだろう。全員のリアクションが微妙過ぎて我が家の愛娘がアイルローゼぐらいの冷たい視線をパパに向けてきているぞ? はい? どうしたチビ姫?
何故か代表して復活したチビ姫が挙手をしている。うむ。その質問を聞いてやろう。
「ノワールを抱いている人は誰ですぅ~?」
「ああ」
忘れていましたね。
「家庭教師のセシリーンさんですが何か?」
「「……」」
少し恥ずかしそうに胸に抱くノワールを持ち上げてセシリーンが自分の顔を隠そうとしている。
隠す必要はないぞ。君は十分に美しいのです。
「では簡単な説明も終わりましたのでこれから夕食会でも、」
「終わらせないですぅ~!」
何故かチビ姫が噛みついて来たので蹴り倒して黙らせた。
コイツは魔道具のおかげで怪我しないと知ったから、もう容赦などせんぞ?
「黙れ。そして納得しなくとも理解しろ。さもないと」
パチッと指を鳴らすとスッとノイエが姿を現した。
アホ毛で肉串を確保しつつ、はむはむしながらだけどまあ良い。
「ノイエ」
「はい」
「このチビ姫に少し厳しい躾けを」
「はい」
「止めるです。ほっげぇ~!」
掴んで放たれた。そう表現するしかないほど滑らかな感じでチビ姫が上空に打ち上げられた。
「全員、理解しましたね?」
「「は~い」」
大変良い返事です。
© 2025 甲斐八雲
次回に続くよ?
だってこのままだとオーガさんが必要なくなるしねw




