ノイエの一撃で即死しろやっ!
大丈夫。まだ焦る時間じゃないから気づかれないようにそっと深呼吸……あ~。空気が美味しい。
うん大丈夫。まさか本当に姉さまの力ってば『加護』だったの? 驚きでちょこっとブラからピリッて音が聞こえたんだけど?
大丈夫。このブラはデザイン重視で強度に難のあるヤツだったし~。うん平気。大きくなってない。大きくなってない。そもそも私のこの体は成長しないからそんなことは起きるわけないんだから。
まあ良いわ。落ち着いて姉さまの言葉を噛み締めましょう。
あれが『加護』だと言うのなら……すげ~。私ってばまぐれ当たりでホームランしてた。違う違う。私ってば天才だから気づいていたのよ。うんうんそんな感じで。だから姉さまのあの身代わり魔法を『加護』って呼称していたのよ。
どうして? 天才だから! 空気を読む天才だから! 読んだ空気に向こうから寄ってきたのよ。完璧ね!
あとはいつも通り最初から知ってました~って感じで振舞えばいいのよ。
うん知ってた。完璧に知ってた。把握しまくっていた。
よし!
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
「かご?」
「加護」
ノイエがそう言うとパチパチと左目を瞬きする。
凄い速さで……で、君は何がしたいのかね?
「何をしたらいいの?」
「ノイエさん?」
「むぅ」
拗ねられた~!
「なら姉さま」
「はい」
悪魔の声に瞬きをしているノイエが視線を向ける。
「あの赤毛の魔女の……物を腐らせるあれってできる?」
「ドロドロ?」
「どろどろ」
「ドロドロは無理」
パチパチと瞬きをしながらノイエがゆっくりと僕の膝から離れ立ち上がる。
「ドロドロは……」
言いながらノイエの首が斜めになって、
「明日できる」
久しぶりにノイエの負けず嫌いを見たな。
「ならあれっぽいのはできるの?」
「はい」
言ってノイエが瞬きを止めた。
スッと右手を肩の位置まで上げて、その掌は悪魔がサッと取り出した傷んだリンゴだ。
「ん」
気の抜けたノイエの声が響いて……僕らはそれを見る。
悪魔が咄嗟に宙へと投げ捨てたリンゴは一瞬で乾ききり枯れ果てた。
もうカラカラにだ。そしてそのまま床へと落ちて粉々に砕ける。
「「……」」
「むぅ」
驚く僕らをスルーしてノイエが何故か拗ねたような声を放つ。
「明後日までかかるかも」
「いやいや姉さま? たった今、私は自分の何かを叩き壊されたんですけど?」
唖然とする悪魔がため息交じりでそんな言葉を発した。
「3日後に聞いて」
「3日もしたら忘れているでしょう? 何より明日ですら怪しいのに」
「そんなことは、ない」
ガッツリノイエが僕を見てそう答えた。忘れているっていう自覚はあるのね?
「忘れてない」
忘れるでしょう?
「アルグ様のことは忘れない」
その言葉で全てを許してしまう僕にも問題があるのかもしれないが、
「実はそれも加護かっ!」
余りにも自然だったから流すところだったよ。
「だからってボクの胸を掴む理由にはならない」
「リグまで同じ力をっ!」
「ボクの場合は察しただけ」
何ですと? つまり君は僕が何を考えているのか簡単に読めると言いたいのかね?
とりあえず腹いせに小さなボッチを摘まんで捏ねてリグを黙らせておく。
これはお仕置きです。
「ノイエ」
「はい」
お仕置きを終えて改めてノイエを見る。
うん。いつも通りになんて美人なんでしょう?
華奢に見えて胸とか実は大きいから脱がすとビックリするタイプです。
「脱ぐ?」
「僕の心を読んだなっ!」
『犯人は君だ!』とばかりにノイエに指先を向ける。
「視線で分かる」
「うん。今の視線は私でも分かったわよ? 兄さま?」
そんな馬鹿な? ノイエに気づかれたとしては悪魔にもだと?
「と言うか、たぶんから僕の心を読んでるでしょう? どうなのノイエ?」
「心?」
どうして首を傾げるのかな~?
「違う」
はい? ここまで証拠が揃っているのに?
「アルグ様の考えが伝わるだけ……好きだから」
「なら許す」
「兄さま?」
え~。だってノイエが可愛らしいことを言ってるんだよ? 許すでしょう?
「許さずに追及してよね」
マジで?
「マジで」
分かりました。
「悪魔っ! お前も実は僕の心を読んでいるよなっ!」
「ええ。そうだけど何か?」
「……」
あっさりと認められると返事に困ります。
「何故にそんなことをっ!」
「ん~。たぶん姉さまの加護が私の右目にも宿っているから?」
「はい?」
だから君たちは分かるように説明しようか? 説明の文化を身に着けようか?
「これだから馬鹿の相手は疲れるのよ」
やれやれと悪魔が肩を竦める。
「姉さまはたぶん左目に加護を宿しているのよ」
うむうむ。
「で、そもそも魔眼は左右の目に存在していた。でも私が私の都合で右目を弟子に移植した。と言ってもその機能だけを移植というか……この辺の説明は話が長くなるから割愛するけど、現在姉さまの魔眼は左目と私の右目に存在している感じよ。分かれ!」
分かりました。で?
「で、完全移植ではないから姉さまの右目には魔眼の機能が残っている。つまりその右目のバイパスを伝って私の右目にも加護が作用しているのだと思う。まあ見ることに特化したその読心と呼べる力がね。ずっと原因を調べていたのに答えを聞いたらこんなオチとか無いわ~」
何故か投げやりな感じで悪魔が肩を落とした。
あ~。それはご愁傷さまでした。
「だが謎は解けた。後は姉さまの加護を解明できれば……ぐふふ」
誰かあの悪魔がとんでもない魔法を作り出す前に止めてください。
ノイエさん。物理的に止めちゃってもいいよ?
「いいの?」
「ダメに決まっているでしょう!」
「むぅ」
「普通拗ねるかな?」
流石の悪魔も冗談が通じないノイエに恐怖して悪だくみを……止めるような奴じゃないな。コイツは。
「それでノイエ」
「はい」
「僕に身代わりの魔法……えっと加護を使っているの?」
「はい」
迷うことなく彼女は頷く。
真っすぐな目で僕を見つめてだ。
「どうして?」
そんな危ないことを?
「アルグ様が消えたら嫌だから」
「……」
分かっていた。分かっているんだ。ノイエが家族を失うことを最も恐れていることなんて知っている。
「でも僕が死んだら……あれ?」
ちょっと待て? 僕って誰かのせいで一回軽く死んだとか?
「あくま~?」
「あら気づいた?」
何故か悪魔はヘルメットを被って『どっきりせいこ~』のプラカードを準備していた。良し殴ろう。
「せめてもの情けだ! ノイエの一撃で即死しろやっ!」
「はい」
「やる気を見せないで! 姉さま~!」
軽く拳を握るノイエに悪魔が全力土下座だ。迷うことなく額を床に擦り付けたよ。
「どうして嘘を吐いた?」
返答次第ではノイエさんのマジパンチがさく裂しちゃうぞ?
「嘘は吐いてないんだけどね。だってだって……兄さまってば姉さまに滅茶苦茶愛されているから見てて揶揄いたくなったのよ」
ここは一度泳がせよう。続きをどうぞ。
「姉さまってば魔力の大半を兄さまに注いでいるのよ? 分かる?」
「えっと……身代わりの魔法のため?」
「まあそれが大半なんだと思うけどね」
ノイエの様子を確認しつつ、悪魔がゆっくりと立ち上がった。
「姉さまのおかげで兄さまは大半の攻撃を受けてもダメージ減少が働くし、怪我をしても超回復してるでしょう?」
言われてみれば?
「その全ては姉さまの魔法……加護の効果よ。姉さまってば自分が使う魔力を制限しても兄さまの加護を維持しているのよ。そんな姿を見たら少なからず揶揄いたくもなるでしょう? 何よその奉仕の精神は? どこの聖女よ? 修道女よ? あっシスターの衣装は作っていなかったわね」
脱線しているぞ悪魔よ?
ただシスターの衣装は悪くない。ノイエの分は確定として、あとは誰に着せようか? あれ? ノイエの姉に聖女チックな人って居なくない? 聖の字が違う人ならたくさんいるけど……。
「それで揶揄いたくなったと?」
「そうよ」
「そんな理由で?」
「はぁ……この馬鹿は」
頭を掻きつつ悪魔はゆっくりと視線をフレアさんへと向ける。彼女は顔色を悪くしているがちゃんと立って僕らの話を聞いていた。少しは休んでも良いと思うけどね。
「ねえメイド長」
「何でしょうか?」
「結婚してからの姉さまって、食べる量とか爆発的に増えていないかしら?」
「はい。増加しています」
あっさりとフレアさんがその事実を認めた。
「数字で言うとどれぐらい?」
「3倍から5倍かと」
割じゃなくて倍なんだ。それは僕もビックリさっ!
「そんな訳で姉さまの燃費が悪くなった理由は兄さまへの加護よ。愛よ。良かったわね」
「……」
そう改めて言われると凄く恥ずかしいというか何というか。
「で、姉さまにめっちゃ愛されている兄さま? 今どんな感じ? どんな気持ち?」
「……」
良く分からんが煽ってくるお前を全力で殴りたい気持ちだよっ!
© 2024 甲斐八雲
ノイエの加護は…まだ色々と謎多き存在なんですけどね。
ただこれ以上ノイエから聞き出すのって可能なのかな?
クリスマスが性夜にならなくて良かったわ~




