精神的な大ダメージをあげるわっ!
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
「あは~ん。本当にノイエちゃんは可愛いわ~」
「……」
無だ。ノイエが完全に無と化している。普段以上に表情が消えている。存在自体が薄くなっているような気もする。
それでもノイエは解放されない。義母さまに抱きしめられて頬ずりされている。
「もう可愛すぎてこのまま私の娘にしたいわ~。違う。貴女は私の可愛い娘よ~。義母さんが言いたいのは私は貴女を産みたかったわ~。毎日いっぱいの愛情を注いで育てたかったのよ~」
「……」
だが反応はない。ノイエは完全に心を閉ざしているようだ。
「あは~。何かしら? このお義母さんの内から溢れてくる感情は? 母性? 母性なの? なんだか今なら母性が蘇って母乳が溢れ出てしまいそうな気がするわ~」
ノイエをガッチリと片腕でヘッドロックしつつ義母さまは空いている手で自分の片胸を搾る。
うん。何故だろう? 新手のプロレスを見せられているような気がするのは? せめてキャットファイトレベルにして欲しいと思うんだけど、それは僕の我が儘なのだろうか?
「出ちゃう~。義母さんの愛情がいっぱい出ちゃう~」
「……」
顔に胸を押し付けられたノイエが子供に弄ばれる人形のようだ。
「あら兄さま? 元とは言っても王妃様とお嫁さんの入浴シーンを見て欲情するのは……ごめん。なんかごめん」
肩を回しながらやって来た悪魔が自分の失言に気づいて謝罪してくる。
分かってくれれば文句はない。あれを見て興奮するのは結構ハードルが高い。
ノイエは完全に人形のようだし、義母さまは愛らしい感じの美形ではあるが肌の色があれだからな。
「アニメであの手の肌の色を見て興奮できなかったことを思い出すわ~」
「分かる」
女性型の河童とかを見ても興奮できなかったんだよね。
「いいえ。あっちはできる」
「マジで?」
流石悪魔だ。君は凄いよ。
「女性型のリザードマンとかに萌えないだけよ」
「それは爬虫類を嫌っているだけでは?」
「そうとも言う」
認めたか。
文句を言いながらも悪魔が片足で温度を確認してから入って来る。
「ちゃんと体は洗ったのかね?」
「元日本人を舐めないでくれる?」
ならば問題はない。
「あ~気持ちいい」
肩まで湯に浸かった悪魔が両腕と両足を伸ばす。
「で、そっちはどうなん?」
「一応精密検査には回したんだけど」
悪魔は背伸びをしながら視線を逸らす。釣られて僕も逸らす。
見たくは無いモノというか、痛々しい様子を見るのは心苦しい。
何故なら原因は間違いなく僕らだしね。
胸をノイエの口に当てて『吸って。大丈夫。今なら愛情がいっぱい出るはずだからっ!』と騒いでいる元王妃の様子に対し、待機しているメイドさんたちが遠い方を見ている。見てはいけないと判断しているのだろうが、それはそれで良いのか? 一応君らは義母さまの護衛も兼ねているんでしょう?
体ごと視線を動かし悪魔と別の方向を見つめる。
「たぶん王妃様は理解しているんだと思うわ」
「自分の寿命を?」
「嫌な話だけどね」
アイルローゼとは別方向で天才であるこの悪魔はちょいと義母さまから仕事を依頼された。
ぶっちゃけ逆らえない。色々とあって正体がバレた悪魔とそれをひた隠しにしていた僕は同罪ということで弱みを握られた感じだ。
逆らえば『シュニットに教えたら喜んでくれると思うの。だって伝説の刻印の魔女なんでしょう? もうきっと骨の髄まで絞りつくすと思うわ~。アルグスタも隠ぺいを手伝ったってことで凄く重い罪よね~。ん~』とのことだった。凄い圧だった。脅迫である。
故に悪魔と僕は義母さまからの依頼を受けた。受けるしかなかった。
「そう考えると兄さまへの依頼は私なんかより遥かに楽よね? 姉さまとの入浴の段取りだけだもの」
そうは言ってもこの後のことを考えてる?
「たぶんノイエは現在進行形で僕にどんな仕返しをするのかって考えていると思うよ?」
「でも姉さまの仕返しでしょ? 兄さまからしたらご褒美じゃん」
確かに。
「で、そっちは簡易的な結果とかって出たの?」
「ま~ね」
また悪魔が背伸びをする。
義母さまから受けた悪魔の依頼は簡単だ。
『あとどれぐらい自分は生きられるのか?』
異形の姿となった自分の寿命を義母さまは気にしていた。
何でもパパンよりも先に逝きたくはないとのことだ。逝ったらあのパパンのことだからハッスルしまくると。流石に下半身不随のパパンがそんな元気に……と思ったが、それでも心配で許せないのが女心なのだとか。
元気なうちからハッスルしていた人を死んでから縛るのはどうかと思うが、それはそれで事前に餌を与えていたのだから文句を言うなとのことだ。斬新なイジメである。
まあもう十分に腰を振ったのだ、あとの余生は奥さんに対し尻尾か愛想でも振れと言うことか?
「あの発言が義母さまの照れ隠しなら可愛いんだけど」
世の男性を代表してそう言っておく。
「あら? きっと姉さまも同じようなことを言うと思うわよ?」
「だろうね」
知ってた。だがそれに関しては僕は負けない。
「僕が先に逝ったらノイエが悲しむから、根性でノイエの後に逝くと決めてます」
「わ~お。流石兄さま。良い感じに愛が重いわね」
褒めるなよ。照れるだろう?
「で、ぶっちゃけあとどれくらいなの?」
「ん~」
悪魔は軽く湯で顔を洗う。
「簡易測定で軽く1百年かな~」
「そっか……はい?」
えっ? 1百日? 違う? 年? 年なの?
「簡易測定だからザックリだけどね」
「ザックリが百年単位?」
「ザックリだから」
そうか。ザックリならその数字も頷け、
「ってなるかっ!」
「ですよね~」
へらへらと悪魔が笑いだす。
「ただ兄さま。忘れてない?」
「何を?」
「あのお馬鹿なお姫様が何を願ったのかを」
「……」
ウチのお馬鹿な姫様が何を願ったか? それは義母さまの健康だろう?
大怪我を負い明日も生きられるか分からなくなっていた義母さまの身を案じたお馬鹿な姫様は、あとのことなど全部無視して異世界から魔竜を召還した。それはとても力の強い竜で、その力の一部を使って義母さまの体を強制的に癒したのが悪魔の見解だ。
「で、あのお馬鹿は願ったのよ。とても純粋に、真っすぐに、あの王妃様の健康と一日でも長く生きられることをね」
「……」
うわ~。マジか? マジなのか?
「結果として健康の方は微妙だけど、長生きの方は完全に叶った感じかしら? あくまでさっき言った1百年は王妃様の体組織から割り出したザックリとした計算よ? 場合によっては2百年生きても私は驚かないから」
「またこの国にとんでもない秘密が増えるやん」
「ま~ね」
ケラケラと笑う悪魔は気楽で良いな?
「お前も国家規模の秘密事項なんだぞ」
「知ってる。でも私の場合はあの馬鹿を全力で殴り殺したら終わりだし、もし生き残ったとしてもこのままってことは無いわよ」
顔を空に向け悪魔は静かに目を閉じた。
「その時はこの体から出てどこか人の居ない場所に行くわ。そこで残りの寿命が尽きるまで静かに過ごして……ふがっ」
相手の鼻を摘まんだら変な声が出た。
「何するのよっ!」
「煩い馬鹿が」
この悪魔は分かってない。
「お前もノイエから見れば“家族”の一員だ。そんな家族をノイエが逃がすとも?」
「でも兄さま?」
「煩い黙れ」
良いですか? 今から僕はたぶん良いことを言います。よく聞きなさい。
「問題トラブル苦情にクレーム、なんでも僕の前に持って来い。我がドラグナイト家は家族のためなら全世界を敵に回しても構わない。そう家訓に刻みます」
だから、
「お前みたいな馬鹿がそもそも一人で静かにとか無理だろう? 消える瞬間まで全力で馬鹿して生きろって話だ」
「兄さま……」
言った。僕はたぶんきっといいことを言った。
どうよノイエ? 僕ってば格好良くない? 惚れ直してない?
チラッと愛しいお嫁さんに視線を向ければ、ノイエさんのアホ毛がスッと喉を掻っ切る動きを見せた。
あはは。ノイエさん? そんな悪いことを誰に学んだんですか? この悪魔ですか?
よし。この悪魔を殺してくれよう。
「お前はノイエの教育に悪いからやっぱり今死ね」
「……本当にこの馬鹿兄はどうしてくれようかっ!」
いきり立った悪魔が立ち上がると両手で僕の首を絞めてくる。
「あはは~。効かんな~。どうやらポーラも僕を傷つける行為には賛成してないっぽいようだぞ? どうしたこのチビよ。あん?」
「くっ」
悔しそうに顔を歪めた悪魔は、両手で僕の耳を掴んで前後左右に引っ張る程度の攻撃しか見せない。
「……良いわよ。分かった」
「負け惜しみか?」
僕の言葉にニヤリと悪魔が笑う。
「アンタにも馬鹿弟子にも精神的な大ダメージをあげるわっ!」
「負け惜しみ、んっ」
目を閉じた悪魔が全力でキスしてきた。
© 2025 甲斐八雲
悪魔の攻撃は普通ならご褒美です。
ですが現在物凄くストレスを課せられた存在を忘れていませんか?
 




