そんな物は母親の腹の中に忘れてきたわっ!
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
「本当にこの糞兄さまは……一回その本体の腸詰を齧ってやろうかしら? あん?」
「笑わせるな。この残念悪魔の助がっ! そういうお前の尻に羊の角を押し込むぞこらっ」
「いや~。曲がっちゃう! ポーラのお尻がくるっと一周しちゃうからっ!」
しませんな。というか途中でどこかから穴が開いて大惨事?
こんな時だけ立ち上がろうとした僕の拘束をノイエとファナッテが解くものだから、しょうがなく立ち上がり真っすぐ前進して悪魔に詰め寄った。
対する悪魔は両手を前に出してガッチリキャッチする気だな? だが負けん!
「……何故にボクが挟まれるの?」
何とも言えないトーンで僕と悪魔に挟まれているリグが不満を言ってくる。
だが仕方が無いのだよ! 何故なら僕はこの抱えているリグを放す気が無い。つまり抱えたままで悪魔へ突進しか選択肢が無いのだ!
「そうよ。私は悪くない。全て兄さまが悪いのよっ!」
怒気を孕んだ声で悪魔がそう言う。両手でリグの双丘をガッチリキャッチしながらの発言だ。
「兄さま。押しすぎよ?」
「あん? そんなちっぽけな両の腕でこのリグのおぱーいに勝てるとでも?」
「くっ……圧倒的に不利ねっ!」
だろう? この胸は良いものだからあとでキ〇リア様にお届けしなければならんのだ……渡したくないからやはり僕が独占しよう。そうしよう。
ほらほら悪魔? どうですか~? このリグの圧倒的な巨乳は? あん?
「……痛い」
不満気にリグが口を開いた。
確かに僕が押して悪魔が掴んでだとリグの胸のお肉は逃げ場がなくて……ふと、ある一方から人ならざる恐ろしげな気配が?
「「済みませんでしたっ!」」
サッと僕と悪魔が同時に引いて距離を取る。
ここは仲良く停戦に合意だ。握手を交わし僕はまたソファーへと戻った。
「アルグスタ様? 余りおふざけが過ぎますと」
「はい。ごめんなさい」
片腕をリグの胸に引っかけて深々と頭を下げる。
ざわざわと波打っていたフレアさんのスカートが静かになった。
怖いわ~。フレアさんってば何気に病んなダークサイトの人っぽいから、あまり調子に乗るのは良くない。
どうやら悪魔もそれを理解しているのか、大人しく壁際に戻って黒板に文字を記入していた。
「はい。では授業を再開します」
気を取り直して再開です。
「始祖の魔法も私の魔法もそれぞれ優れている部分があります。ですが悲しいことに不得意な部分もあります。それは何か? はい。そこの新人ちゃん」
「えっ?」
突然の指名にユリアが慌てふためく。
「えっと……威力が弱いですか?」
「そう。まあその辺はさっき私が言ったから知ってて当然です。答えられなかったら前と後ろにウナギっぽいおもちゃを突っ込んで大変な目に合わせていたところです」
『刻印の魔女(天使)』と黒板の文字の横に悪魔は『威力に難あり』と記入する。ちなみに始祖の魔女は『馬鹿の魔女(人の屑)』と書かれている。
本当に嫌っているのね。そんなに人のことを嫌っちゃダメだよ? みんな仲良くが大切だからね?
ふと悪魔をそう諭そうとしたら……僕の脳裏に胸がホライゾンなラスボスの顔がよぎった。
そうか。そうだった。人は決して許すことのできない敵が生じることがあるのだね。つまり悪魔は悪くない。だって仕方がないじゃないか。どうしても許せない相手が居るんだもん。悲しいけれどこれが戦争なのよねってことだ。
相手が許せない存在である以上、共存は不可能なのである。
「ならこっちの人の屑の方は何だと思う?」
「ええっとですね……」
完全にその目を泳がせてユリアが困った感じだ。
このまま待っていても答えは出てくるだろうか? 難しいかもね。
確か始祖の魔法は威力が強いんだよね? 攻撃力というか破壊力重視の大砲みたいな感じかな? 後は何だっけ? 僕が知る始祖の魔法ってどんな感じなんだろう?
「ほい悪魔。挙手」
「手を上げてないじゃないのよ? それで何よ兄さま?」
質問する時は手を上げて……といきたいが、現在の僕は両腕をおぱーいに挟まれている。そしておぱーいを抱え持っている都合、どうしても手があげられないから口頭でだ。
「始祖の魔法ってどんな感じなの?」
「……」
一瞬彼女の口が動いたのを僕は見逃さなかった。あの動きは間違いない。『あんたばか?』だ。
そもそも始祖の魔法とかよく知らないし、何よりこのまま待っていても話が進みそうにない。そんな時は多少強引にでも話を進めるが吉だと僕の第六感が告げている。
沈黙後に悪魔が溜息をついた。というかユリアが答えそうにない空気を察したのだろう。
「……基本的に厨二心をくすぐる感じなのがあの馬鹿の魔法よ」
「具体的には?」
「ん~。魔法名がちょっと長いとか? 意味ありげなこととか?」
「……」
若干一名視線が遠い方向へ向かいましたね。ねえユリア君?
「系統によっては踊ったり歌ったり?」
「……」
横を向いたユリアの頬を結構な汗がしたたり落ちているのは気のせいでしょうか?
「あと有名なのは対価を求めすぎるとかね。ただしこれはウチの馬鹿弟子の系譜も混ざっているから厄介なのよね」
「つまりは?」
要約しろと言いたい。
「馬鹿みたいに大量に魔力を必要とする系統の魔法の大多数はあの馬鹿の魔法と思えばいいわ」
なるほどね~。
「宜しいですか?」
「ほい。メイド長」
軽く手を上げてフレアさんが質問をする。
別に挙手はしなくても良いと思います。やり始めたのが僕だから何も言えませんが。
「我が一族に複数の魔力を注いで発動する大魔法があるのですが?」
あるんだ。流石ユニバンス国内では魔法の大家として名高いクロストパージュ家だな。
「対価というか支払いは魔力だけ?」
「? ええ」
悪魔の問いにフレアさんが一瞬言いよどんだ。
「なら高確率であの馬鹿の魔法でしょうね。あれは無駄に魔力量が豊富で……今にして思えば姉さまと同類の祝福を得ていた可能性を否定できないから」
「同類なの?」
「ええ」
僕の問いに悪魔が頷く。
「同じ祝福は同時期に与えられることはないから」
「なるほど。つまりダブりは無し?」
「レアな祝福がダブりまくったらホラーでしょう?」
「納得」
確かにノイエと同系統の祝福とか多数あったら恐ろしい話だ。
「兄さまもあっちで死んでこっちで祝福を得たでしょう?」
「あ~うん」
そんな感じだったような気もするね。
「あれも子供の頃にオオスズメバチに2回刺されて死にかけたらしいのよ」
それは運が悪かったのか何なのか。
「だからあれはこの世の蜂という蜂を殺そうとした過去があるわ。おかげで植物の受粉が進まなくなって大飢饉が発生したりもしたんだけどね」
昔何かの本で見たな。雀が穀物を食べるから害獣だって言って殺しまくったら、雀が餌にしていた蝗が大量に発生して大飢饉になったとかとか。
それと同じ感じかな?
「たぶんそれであれは祝福を持っていたのだと思う。それも魔力関係のね」
納得だ。
「もう一つ宜しいでしょうか?」
「何かしらメイド長?」
気のせいか僕とフレアさんとで悪魔の受け答えの声のトーンが違う気がする。気のせいか?
「先ほど“魔力だけ”と確認した理由は?」
「うふふ」
大変楽しそうに悪魔が笑う。
「あの赤毛の魔女が貴女のことを弟子にして可愛がっていた理由が良く分かるわね。私も好きよ。貴女のように賢くて貪欲な子は」
「……」
何となく悪魔の声に棘があるような?
「あの魔女はとっても優しい人だから貴女の本質を見抜いていても可愛がってくれるでしょうけど、私はとっても悪い魔女だから気をつけなさい」
何とも言えない空気が2人の間に居座っているような?
悪魔はまた笑うと小さく自分の唇を舐めた。
「腹黒い人間を見ているとつい虐めたくなるから」
「気を付けることにします」
「そうしてね」
クスクスと笑い悪魔は僕の方に顔を向けてきた。
「もし余りにも腹黒いことを考えすぎると、貴女ととある御仁が激しく愛し合っている場面を記憶させた魔道具をウチの兄さまに渡してしまうかもしれないわよ?」
「……」
何故かフレアさんから物凄く怖い気配がこっちに向けられているのですが?
「あんな物が世に広まったら貴女の大切な人は失脚しちゃうかも? そうしたらウチの兄さまが次期国王に一歩近づいて、」
「あっその気はないんで、渡されたらノイエと2人で満足するまで見てからフレアさんにお渡しします」
「ちょっと兄さまっ!」
プリプリと悪魔が怒りだす。
「知らんよマジで。そもそも国王とかなりたくないしね」
何故そんな面倒くさいことをしなきゃならんのかね? 君はあれだ。馬鹿だろう?
「ほんっとうに野心が無いんだからっ!」
「そんな物は母親の腹の中に忘れてきたわっ!」
僕は基本『マイライフ。ノー野心』でございますので。
© 2024 甲斐八雲
ストッパー兼進行役のフレアさんが暴走すると話が進まなくなるからっ!
まあこの人ってば結局ハーフレンラブのヤンデレだからな…はて? ユニバンスにはまともなメンタルをした人物はいないのか?
困った王国だw
 




