薙ぎ払ったの?
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
「頭からイノシシの皮をかぶって……可愛らしく『ブヒブヒ』と鳴いていたら、始祖の馬鹿が指さして大爆笑しやがったわけよ。もうあれでしょう? 処刑しても良いわよね? そんな訳であの馬鹿に対して『今日がお前の命日だ~』と思い硬く拳を握りしめた瞬間、私の中で何かが弾けたのよ。
具体的にはピーナッツのような種がねっ!」
「巨〇兵は?」
ダラダラと悪魔の汗が止まらない。
「で、で、でね? 私の拳が真っ赤に染まり、そのままイノシシの毛皮にも着火。いや~。生きたまま焼かれる恐怖を生まれて初めて堪能したわ~」
「七日したの? しちゃったの?」
狼狽えつつも悪魔が身振り手振りで言葉を続ける。
「あれが本当の意味で原初の火よ! 私たちが初めて魔法を発動した記念すべき日になったのよ! 火だけにね!」
「薙ぎ払ったの?」
ピタッと悪魔が動きを止めた。
「いや~。何も迫り来てなかったから空振りな感じで空しくなったけどね……何のことかな~? 知らないな~。うん知らない。何も知りませ~ん! 何も聞こえませ~ん!」
耳を両手で抑えて悪魔が激しく体を振る。
間違いない。やったな。
「何故勝手にやった! 僕も見たかったぞ! 何故だっ!」
お前は本当に酷い女だな。何故僕を仲間外れにしたっ!
「知らないわよ! あの頃は何でも出来たから楽しくてハイテンションで暴走していたのよ!」
裁判長! コイツもう完全に自分の罪を認めています。極刑で一つ!
「あーあーやりました。やりましたよ。だから何? 何か文句ある?」
挙句に開き直りました。
「薙ぎ払いました。払いまくりました。でも迫りくるダンゴムシが居なかったから意気消沈したわけよ。あれはこう迫ってくるシーンに対してのフレーズでしょう? ガッカリ感が半端なかったのよ。ならばダンゴムシを巨大化すれば良いじゃないかと気づいて、ダンゴムシを探したけれど見つかりませんでした」
とんでもないことをしていませんか?
「代わりにオオグソクムシのようなあれを海中で発見したからそれを巨大化して……と企んでいたら、あの馬鹿な姉妹が全力で制止してきたのよ。分かる? ねえ分かる?」
「全く分からんな」
根本的な問題は横に退けておくとして、そこまで揃っているなら薙ぎ払うのが普通だろう? ならば巨大な昆虫生物を作るのは普通だろう?
その部分は悪魔の意見に賛成だ。
「でしょ? にもかかわらずあの双子は言うのよ。『あの見た目を大きくするなんて無理。気持ち悪い。生理的に絶対に無理。本当にやめて!』って!」
目を閉じて想像しよう。超巨大なオオグソクムシが迫ってくる様子を。
うん無理。あれはアニメーションだから我慢できるのであって、リアルだと無理かもしれない。
「最後まで抵抗したんだけどあの双子は私を縛り上げ、研究素材を海へ放出したのよ!」
それでもやろうとした君が凄いよ。ある意味で尊敬の域だ。
「それぐらいで諦めるお前じゃないだろう?」
「ええ。頑張ったわ! 1年半かけて縛られていた縄から抜け出し私は海へと向かったわ!」
随分と長いこと拘束されていたのね? 色々と大丈夫だった?
つか拘束じゃなくて監禁されていたの間違いですか?
「そしたら……海の生物がめっちゃ巨大化しててね。うん。たぶん研究素材と一緒に培養液を流したのが良くなかったのかな~? 以降の海は近海でしか狩りが出来なくなったのよね~。何でだろう?」
あはは。馬鹿だな~。そんなの決まっているだろう?
「きっとお前が作りお前の仲間が海へと流したその液体が悪いんじゃないかな?」
「そっか~。やっぱり不法廃棄は良くないわね。イーマちゃん反省。てへっ」
うんうん。反省は大切だよ?
「話をまとめようか? つまりお前のせいでこの世界は海洋的な発展が潰えたってことかっ!」
「あん? 海にあれを撒いたのはあの馬鹿な双子よ! 私は知らないわ!」
平和的な会話などお前との間では成立などしないということが良く分かった。
「同罪だ馬鹿っ!」
「違います~。騙すより騙される人が悪い理論です~」
「そもそも騙す奴が悪い!」
「違います~。というか兄さまとここで水掛け論をしていても仕方がないわね」
君がそれを言うの? ねえ?
「何の話をしていたんだっけ? あ~そうそう。思い出した。私たちの魔力だったわね」
本気で忘れてたの?
「そんな訳で私たちはこの世界において『この世界のモノ』を身に着けていないと魔法が扱えないってことが判明したのよ。ただそこで一つ問題が発生しました」
「問題だらけだな?」
「当たり前でしょう? こちとらチートスキルなんて持ち合わせていなかったんだから」
ん? 君たちは十分に『俺つえ~』していると思いますが?
「流石に獣の皮を被るのは乙女としてどうかって話になって、」
「お前全力で被ってたよな?」
ブヒブヒしていたんだろう?
「……わたちポーラさんさい。きのうおもらちちたの」
物凄い逃げ方だな? 今のお前はどう見ても成人女性だからその発言は無理しかないぞ?
「麻とかで服を作って着たら……でも失敗したのよ」
すり替えた。話をすり替えて進めたよ。
「いろいろと試したわ。で、結果として導かれたのが……」
スッと悪魔が僕の腕に目を向けてきた。
「兄さまの両腕にはプレートが埋め込まれているわよね?」
唐突に話を変えるな。君は会話の順序を理解していないのかね?
「ああ」
痛い思いをして両腕に入れましたが?
「刻印の魔女に作らせた神器級が2枚も」
「そうなの?」
「無知って怖いわ~」
またまた~。この悪魔は本当に嘘しか言わんわ。ねえフレアさん?
「先生の作品は稼働するものであればほぼ国宝級です。効果によってはそれ以上の扱いを受けます」
「……」
救いを求めて視線を向けたら全力で拒絶された感じです。
突き放されました。背後が崖だったらお亡くなりになっているレベルのドンッです。
「壊れていても好事家が芸術品として収集していますので高額で取り扱われます。この辺りは私が去年講義で子供たちに聞かせた話ですが?」
はて? そんな話しましたか?
「公務で不参加だったんだよ。うん」
そんな気がします。
「アルグスタ様は子供たちと並んで熱心に聞いていましたが?」
「……」
それはあれです。きっと生き別れた双子の兄か弟です。そんな所に居ただなんて僕もビックリさ!
「腕に入れた時点で価値ってどうでも良いしね」
腕の中に入れているから取り外せないしね。だからどうでも良いんです。
気にしませんが何か?
「知られればその腕を切り落としてでもと企む者が出ますが?」
マジで?
「平気よ。兄さまは姉さまの加護がかかっているから……流石に斬られたら無理かな?」
「平気。断面が奇麗ならくっ付ける」
「「……」」
横で寝ている医者の発言が……発言としては間違っていないはずなんだけど、どうして今のリグがこんな感じで言うと背中に冷たいものが走るのだろうか?
正直恐怖しか感じない。
「で、大戦の頃は腕を切り落としてプレートとか奪い合ったのよね? メイド長様?」
「……」
悪魔の問いかけにフレアさんの目が細くなる。
伊達眼鏡越しのその感じは一部の特殊な性癖を持つ人たちが大興奮すること間違いなしだと思います。怖いけど奇麗に見えるから始末に負えないっす。
「あの赤毛の魔女の元に届けられる時は腕ごと? それとも抉り出された状態だったの? 研究材料とか複製依頼とかでいっぱい届いたんでしょうね?」
「……」
ますますフレアさんからの気配が危ない感じに。
落ち着け悪魔。煽るなら僕にしておけ。その人は冗談の類が通じない系の真面目キャラだ!
「半々だったよ。でもアイルの所に持っていく前に義父さんが解体してた」
また口を開いたのはリグだ。
「腕ではない部位に隠す人も居たからね。肋骨とかなら良いんだけど、背中から開いて背骨に付ける人とかも居た。そんなプレートは強力な物ばかりだからアイルの所に持っていくと珍しさで一瞬喜ぶけど、でも何かを感じて寂しそうな顔をしていた」
そっか。
長文は疲れるとでも言いたげに、何より甘えたくなったのかリグが僕の方に体を預けてきた。
そっとファナッテから手を放してリグの頭を撫でてやる。
「掌が熱い」
「うむ。我慢なさい」
それは仕方ないのだよ。ずっとファナッテのスライムを直に触れて揉み揉みしていたからね。
ただここで絶妙な力加減と絶妙な感覚を忘れると彼女のスイッチが入る。入ってしまう。
気を付けて扱わないと僕の身が危ないのだ。
「名医のおかげで見ずに済んだってことね。それだと埋め込みも?」
「うん」
だろうな。先生のあの祝福は重宝しただろう。
「だから奪われる時は酷かったよ」
僕に体を預けリグはまだ口を動かす。
「同じ学院の同級生に餞別として渡した物が狙われて……アイルの同期で戦場で戦死した人の大多数は見るも無残な死体にされた。プレートが無くても学院卒というだけで解体された人も居る程にね」
© 2024 甲斐八雲
シリアスさんの猛ラッシュだ~!
今までのうっ憤を晴らすように怒涛の真面目展開に…どうなる? どうする?
頑張れ主人公!
 




