長生きしちゃうのね
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
らっらめぇ~! 無理やり押し込んでこないでぇ~! そんな奥までむりぃ~!
どんなに抵抗しても相手がグイグイと……もしかして魔法使ってますか? 使っていますね?
こちらの防御が追い付かないほどに無理やり相手が口の中を蹂躙してくる。
こうなれば相手を振り払って……あれ? ガッチリと掴まれた相手の手が振りほどけない?
僕の頭を左右から挟むように掴んでいるその小さな手がどうしても外れない! また魔法かっ!
お前はなんだ? 何なのだ?
知ってる。魔女でしたね。
「むぐぅ~!」
逃れられず離れることもできず相手の蹂躙を受ける。受け続ける。
もうここまで丁寧にするのかというほどに蹂躙された。もはや無人の野を進むかのように、全てを相手に嘗め尽くされた。
「……ごちそうさまでした」
僕から離れた悪魔がその腕で口元を拭う。
「うぅ……穢されちゃったよ」
無理やりとはいえ相手の暴力に穢された。穢されてしまった。汚れちゃったよ。
「どうよ兄さま?」
何が?
「気づいていないの?」
悪魔がない胸を張ってふんぞり返る。
「こんなロリッ娘に蹂躙された兄さまに兄としての威厳が残っているとでも思っているの!」
「……」
あれ? どうして反論する言葉が出て来ないのであろう? 代わりに涙が……。
「そしてこの馬鹿弟子も私にここまでキスされたショックで枕を濡らすこと間違いなし!」
ん? 何となくポーラに関しては完全な流れ弾な気がするんですけど?
「どうよ! この私を蔑ろにすると恐ろしいのよ!」
何故か両腕を掲げ悪魔が吠えた。
あの~確かにショックはありましたが、耐えられないほどではないんですけど?
「チッチッチッ。甘いわ兄さま。甘すぎる!」
君のそのハイテンションが若干怖いんですが?
「気づいていないのであれば教えてあげるわ!」
教える? 何を?
『チッチッチッ』と振っていた指を悪魔が動かす。釣られて視線を動かすと……僕はたぶんラスボスを見た。見つけた。目が合った。
ノイエのアホ毛が怒れる猫の尻尾のようだ。パンパンに膨らんでいる。
「あらあらノイエちゃん」
何故か義母さまは笑いながらノイエの首に回していた腕を離す。
あれほど頑なに離そうとしなかった腕をそんなあっさり離さないで頂けますか?
お願いします。切に、切にお願いします。離さないでぇ~!
「あんなに過度のストレスを受けていた姉さまが今の様子を見てて許してくれるとでもっ!」
「お前は悪魔か~!」
「悪魔ですが何か~!」
「クタバレこの糞悪魔っ!」
握りしめて放った拳を悪魔はあっさりと回避する。
違う。瞬間移動で悪魔の横に来たノイエの手が僕の拳を掴んでいた。
「アルグ様?」
「ひゃいっ」
怒れるノイエのアホ毛が冗談にならないレベルでパンパンだ。
「ちょっとそっち」
「できれば寝室に戻ってから、」
「ならここで」
「あっちに行こうか!」
ノイエの腕が僕の腕に絡まり……うん。逃げられないように拘束され運ばれていく。
木陰というかちょっとした岩が置かれた場所で、ここで姿を隠してするのって色々とハードルが高い気がします。
少し気が緩むと見えちゃうよ? あっちに居る義母さまと目が合ってるしね?
ほら見てごらん。声に出さずで口を動かし『がんばって』って……もうそれなら声に出しても良いんじゃないの? ねえ?
「ノイエ? やっぱりここだと、もごっ」
ら、らめぇ~! そんな強引に迫って来たら出ちゃうから! ここで倒れたら丸見えになっちゃうかららめぇ~!
「あ~静かになった」
軽く腕を回しながら魔女は湯に戻る。
温泉とは常に静かな環境で浸かっていたい。
具体的にはこのような露天風呂なら夜空を見ながらのんびりする方が良い。静かな方が良いのだ。
「リズミカルに煩いわっ!」
ただのんびりまったりしたいのにあっちの方からリズミカルな吐息が聞こえてくる。
イラっとして立ち上がると魔女は自分の胸の前で指を動かし、綴った模様を押すことで魔法とした。
飛んで行った魔法は岩場に隠れている夫婦の周りで展開し……リズミカルな姉の声と悲鳴染みた兄の声が止まった。
「あら凄い」
ポンと胸の前で手を打った前王妃が近づいて来る。
聞いている年齢よりも遥かに若く見える肉体は、間違いなく融合した存在の影響だろう。
異世界の竜の力を取り込んだ彼女は、人類という垣根から零れ落ちている。超人や超越者と呼んでも過言ではない。人の姿をした別の何かだ。
「それだけ若い肉体だと性欲とか持て余しそうね?」
「ん~。ここが無いからかそうでもないのよね~」
言って彼女は自分のお腹に両手を当てる。
子供を作り育む臓器……子宮を失っている彼女はそれを残念がっている素振りを見せない。当然のように受け入れている節すら見せる。
「それに子供を産めなくても子供を育てることはできるわ」
「姉さまのように?」
「ノイエちゃんはまだまだ若いんだから頑張って欲しいけど」
クスクスと少女のように笑う前王妃の姿にはやはりどこか気品がある。
「別に貴女が産んだって良いと義母さんは思うんだけど?」
「この体の持ち主にどうぞ」
「あらあら」
またクスクスと笑うと前王妃、ラインリアは両腕を伸ばし小さな魔女を抱きしめた。
「嬉しかったのでしょう? アルグスタから“家族”と言われて」
「別に」
「そう? 義母さんには嬉しさを誤魔化したくてキスしたように見えたけど?」
「違うし。キスなんて挨拶だし」
「あらあら。誤魔化し方が初めてキスした少女のようよ?」
「……」
何を言ってもこの人には通じないらしい。それを悟った魔女は大人しく口を閉じた。
「伝説の魔女がどうしてポーラちゃんの体の中に居るのかとかは、これ以上聞かないであげる。だから教えて。私は本当にあと1百年以上生きてしまうの?」
やはり聞こえていたのかと魔女は思った。
この前王妃も食えないタイプであることを魔女は理解している。
「たぶん。それもあくまで最低って単語が頭につくけど」
「あらあら」
優しく頭を撫でられた魔女は相手に抱き寄せられ、その胸に顔を預ける格好となった。
「長生きしちゃうのね」
「みたいです」
「……ねえ魔女ちゃん」
相手に促され胸に預けていた顔を魔女はあげる。
顔の半分が鱗に覆われているラインリアが優しく笑っていた。
「長生きをするのってどう? やっぱり辛い?」
柔らかく紡がれた言葉に魔女は胸の奥がギュッと詰まる痛みを感じた。
「……辛いことの方が多いかと」
「どうして?」
そんなのは決まっている。
「……親しい人との別れは、見送るのは辛いと思うので」
「そうね」
ポンポンと魔女の頭を優しく叩き、ラインリアはその目を空へと向けた。
「でもそれは仕方のないことよ。生きていれば必ず別れはやって来るもの」
「人より遥かに多く見送ることになっても?」
「そうね。きっとそれは辛いことなのでしょうね」
まだ分からない未来にラインリアは息を吐いた。
「でも長く生きることとなる私にも終わりは来るのでしょう?」
「ええ」
それは間違いない。どんなに長命でも不死ではない。
生命体である以上不死は不可能なのだ。
「なら子供は難しいとしても孫とかその子供とか、私が愛した人との確固たる証に囲まれて眠る日を夢見て生きるのも悪くないわね」
「……」
それは魔女が考えもしない発想だった。だからポカンとした顔で相手を見やる。
呆けた表情を見せる魔女に気づいたのか、ラインリアは優しく笑いかけた。
「1人で生きていると考え方が寂しくなってしまう。それを見抜いてアルグスタは貴女に“家族”という言葉を使ったのだと義母さんは思うわ」
「……どうですかね」
魔女とて知っている。あの兄は基本脊髄反射で生きている動物だ。そこまで深く考えて行動なんてしていない。
行き当たりばったりの……本能のままに生きている人だ。だからその言葉は何も考えていない“本音”ばかりなのだ。
「アルグスタは何とも思っていない人に“家族”とは言わないわよ」
また相手の腕が頭を抱えるように回される。
相手の胸に顔を押し付ける格好となった魔女は静かに目を閉じた。
若干鱗がチクチクとするが、温泉の湯で暖められた相手の肌は爬虫類特有の冷たさを感じさせない。暖かくて心地が良い。
「できたら私は長生きのコツを教えて欲しいのだけれども……可愛らしい家族にね」
優しく後頭部を撫でられ魔女は息を吐いた。
「まあ少しぐらいなら」
「あらあら嬉しいわ」
ギュッと抱きしめられて魔女の顔が相手の胸に沈む。
「どうしましょう? 義母さん、また母性が内から溢れてきて出ちゃいそうなの」
「はい?」
嫌な予感に魔女は身構える。が、遅い。
「出ちゃうかも? 何か義母さんの胸からいっぱい熱いのが出ちゃうかも~!」
「もが~!」
グイグイと胸を顔に押し付けられた魔女が抵抗する。だが相手はその身に異世界の竜の力を宿した存在だ。あの姉ですら振り払えない存在だ。魔女の力で逃れることはできない。
「なんか出ちゃう~」
「もがが~!」
魔女とそして岩場の裏で勤しんでいる彼とがほぼ同時に断末魔染みた声を発したのは偶然だった。
© 2025 甲斐八雲
どうしてこうなった?
良い感じの話を書こうとすると、どうしてかこうなるのです。たぶんジャグさんかコメディーさんの呪いでしょう。シリアスさんがあっちでボロ雑巾のように打ち捨てられているから間違いありません。
予定だと次で温泉回が終わります。
それから王都に戻って少しばかり馬鹿な日常を送ったら、たぶん本編というかメインストーリーに突入するはずです。
たぶん?




