出会い頭にドーンっ!
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
『あ~。ノイエくん。そんな訳でちょっとお願いします』と少しだけ偉そうにノイエにとある仕事をお願いする。彼女はそんな僕の態度に何も反応を示さず『ん』と頷くと地面を蹴って宙を舞い、そしてあっさりと仕事を終えて戻ってきた。
「こちらがユニバンス名物の一般的なドラゴンになります」
「「……」」
テレサさんとフランク氏が地面の上に転がっているドラゴンを見て何とも言えない表情をしている。
死にたてほやほやの死体は、飛んで行ったノイエが空中でキャッチして首をゴリッと絞めて運んできたモノだ。良く良く観察すると空飛ぶウツボにも見えてくる愛らしい奴である。
「これ以外だと蛇っぽいのとかウナギっぽいのとかアナゴっぽいのとか居るんだけど、」
全体を通し全てに鱗が存在しているから蛇に近い生物なのかもしれない。
ただその顔立ちはウナギっぽいのとかアナゴっぽいのとかウツボっぽいのとか、『何故に海の生き物が?』とツッコミを入れたくなる。
「一応背中の部分にこんな感じで羽とか存在していますが、」
トビウオのような皮膜で良いのかな? あれってなんて名称だったっけ? まあ良いか。
「ほとんど飾りです。空に居る時は一応広げていますが、これを動かして飛んでいるということはありません」
専門家であるノイエが言うには、この畳んでいる羽を広げることで飛行魔法的なモノを使っているのだと推測されているらしい。
ちなみにこの羽は薄くて丈夫なのでレースのカーテンの上位種として扱われている。光にかざすとキラキラと輝いて奇麗なのである。そして何より腐らないし劣化しないから、かなり強い火力で燃やして処分しない限りは半永久的に使用することができる。
僕の屋敷だと客間で使用されている。寝室は普通のレースだ。何故なら寝室とは寝る場所だからだ。
寝ているよ?
最近はノイエに襲われてしばらく頑張っていると、気づけば朝になっているからぐっすり寝ているに違いない。
何の話だっけ?
この蛇型の説明でしたね。
「空を飛ぶとは言いますがそこまで高い距離には昇りません。最大で20mくらいまで上がれますが、」
基本は人の顔の高さぐらいに浮かんでいることが多い。この蛇型は地面から離れれば離れるほど動きが鈍くなるという弱点があるのだ。浮かんでいない場合は地面の上で蛇のようにもぞもぞしている。
で、獲物が近くに来たら飛び掛かり、獲物が逃げたら飛んで追いかけて来る。
「普通に出会ったらほぼ確実に死にます。出会わないように注意してください」
我が国でもそんな感じで注意喚起をしている。一番重要なのは相手の姿が隠せるような場所に近づかないことが大切です。藪を突いてドラゴンが出るのがこの世界なのです。
「ではこちらは専門家に処理を任せるとして。ノイエ~」
空に向かって声をかけるとノイエが姿を現す。
地面の上を軽く滑ってからつんのめる様に足を止めた。
どうもまだ新しくなったアホ毛のバランスが取れていないらしい。
故に感覚がズレてしまい着地が上手くできずにいるのだ。
最初の頃は地面の上を転がっていたのに、もう倒れることはないらしいので、明日辺りになれば普通に着地していそうだ。それがノイエである。
「こっちは処理場に運んでもらって、次は地面の上を歩くやつを」
「はい」
ひょいとノイエは地面の上でお亡くなりになっているドラゴンを抱える。
見つかったら間違いなくテレビニュースに取り上げられるような巨大大蛇クラスの相手ではあるが、ノイエは気にしない。重さを感じているのかすら謎である。
「ん」
軽く地面を蹴って宙を舞った彼女は、途中でドラゴンの口から上下にベリベリっと裂いて消えて行く。
「アルグスタ様? 今ベリベリっと裂いていたように見えたんですけど?」
驚いた様子でテレサさんが声をかけてくる。
「……そっか」
忘れていたよ。
「あのまま持って行くと処理場の人たちが処理するのが大変なので、ノイエは普段からあんな風に上下に裂いて二枚下ろしにするんです」
「そんな料理感覚で?」
「ノイエの場合はあれが普通ですから」
ノイエからすれば何も感じない作業だ。作業とすら思っていない。
「息を吸うようにあんなことをするから、当初ノイエは誰からも恐れられていたんですよね」
「当初ですか?」
「ええ」
僕が彼女と初めて会った時もノイエはドラゴンの返り血で真っ赤に染まっていたな~。
「無表情で捕まえたドラゴンを千切ったり引き裂いたりする。命令されたわけでもないのにそんなことをするノイエを、この国の貴族たちは恐れていました。でもよくよく知れば彼女のあの動作のおかげで処理場の処理能力は格段に上がっていたんです」
何故ならドラゴンの鱗は刃が通りにくい。とにかく硬いのだ。
「だからノイエは裂いて渡すことで解体を楽にしていたんです」
ただ誰もその部分に注目しなかった。
飛んでドラゴンを狩るノイエの姿に恐怖し『あれは残忍な化け物だ』とそんなレッテルを張ってしまったからだ。
「一度張られてしまったレッテルは簡単に剝がせません。何よりノイエは自分から意見しませんしね。だからみんなから恐れられノイエはずっとドラゴンを狩り続けて来たんです」
宙を舞うノイエが獲物を見つけたのか急降下した。
上空から猛禽類のように旋回して獲物を狙うあの姿は……まあ恐怖の対象にはなり得るんだけどね。
少し待つとノイエが新しいサンプルを抱えてこちらに来た。
「で、こちらが先ほどの蛇型と同じぐらいこの国の周辺で目撃されるヤツです」
二足歩行で走り回る恐竜タイプだ。
なんちゃらサウルスとかなんちゃらラプトルとか命名したらそのまま受け入れられそうな形をしている。ぶっちゃけ恐竜とドラゴンの違いが僕には分からない。しいて言えばこれは食えない。血肉が毒なので人が食すと逝ける。
「ユーファミラ王国に居る小型と似てますね」
マジマジと死体を見つめたテレサさんがそんなことを言っている。
「なら詳しい説明は省いてあっさりと。
これは人の頭の高さぐらいの塀なら飛び越えて来るので、この国で防御用の塀を作る時はこれが飛び越えられない高さで作ることが義務付けられています」
と言っても塀を作れるのは王都を代表として大きな街ぐらいだ。村レベルの場所では塀を作るよりも家畜を食われるぐらいの方が費用的には安いともいう。
問題は家畜ではなく人が食べられてしまうことがあるから、貴族が住む街は高い塀で囲うのである。
「ドラゴンを恐れているのは主に人間で、それも貴族だって言う証拠みたいな話ですけどね」
一般国民はドラゴンに襲われることを受け入れ、死を隣に置いて生きているのだ。
だから比較的平和なユニバンス王国であっても死因の第一位は『ドラゴンによる被害』になる。
「明け方に畑を見に行った帰ってこないとかそんな事故は良く起こります」
「……そうですね」
真面目で素直で純粋なテレサさんが何とも言えない表情を浮かべた。
「わたしもドラゴン退治をしていますがそれでもやっぱり」
彼女の表情が沈む理由は簡単だった。
誰も家族を失いたくはない。それも不意打ちでの別れなどは理解し受け入れる時間も生じない。
ちょっと出かけた夫が帰ってこない。畑に向かったら血だまりができていて、ドラゴンの足跡だけが畑に残っていた……この世界だと本当によく聞く話だ。
「わたしの国は畑が少ないので基本は野生の動物を狩って食料にするしかありません。ですから野山に入ることが常なので」
正直野山などはドラゴンの住処みたいなものだ。
「狩りに出て帰ってこないということは沢山あります。わたしも頑張ってドラゴンを狩っていますが、全てのドラゴンを狩ることはできません」
彼女が言葉を選んでいる様子が見て取れる。
たぶん口の悪い、感情的な言葉を今まで何度も投げかけられてきたのだろう。
『もっとたくさんドラゴンを退治してくれたら!』『もっと早くドラゴンを退治してくれていたら!』と。
ドラゴンスレイヤーであれば誰もが言われているであろう言葉だ。
たぶんノイエとて言われているかもしれない。
「まあ全てのドラゴンを駆逐することは無理だし、何より倒せることを褒めて欲しいけどね」
言って僕は足元に転がっている石を拾いあげ、祝福を与える。
地面の上に転がっているドラゴンの死体に気づいたのであろうドラゴンがこっちに向かい飛んできていた。壁の高さが関係ない空飛ぶ蛇型が待機所の壁を越えて、
「出会い頭にドーンっ!」
テレサさんがドラゴンキラーを抜くよりも先に僕が放った石が蛇の頭を消滅させた。
「ノイエ。どう?」
「……」
スチャッと地面に降り立った彼女がドラゴンの死体を掴んで確認する。
「消しすぎ?」
「消しすぎか~」
良い感じで頭を吹き飛ばしたと思ったんだけど、胴体も消えてますか? 消してますね? 残念っ!
© 2025 甲斐八雲
ノイエは普段から真面目にドラゴンを退治してます。
対ドラゴンに特化しているので狩る量は狂っていますがw
テレサさんも比較的狩ってる方なんですけどね




