楽しいおもちゃ箱?
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
シンと静まり返った空間の空気はとにかく重い。
僕としてはこの手の空気は大嫌いだ。シリアス展開がそもそも好きじゃない。
そんな展開になった時点で僕としてはある種の敗北だと思っている。
何が?
決まっている。シリアス展開って奴は大多数の確率で誰かが泣く展開だ。
皆に笑いを……特にノイエに笑顔を求める僕としてはそんな展開は許せない。相手が笑えなくても関係ない。いつでも笑える環境を作っていたいのだ。
つまりだ。
「お前は後で泣かす」
重い空気を打ち破り悪魔にそう宣言しておく。
「どうしてそんな理論が出てきたのかは知らないけど、兄さま? それはこっちのセリフだから覚えておきなさい」
忘れんよ。必ず後で泣かせる。最低でも相打ちに持ち込んでやる。
「で……一つ確認したい」
「分かってるわよ。姉さまの召喚魔法でしょう?」
厳密に言うと異世界召喚だ。魔力を莫大に持つノイエが唯一扱う魔法だ。
「あれはセーフよ」
「どういう意味で?」
「まあ簡単に言うとこっちの魔力を外に吐き出さないのよ、あれは」
「つまり?」
「逆と思えばいいわ。こっちに魔力を引き込む特殊な魔法なのよ」
言って悪魔は座席に両手を置くと無駄に胸を寄せる形を作った。
「あれならいくら使っても問題はない。調査したけど姉さまが呼び込んでいる“魔力”はしいて言えば地球のモノに近いから」
「地球のモノ?」
「ん~。気力と言えばいいのかな? 頑張れば、かめ〇め波とかを撃てるようになる系のあれ」
マジか? 頑張れば出来るのか?
「理論上では1千年程度修行すれば撃てるはずよ」
「どこの仙人よ?」
「だから仙人になれれば理論上扱えるって話よ」
何て無理ゲーですか? 頑張って亀に乗れと? そんなエロ爺になれというのかね?
「まあこっちの世界に取り込んでも霧散して消えてしまう力だから害は無い……と思う」
「言い切れよ」
「無理よ。あっち側で測定できないんだから」
それは確かに仕方がない。
「でもこっち側で測定できる“異世界からの召喚”に関しては徹底的に調べた。結果としてあれを多用すると出生率が極端に減るのよ」
それなら問題は無いような気が?
「兄さま? 今、問題はないと思ったでしょう?」
「うん」
素直に頷いておく。何か問題でも?
「私たちも最初はそう思っていた。だから気にせずに異世界召喚をし続けた。でもね……無知ほど恐ろしいものは無いのよ。そしてその無知を許さない存在があの頃は居たのよ」
スッと悪魔は右腕を動かすと肘を曲げ人差し指を天井へと向けた。
「天界に居た神たちよ」
そこで出てくるのね。
「あれは下界……つまり“地獄”に居る無知な生物たちの暴挙を許さなかった」
はい?
「地獄の邪魔くさい存在を一掃しようと病気を振りまき……始祖の家族が罹患した。私たちは必死に看病したけど救えたの始祖の血を引いていた子供たちだけだった。たぶん彼女の体内に存在していた抗体が病を抑え込んだのだと思う。でも夫にはその抗体は無かった」
流石の悪魔も始祖の魔女のことを『馬鹿』とは言わなかった。
その配慮を常にして欲しいとは思うが。
「弱っていく夫の姿に彼女は天界への抗議……武力を用いた交渉を決行したのよ」
前言撤回。
こいつは言葉の配慮を間違っている。
つか武力を用いた交渉って脅迫やん。まだ抗議の方がマイルドな気がするよ。
「私たちは天界を襲撃して神殺しを果たした。でも……そのあとは色々とあって色々なことがありすぎて厄介なことになったけど、結局彼は救えなかった。厳密に言うとあの馬鹿は最終的に家族を切り捨てることを選択した」
面白くなさそうに悪魔が口を閉じる。
もうこれ以上このことに関することは喋りたくないと……そんな気配がプンプンだ。
「その辺の話は色々は面倒くさいことになりそうだから聞かんが、どうして始祖の魔女は家族を切り捨てたんだ?」
切り捨てる……言うのは簡単だ。
でも少なくとも自分の腹を痛めて産んだ子供だろう? そして最終的には目の前の馬鹿が引き取って育てた子供たちだ。僕は神聖国でのこの馬鹿の行動を見ていたから知っている。
「それはさっき言った言葉に戻るのよ」
苦笑し悪魔はこちらを見る。
「人は死んだらその魂を分解させて魔力となる。『命の種』とか呼んでいた馬鹿弟子も居たわね。あの馬鹿はその種を見つけ出して再生すれば良いと考えたのよ」
ん?
「それって?」
「ええ。だからあれは私が初めて放り投げていた“ホムンクルス“の研究を馬鹿弟子たちと再開して実用レベルまで高めたのよ」
あ~うん。色々とツッコミどころが満載なんだが、でもそれってたぶん。
質問する前に悪魔が口を開き言葉を続けた。
「器をね……凄く似せることはできるのよ。ここにその証拠がいるもの。この顔は始祖の馬鹿の顔を模して作り出したものよ。そして器を完璧に作れるのであれば、中身さえどうにかできれば理論上蘇生はできる。そうあの馬鹿と馬鹿弟子たちは判断し実行に移した」
悪魔の言葉に反応を示したのはフレアさんだった。
彼女は誰か……多分生き返らせたい人でもいるのだろう。なんだかんだでフレアさんはこの国が戦争をしている頃を知っている人だしね。
「でもどうせできなかったんだろう?」
分かっているよ。馬鹿じゃないの? 最初から結論ありきだ。
「あら? どうしてそう思ったのかしら?」
「ならお前がどんなに嫌われても守ろうとしたあの2人はなんだ?」
「ああ……失念」
顔に手を当てて悪魔が天井を仰ぎ見た。
「色々なことがありすぎて本気で失念してたわ」
マジか?
「お前の場合は自分を悪く見せようと頑張りすぎるから自滅するんだよ」
「あら? それが悪役としての美学じゃないの?」
そんな美学など僕は知りません。
「兄さまが言った通り失敗したわ。始祖の馬鹿はまず夫を作り出そうとして失敗した。それからは本当に酷いモノだったわ。本当に酷すぎて……何回目かのリセットを決行するくらいに世界が荒れ果てた」
「りせっと?」
「……」
何故か悪魔が視線を逸らして顔を背ける。
小声で『今の記憶は消した方がいいかしら?』とか物騒なフレーズが聞こえてくるんですが?
「まあ支障が出たら消せばいいか」
「おひ」
「大丈夫よ兄さま」
「何が?」
お前の大丈夫は、大丈夫だったためしがないぞ?
「地球の神様だってやってたことですもの」
「……」
僕の何とも言えない視線に悪魔がまた視線を逸らす。
こそ~っと動いているその右手をまず止めろ。何かする気なら今日のところは勘弁してやるからするな。
もういい加減、情報過多で僕の脳みそがパンク寸前だ。処理が追い付かん。
「つか地獄ってここなの?」
何となく話が途切れたタイミングだと判断して聞き流してはいけないことを確認しておく。
「そうよ。天界が上にあるのなら普通下が地獄でしょ?」
確かに。
「あれ? 鬼は?」
「そこに居るわよ」
僕を指さすな。誰が鬼かと言いたい。
「地獄に鬼なんて居るわけないでしょう? 普通に考えてよ。地獄というかこの地上は神から見たら何だと思う」
神から見た地上?
「楽しいおもちゃ箱?」
「流石は兄さま。その屈折した発想は結構好きよ」
褒めるなよ。
「ただ外れね。あれからしたらここは何でもないのよ」
「はい?」
「だから何でもない生命の営みなのよ」
何よそれ?
「普通信仰の対象とか……違うか」
「違うわね」
そもそも悪魔の言葉が正しければこの世界に信仰は無かった。あっても自然信仰だ。神様の類を拝んだり讃えたりしていない。
「兄さまに質問」
なんざましょ?
「兄さまはこの屋敷の外に存在する蟻の巣が、どんな感じで巣を作っているのかとか気にするタイプ?」
自慢じゃないがまったく気にしないぜ?
「そういうことよ」
「つまり神様から見たら僕らは蟻の巣の蟻ですか?」
「蟻と認識されているだけマシかもしれないけど」
何て酷い。
「あれはそんなものよ。だから自分たちのルールから少しでも逸脱しようとするとリセットする」
「お前たちみたいに?」
「……」
掲げた右手を下ろせ。何をする気だ?
「私たちの場合は一応人類を救おうと頑張った結果よ」
「結果滅ぼしたと?」
だから右手を下ろせって。短気か?
「……ある人が言っていたわ。『破壊なくして再生は無い』と」
おひ?
「それに言ったでしょう? この世界には神が撒いた病気もあったし、天変地異もあった。それ以外もあったし……」
ふと悪魔の目が座った。
「はいはい。分かりました。そうですよ。その通りです。私たちがちょっとハッスルしすぎてあれしたとかそれしたとか確かにありました! ありましたよ! 現在進行形で別の大陸が死の大地になっているのもそれが原因です。何? 謝ればいいの? ごめんなさいねっ!」
ぶち切れつつ怒りながら悪魔が白状した。ついに認めた。つか要らん事まで白状するな。
「でも少なくともこの世界を守ろうとしての行動だったのよ」
「どこが?」
強制リセットがか?
「ええ。だってこの世界から命の種が減少してしまっていたから」
© 2024 甲斐八雲
シリアスさんの敵は主人公なのですw
頑張れシリアスさん。主人公は手強いぞ?
次回ぐらいであれを語れるかな…




