これから美味しく料理されるんですか~!
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「あ~! 負けた負けた!」
地面の上で大の字になっているオーガさんから声が上がった。
その様子は走り切った感が溢れているアスリートのようだ。
そしてそんな彼女に勝ったノイエは『ん』と呟いてドラゴン狩りに戻る。
彼女の辞書に疲労の文字は無いのであろうか?
「何なんだよ! お前の所の嫁は!」
あれ? 何故かオーガさんの怒りの矛先が僕に向いてます?
「えっ? 美人で可愛いでしょう?」
「聞いたアタシが悪かったよ」
軽く上半身を起こしたオーガさんがまた倒れた。
まあこっちはやり切った感じだから良い。ストレスは発散しきった様子だしね。
「そっちはどう?」
「はい」
メイドの1人が報告に来る。
スズネは軽傷。イーリナも軽傷。ポーラはそこそこの怪我。テレサさんは精神的に重傷。フランクさんは己の老いを嘆いている。それぐらいか。
「大変ですぅ~! コロネの胸が完全に無くなってるですぅ~!」
「あるもん! これからおおきくなるもんっ!」
ああ。1人忘れてた。コロネは地面の上をスライディングして傷だらけ。
胸があるはずなのに何故か大変抵抗が少なかったせいで地面の上を良く滑ったそうだ。そうなるとグローディアとかいう馬鹿も良く滑りそうではあるな。
「人的被害はほとんどないで良いのかな?」
軽傷なんて怪我に含まれません。ポーラの怪我?
見なさいウチの妹さんを。反省が終わり次こそはオーガさんに勝とうともう練習しています。あれこそメイドとして正しい姿勢なのです。きっと叔母さまが今の貴女たちの姿を見たらポーラ1人を戦わせたことを叱ることでしょう。
僕の言葉に『ハッ』としたハルムントのメイドさんたちが各々武器を手にして自主練を始めた。
うん。ここはノイエ小隊の待機所兼訓練場だから間違ってはいない。間違ってないよね?
正規の兵たちはグラウンドを整地する時に使う『トンボ』を手に捲れ上がっている土を均している。
一番の被害はイーリナの魔法で抉れてしまった部分だな。そこはちゃんと土を入れて叩いてから整地するように。
「あっ終わりましたか?」
そしてわざとらしく今頃になってルッテがやって来た。
「続けても良いんだよ? オーガさんと延長戦してみる?」
「あはは~」
何故かダッシュで僕の元に来て彼女は全力で頭を下げてきた。
うむ。その前屈みの姿勢から覗かせる胸に免じて許してやろう。というか今日はちゃんと下着をしているのだな。成長した様子でアルグスタさんは嬉しいよ。
「え~。これでももうすぐ人妻ですから、夫以外の人に肌を見られるのはちょっと」
胸元を両腕で隠しつつクネクネと体をくねらせルッテがそんなことを言っている。
ただその考えはこの世界だと結構一般的だ。独身時代は結構オープンなのに結婚すると肌を隠す。で、出産妊娠するとまたオープンに戻るのだ。
もちろん例外は要る。ノイエの姉たちは比較的肌を隠す派が多い。
「それにしても今日の隊長は凄かったですね」
「いつもである」
「はいはい」
何故かルッテは僕の返事に呆れた様子で返事をしてきた。
「いつものことでしょう?」
テレサさんかを抱えて息も絶え絶えのフランクさんたちを救出後、ノイエはオーガさんの攻撃を全て避した。最後オーガさんは金棒を取り出しノイエをタコ殴りし始めたけれど、その攻撃はアホ毛が全て自動迎撃する。
とうとうあのアホ毛は自動防御までするようになったぞ?
最終的にノイエが殴り合いに持ち込み、相手の攻撃を全て回避しながら確実にダメージを与えて行った。
結果としてノイエのKO勝ちだ。力尽きてオーガさんが倒れ込んで負けを認めたから間違いない。
「で、ルッテよ」
「はい」
「追加の方は?」
「あはは~」
『気づいてましたか?』と言いたげに彼女が笑う。
この僕が気づかないとでも思ったのかね? 君が兵の一部を王都に向けて走らせていただろう?
「一応モミジさんに警戒をして貰おうかと……ダメですか?」
「はっきり言いなさい」
建前などは必要ないのです。
「ついでにモミジさんにこちらに来る馬車の護衛をお願いします」
「荷は?」
「牛は難しいので豚と鶏になると思います」
「それは仕方がない」
ユニバンス王国では現在、牛が不足している。
食物連鎖の頂点に立つノイエがバクバクと食べるものだから、とうとう出荷制限がかかってしまったのだ。
「今から豚の丸焼きは間に合うか分からないですけどね」
「大丈夫。ハルムントのメイドさんたちに不可能はありません」
あっちで修行している彼女たちも肉が届けば、またメイドに戻り完璧な丸焼きを作ってくれることでしょう。
「で、費用の方ですが~」
「構わん。ポーラに話をしておきなさい」
「ありがとうございますっ!」
何故かまたルッテが全力で頭を下げてきた。
あれ? もしかして? 別途何か頼みましたか?
「お肉にケーキは必須ですよね?」
躊躇うことなくこのおっぱいがそんなことを言ってくる。
そんな組み合わせは僕の辞書には載っていないんですけど?
「でも隊長は好きですよ?」
「知ってる」
ケーキの甘いとお肉のしょっぱいのが丁度良いらしい。ただ最近は焼き肉にマヨをぶっかけるという暴挙が混ざりだしてきた。ノイエの健康が……害さないと知っていても色々と心配になるのです。
とりあえずルッテには竈の方を準備して貰うことにして、僕は向こうで伸びているユーファミラ王国組の元へと向かい歩いて行く。
「ナイスラン!」
「ないす……?」
地面に座り込んでへばっているフランクさんが不思議そうな様子で首を捻る。
これが通じないということは彼は転生者とかではないらしい。まあ引っ掛かる人は今のところ居ないけどね。
「なかなか面白い魔道具ですね」
「ああ……気づけばこっちの手の内を晒す事態になっていたけどな」
「あはは。そこはそこの家出娘が全部悪いってことでどうでしょう?」
「いいや。何かしらの賠償を求む」
「へいへい」
懐から塩の小瓶を取り出しそれをフランクさんに投げる。
「個人的に贈答します。お姉さんに必要なんでしょう?」
「……良いのか?」
流石にそこまでの賠償を想定していなかったらしい彼が目を白黒させた。
「我が家のモットーは『どんなに馬鹿で手のかかる家族や仲間であっても見捨てない』ってなってるんですよ」
ギャンブルで負けがかさんで呪いを受けたらしいフランクさんのお姉さんに対して言いたいことは色々とありますが、
「ウチのノイエは家族を失うことを嫌うので……まあ黙って受け取っておいてください」
だから今日、このタイミングで渡したわけだしね。
本日フランクさんの部下は全員ゲート街だ。2人の警護は僕とノイエが責任を持って保証することになっていたんだけど……強制イベントは計算に入ってませんでした。今日来るなと言いたい。
「それに何かの展開でその薬が必要になった時、そして誰も持っていない時に、静かに差し出したりしたら物凄く格好良いと思いますよ? 間違いなく女性とか落とせることでしょう」
「あはは。それは良いな」
何でもフランクさんは独身らしい。現在はテレサさんという娘が居るから気にしていないそうだけど、これから枯れて行くであろう人生を鑑みると……独身は辛いと思います。
深い意味はありません。ウチはこれから子供が増えて賑やかになっていくので問題ありません。
「まあ少なくともあれがちゃんと嫁にでも行ってからだな」
あれとはどうやらテレサさんらしい。
そんな彼女は大の字になって地面の上で伸びている。
うむ。体型からしてそうであろうと思っていたが……横に流れている。スライム系なんだよね。
そう思うとファナッテが恋しくなるのは何故だろう?
「で、そっちの家出娘はどうした?」
「ふはっ!」
どうやら寝ていた様子だ。というか気絶していたのか?
「あれ? あれ?」
慌てて自分の体を触ってか確認している。
最後に胸のアーマーを引っ張って何故か谷間を確認している。
「生きてる?」
「そりゃ~お客さんが怪我をしないように手配はしますよ?」
ホントウですヨ? アルグスタさんウソつかないヨ?
「ならあの恐ろしい人とかは夢だったんですね!」
「……」
何故にそうなる?
丁度体を起こしたテレサさんの角度では背後で大の字になっているオーガさんは見えないらしい。
僕は彼女の傍に行き、肩を叩いて背後を指さす。
ゆっくりと振り返った彼女は何故か僕がそうしてしていた角度とは違う場所に目を向けた。
ルッテが豚の丸焼き用に準備している竈の方だ。
「これから美味しく料理されるんですか~!」
その発想は無かった。そして君が美味しくなるのかは謎である。
勝手な印象だけど脂身多そうだしね。
© 2025 甲斐八雲
もう今更なのでオーガさんとノイエのバトルは割愛でw
だって勝者が分かっているしね。何よりオーガさんは強いノイエと戦えればそれで良いので。
伏線の回収は良く忘れるのに、フランクさんの姉のことを忘れていない主人公にちょっとビックリしたわ~
 




