スィークに使いを頼む
××××・××××
××年前
「本当にこの方法しか残っていないのでしょうか? 王よ」
「くどい」
古くから仕えし相手の言葉に彼は頭を振る。
もうこれしかない。これしか手立てがないのだ。
「悪名は全て余が持って行こう。だから頼む」
「ですが」
長きに渡り彼、王に仕えてきた彼は問う。
「まだ我が国は終わっておりません」
「言うな。もう終わるのだよ」
「ですが」
分かっている。このままでは確かに王の言葉の通りになるであろう。
現状この国には戦力と呼べるモノが居ない。
南より迫りくる帝国兵の猛攻で主力は殲滅させられた。集めた兵は将と共に帝国の若き将軍である勇将キシャーラの精鋭により挟撃されたのだ。
こちらの将は帝国の若き将を過小評価した。皇帝の弟だと言うだけで祭り上げられ作り上げられた戦歴だと相手の実力を見誤った。結果として彼は味方を巻き込み多大なる被害をもたらし絶命した。
この国はもう終わりだ。終わりなのだ。
「だが簡単には終わらんよ」
王は力なく笑う。
「ここで帝国は足を止めることになる。これ以上の北上は出来なくなるだろう」
それがこの国の役目だ。存在意義と言っても良い。
大陸北西部の地を守るのがこの国に与えられた役割なのだ。
「公こ……大公国に連絡を」
主国である国の蔑む呼び名を口にしかけ彼は言い直した。
主国の正式名は大公国である。公国呼びは皮肉った蔑みの言葉なのだ。
「あれを使用する、と」
「王よ」
忠実に王の命を受けてきた彼はその皺だらけの頬に涙を流す。
「仕事を終えるまで余を追うことは許さん」
王は笑う。初めてと言っても良いほど清々しい気持ちでだ。
全ての束縛から解放され彼は心の奥底から愉快な気持ちで笑うことができた。
「余の妻、余の子らを連れて大公国へと向かえ」
「王よ」
「頼むぞ」
「……」
涙を流しながら彼は王に深く首を垂らし、断腸の思いでその場を離れた。
忠実に命令を実行する。王からの最後の指示を実直に実行する。
彼は王の指示を守った。王の家族を連れて城を出て、北西へと向かった。
そしてその夜……主人である王しか残らない城から紫色の煙が立ち上った。
その煙はまるで生き物のように蠢き、四方八方へと爆散したという。
完全に滅ぼされたその国は、皇帝の命により帝国の手によって蹂躙されて……見るも無残な姿となった。
ユニバンス王国・王都下町診療所
「お義父……先生?」
「ふむ」
姪であり弟子でもある少女の声に黒い神父を思わせる衣装を身にまとった男性が腕を組み椅子に深く座り直した。
彼の横に置かれている机の上にはカルテを思わせる紙の束が並んでいる。そう束だ。
数にして4、50枚程度であるが問題は一番下から数え半数が亡くなっている事実だ。
恰好があれでも医者である彼としては看過できない。
「これの問題は分かるかナーファ?」
「えっと……」
問われ少女は辺りを見渡すように視線を走らせる。
別に助けとなるヒントはボロい壁や天井に書かれていない。床の染みがちょっと気になったから後で擦っておこうとは思う。
「病気ではないと思います」
「根拠は?」
「……各自の症状が違うからです」
仮にこれが病気なのであればその症状に偏りが出るはずだ。
だが今回のこれに関しては症状がまばらだ。患者ごとに症状が違う。
「しかし罹患した者、特に初期の者たちは最終的に症状は同じとも言えなくは無いな」
「ですが弱っていれば衰弱していくのは」
「医師を目指すのであれば『当然』という言葉は忘れよ。健康なままでポックリ逝く者も居る。違うか?」
叱られた。
弟子入りしてから彼は基本厳しくなった。時折昔に負った怪我の後遺症でおかしくなるが、それ以外の時は厳しい師である。甘えを許さない。甘えることを許さない。
『この厳しさに耐えられないのであれば医師になることを諦めろ』と言われているよう気がして……だから絶対に諦めないとナーファは自分の心に鞭を入れる。
「ただこれらの問題を前にして……」
彼は一度口を閉じて息を吐いた。
分かっている。彼は自分の専門を理解している。そして今回の案件が自分の専門でないことを理解している。
「外に居るメイドたちに声をかけてくれるか?」
現在この下町に存在する診療所には見目麗しく強いで有名なメイドたちが学習ということで通っている。治療をすることで患者の扱い方を学んでいるのだ。
おかげで多くの患者を診ることができるが、場合によってはそのメイドたちの手により患者が増えることがある。軽症者を重傷者にして治療するのだ。どうしてそのようなことが起きているのかを彼は気にしない。どんな理由であれ怪我人を癒すのがこの場所での使命だ。
怪我をしたくないなら来なければ良い。怪我を重くしたくなければメイドにちょっかいを仕掛けなければ済む話だ。大人しく治療を受ければ怪我は増えない。
要はメイドから手当てを受ける時は強い自制心が必要なだけだ。それを養えば良い。
彼の言葉を受け部屋を出て行った弟子を見送り彼はまた深く息を吐いた。
最初からすることは決まっている。ただ問題は昔なら勝手にできてしまったことも今はできない。現在は戦時中ではないのだ。故に勝手な『実験』は後で問題になりえる。
それこそ昔であれば彼は問題を恐れはしなかった。被害は自分ぐらいだ。でも気づけば自分よりも大切なものができ、そして今もまた大切なものが目の前に居るのだ。
『無理を押し通せる者とは本当に羨ましいものであるな』
胸の内で愚痴り彼は軽く笑った。愚痴ったおかげでそれを思い出せたのだ。
「先生。呼んできました」
「うむ」
戻ってきた弟子と年若きメイドに彼はメイドの方へ眼を向けた。
「スィークに使いを頼む」
「何なりと」
スッと奇麗に頭を下げるメイドの姿勢は完璧だ。教育が施されているのだろう。
「足の様子を確認したいからたまにはこちらに来いとな。できればちょいちょい怪我をしている甥も連れてくると良いとも付け加えてくれ」
一度言葉を切り彼は視界の隅でそれを確認した。姪の姿をだ。
「その甥に預けている弟子も一緒なら尚良しともな」
「畏まりました」
メイドは返事をし部屋を出ていく。
ただ会話の内容にビクッと全身を強張らせた弟子が露骨に頬を膨らませていた。嫉妬か何かは分からないが、きっと姉弟子が来るように仕向けていることが面白くないのであろう。
それを理解していても彼はそれを選択した。何せ一番弟子である義理の娘の腕前は自分にも匹敵するほどの物だ。祝福を使える分だけ自分の方が僅かに上なぐらいだ。
「急ぎで頼むぞ。判断を誤ると取り返しがつかないことになるやもしれんのでな」
王都・王城内アルグスタ執務室
おかしい。何故だ? 何故別荘から戻ってきて20日も過ぎているのに僕の前から書類の山が消えない?
「何故だっ!」
「姉さまが頑張りすぎているからじゃないですか?」
「それかっ!」
ポーラの言葉が的を得ていた。
知ってる。知ってた。ノイエが頑張りすぎてるって知ってるよ。
だがそれは僕のせいか? 僕のせいなのか? 僕のせいですね?
はいはいごめんなさい。しかし僕は言いたい。声を大にして言いたい。
ようやくノイエの気持ちを理解できました、と。
確かに悪魔が言う通りでした。
ノイエは毎晩求めてくるが、ただそれは僕が常に彼女を恐れ及び腰だったのがいけなかったのだ。
どうやら僕はノイエの傍にいる限り死なないらしい。それを知れば怖い物がなくなった。
落ち着いて考えると今まで寝起きの筋肉痛とかも『あ~筋肉痛だわ~』と思ってしばらくすると治っていた。それら全てはノイエのおかげだったのだ。
それを学んだ僕は頑張った。ノイエが満足するまで頑張ると決めた。
すると意外なことにノイエが大人しくなったのです。
今では3日にひと晩頑張れば良い。後はノワールを抱いてノイエはスヤスヤと寝ている。
本当に僕の及び腰が悪かった感じです。ノイエの圧を恐れていた僕のことを彼女は『嫌われている』と思っていたのかもしれない。だが違う。僕は恐れを乗り越えた。もうノイエとの営みは怖くない。
時折気絶して昼に起きたり、回復能力があっても腰が昼まで痛いとか……うん。大丈夫。死んでいても、骨折していたとしても時間が解決してくれるんだ。
つまり僕の味方は時間である! 時間さえ稼げば僕に恐怖はない!
「そんな訳でこの書類も時間をかければ、」
「溜まりますね。それ以上に」
ポーラさん? 最近ちょっと冷たくないですか? 反抗期なの? 僕は愛らしい妹さんの方が好きだよ?
ツンとした感じでポーラが温くなったお茶を冷たい物と交換していく。
このような配慮は完璧なんだけどね。
まあ良い。どんな書類も時間をかければ必ず倒せる。
何故なら僕は最強である! どんな強敵もやって来るが良い!
「失礼。アルグスタは居ますね」
「叔母さまっ! 何か御用でしょうかっ!」
不意に姿を現した叔母さまに僕は揉み手で駆け寄る。
知ってる。この世にはどんなに最強でも逆らえない相手が居るのです。
© 2025 甲斐八雲
今回はヌルっと日常編からメインストーリーに繋げる感じです。
ですのでここから新章となります。
まずはユニバンスの出来事を片付けて…そして舞台は大陸の北西へ!
そうです。あれです。各方面からツッコミ多数の魔剣問題ががががが




