報いるな馬鹿っ!
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
もう本当に無理です。勘弁してください。
『大丈夫。まだ二回目』
違う。絶対に違う。もう何度も、
『それはアルグ様がしたことだから。小さい子がそう言っていた』
だから違う。落ち着いてノイエ。あれは悪魔であって正しいことを言うとは限らない存在であって、
『違う。アルグ様。あの子は正しい』
何を根拠に?
『私が良いから正しい』
「それは絶対に違うから~!」
何かもう色々な柵を払いのけた。全力でだ。
起こした上半身が粘っこい嫌な感じの汗で濡れている。脂汗だ。
物凄く嫌な夢を見たような気がする。
たぶん幸せな夢のはずなのにどうしてどうしてあれが悪夢なのだ?
全裸のノイエが僕の上に跨って……不思議だ。心臓がギュッとして凄い痛みが走った。
荒い息を整えて視線を窓に向ければ表は茜色だ。
「夜明けか」
「夕方よ」
「そうか」
ん? 夕方だと? ちょっと待て?
「僕の体内時計が狂っている?」
「ある意味で正解じゃないの? 姉さまが王都に向かってから約半日爆睡してたしね」
「そっか」
つまり今見た夢は夢でなかったということか。
ファナッテの軟乳を愛でつつ跨らせてグイグイしてから、リグの胸がどこかに飛んで行けとばかりに激しく前後に揺すって……うん。ここまではたぶん良い夢だ。世の男性諸君が見ようものなら大興奮で下着を何かしらの何かで濡らすこと間違いなしだ。
問題はここからだ。
夢の中の僕はあの2人を成敗してから絶対王者のノイエに挑んだ。
良く分からないが満ち満ちた精神と肉体とあれとこれとで僕はノイエに挑んだ。
我が息子も実にノリノリでやる気に満ちていた。満ち溢れていた。ファナッテとリグが前菜だと言わんばかりにだ。
ただ……相手がノイエだったんだよな。うん。
底無しの性欲ってどうしたら解消するんだろう? 今度ホリーに聞いてみようかな? それともレニーラかな? ホリーの場合は性欲が底無しだけど、レニーラの場合は体力まで底無しだから始末に負えんしな。
あれ? ノイエを含めて3人もベットの上に住まうラスボスが存在しているの?
「そろそろ心臓が破裂するっ! 本格的に死んでしまうわっ!」
ベッドを叩いてやり場のない怒りを……ぐすん。全身が筋肉痛なんですけど?
「大丈夫よ。姉さまが居る限り兄さまの心臓は止まらないから」
「それってつまりノイエが満足して諦めない限り僕に休みは無いと?」
何その斬新な死刑宣告は?
「別に姉さまは兄さまと一緒に居たいだけだから、合体してなくても大丈夫のはずよ」
「嘘だ~?」
隙あれば襲い掛かって来るのがノイエの基本でしょう?
「自分のお嫁さんを肉食獣か何かだと思っていない?」
「違うの?」
「……後で姉さまにその言葉を伝えておくわ」
止めてください。本気で今夜も食べられてしまいます。
「で、悪魔よ?」
「なに?」
視線を隣に向けると……何故か全裸姿のポーラが居た。まあポーラの姿をした悪魔なんだけどね。
「何故に全裸?」
「いやん。ポーラの初めてを奪ったというのに忘れたというの? 酷いわ兄さまっ!」
よよよとシーツを目元に引き上げて悪魔が泣きまねをする。
「良し。殴ろう」
「何故っ!」
そんなの決まっている。
「そう僕が昨夜何度も心に誓ったからだっ!」
「いや~! 私は悪くない! 姉さまの希望を叶えてあげただけ~!」
そんなの嘘に決まっているのだろう?
「お前は自分の夢と希望と娯楽と快楽のために頑張る屑だ! ノイエのためとか絶対に建前だろう!」
「違うわっ! これは本当に姉さまが望んでのことよ!」
ベッドの上で這って逃げようとした悪魔の足首を掴みつつこちらに引っ張る。
相手は所詮少女の姿をした悪魔だ。僕の腕力に勝てるわけがない。
ズルズルと近づいてきた相手の太ももからお尻へと掴む位置を変えてガッチリホールド。
「とりあえずこれは躾ですっ!」
「腰への振動はダメ~!」
全力で10回ほどお尻を叩いて躾を終える。
これはドラグナイト家伝統の躾であって体罰や幼児虐待などではない。
ただ相手を捕まえた手が異様にベトベトしている。何だこれ?
「何この液体?」
「……すべて兄さまが私にぶちまけた性欲です」
躾を5回ほど追加した。
改めて自分の掌の臭いをかぐと……あまり良い臭いではない。とは言っても嗅ぎ慣れたあれの臭いには程遠い。つまり僕は粗相をしていない。
「本当に何の臭いだこれ?」
「……これです」
白いお尻にくっきりと手形を残す悪魔が小さな容器を取り出す。
蓋付きのそれを受け取り開けてみると確かに掌と同じ臭いがした。
「何よこれ?」
「薬よ」
「主な原料は〇麻とか?」
「違うから」
僕の印象からするとあれは確か乾燥した草のはずだしな。つまりその上か?
「コカ、」
「万能薬よ」
「……各種色々な幻覚が見える系の?」
「主に打ち身や傷に使うヤツ」
まさか……そんな馬鹿な?
「お前って普通の薬とか持っていたの?」
「ちょっと兄さま? 一回兄さまが私のことをどう思っているのか話し合いましょうか?」
「愉快犯」
「死ね~! お前の股間の玉を潰してお家を断絶させてやる~!」
拳で股間を狙いすましてきた悪魔を持ち上げそのまま投げ捨てる。
「ぐふっ……つぅ~」
およ?
マットレスの上に落ちた悪魔が腰を押さえてコロコロと転がりだす。その様子は苦痛に顔を歪ませてだ。
「お前ってヤツは……何してるんだよ?」
「うっさい馬鹿。死ね」
「へいへい」
相手に近寄り押さえている腰を見ると、これって化粧か?
シーツを掴んで腰の部分を軽く拭うと悪魔がジタバタと暴れる。それを無視してさらに拭うと、拭っていたシーツが肌色に汚れ、そして彼女の腰には赤黒い痣ができていた。
「何したの? ノイエに蹴られた?」
「……姉さまがこの子の体を蹴るわけないでしょう?」
確かに。
「化粧の上から薬を塗っても意味なくない?」
「……分かってるわよ」
何処かあきらめた様子で脱力した悪魔がベッドの上で横になる。その様子はまな板の上の鯉だ。
「姉さまに見つかると面倒だから隠したかったのよ」
「まあノイエだしね」
気持ちは分かる。ノイエは自分が“自分の家族”だと認識した者に対しての執着が強い。もしポーラが怪我をしたとしれば……介護という名の過度の愛情を注がれるだろう。
「この状態で姉さまに抱き枕にでもされたら死んじゃうから」
「それを知っているなら怪我をするなって」
言いながらベッドを降りて部屋の隅に備え付けられている水の張ってある洗面器にタオルを入れる。
軽く絞って戻ってくると完全に開き直った悪魔が居た。
「股は閉じろ」
「内ももまでバッチリなのよ」
「何をどうしたらこんなに怪我をする?」
強くならないように注意しながら相手の体を拭うと……特に酷いのが腰の辺りだ。
「全力防御したんだけどね」
「それでこれ?」
「相手の攻撃が防御を貫通してきたのよ。で、背後から蹴り一発」
「背中の傷は武人として恥じるべき傷だとウチのサムライガールが言ってたぞ?」
ただそのサムライは僕に向かい鞭を見せながら自分の尻を突き出してきて『さあ全力でそんなことを言う私の自制心と肉体に痛みと苦痛と快楽をっ! さあ!』などと言ってくるので全力で尻を蹴り上げておいたけどね。
「最大の一撃を握り潰されたから脱兎のごとく逃げ出したのよ。でも追い付かれて蹴り一発」
なるほど。
「顔は庇ったんだけど、あとはもうこの通り」
体にペイントしていた肌色の塗料を完全に拭うと文字通りの満身創痍だ。
無事なのは顔から胸にかけたエリアぐらいか?
「何とどうしたらこんな怪我を負うのかと」
使い終わったタオルを適当に投げ捨てベッドの上に転がっている薬を手にする。
「仮想の相手としてはベストな存在だったんだけどね~」
相手をうつ伏せにして背中に薬を塗り込む。時折痛みが走るのか、ビクッと悪魔が体を震わせた。
「あそこまで強いとなるとあの馬鹿も同等のレベルと仮定した方が良いのかな~」
またそれか?
君が始祖の魔女と殺し合いをするのは構わないが、ポーラの体をこんな風にしないで欲しい。
はい。背中と足は終わったから体を起こしなさい。前は自分で塗れるでしょう?
「お願い兄さま」
「……へいへい」
ポーラの顔で直にお願いされたら仕方ない。相手の腕や足も薬を塗ってあげる。
「で、誰と戦ったの?」
始祖の魔女クラスの強者ってノイエぐらいしか思いつかないんだけど?
「前王妃」
「……はい?」
ちょっと何を言っているのか分からないんですけど?
「前王妃ラインリアさま」
「おひ」
「いや~。あんなに強いとは思わなかった~」
「おひおひ」
「でも聞いて兄さま」
「何を?」
辞世の句をか?
「あの魔剣馬鹿に作らせたドラゴンキラーで一矢報いてやったわ」
「報いるな馬鹿っ!」
思わず悪魔の首を絞めていた。僕は悪くないと思う。たぶん。
© 2025 甲斐八雲
刻印さん対ラインリアさまはどうやら刻印さんの負けだそうです。
でしょうね。作者さんは知ってますから。あの人のチートっぷりを。
ただエウリンカに作らせた魔剣で一矢報いたの? 報いちゃったの?




